「あなたも狭間に来たのですね」
「狭間…?」
「ここは霧の世界。現世と現世を結ぶ境界線です」
「現世と現世…?俺は死んだのか?」
「いいえ。少なくとも、まだ」
「どういうことだ」
「あなたは今生と死の間際にいる。それだけは確かです」
「生と死…?」
「この狭間に来たものは、皆さんそういった方達です。この世界に留まるものたちもいます。死ぬのが怖く、どうしても前に踏み出せないのです。あなたはどうですか?」
「死ぬのが怖い?」
「ええ。ここに辿り着くものは皆、「死」を間際に控えているものたちです。この霧を越えた先には、何もありません。——何も。その現実を受け入れることができずに、留まろうとする者がいるのです。あなたは、死ぬのが怖いですか?」
「それは…」
死ぬのが怖くないものなんていない。
そう思うことに、少しも疑念はなかった。
事実、俺も怖かった。
操縦桿を握るあの間際まで、足が震えていた。
ただ、思ったんだ。
エンジンの始動音の向こうで、ゼロの機体が揺れる。
ガタガタと鳴り響く振動と、ガラス越しの世界。
勢いよく空に飛び立ったあの時、もしかしたら、「明日」にたどり着けるかもしれないと思った。
これから戦地へと向かう自分が、どういう状況に置かれているかがわからないわけではなかった。
それでもなぜか、強烈に沸騰する感情があった。
「空」が近かった。
「青」が近かった。
視界は遥かに良好だった。
遮るものは何もなかった。
どこまでも飛んでいける気がしたんだ。
翼を広げて。
たとえ戦地から、帰ってこれなくなったとしても。
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