「好きです! 結婚を前提に付き合ってください!」
玄関を開けたら、また告白された。正直困る。
いや、まあこいつが告白する相手を間違えている、つまりは人違いをしているというケースも考えられる。なんたって我が家は7人家族であるし、もしかするとお隣さんの家を訪れたつもりなのかもしれない。……まあ、このケースは本当に僕へ告白していると考えるのが妥当なんだろう。こいつの手には花束が握られていて、それには『加藤優へ、愛を込めて』なんて書かれた紙が張り付けられているからだ。しかしそれでも、僕はその線を信じることができない。っていうか、あまり考えたくはない。
だって、男の子だもん。……僕もこいつも。
「お断りします。……朝っぱらからキモいことするのやめてよ、カツロー」
僕と同じ制服に身を包むこの180センチ野郎は、岩佐勝郎。小学校時代からの腐れ縁だ。顔立ちも整っており、夏服の半袖カッターシャツから覗かせた腕を見てわかるように、スラリとした体躯のわりには満遍なく筋肉が付いている。頭も良く、こいつが在籍しているバスケ部では部長を任されるほどの人材だ。ただし、事あるごとに僕へアプローチをけしかけてくる残念なお友達ではあるけれど。
「バカツロー、そのへんにしときなよ。スグルが迷惑がってんのがワカンナイ?」
ふと、視線を後方へシフトしてみる。そこには少女と言い得ても違和感のない青瓢箪、川添要が立っていた。男子の中で背が低い部類にカテゴライズされる僕よりもいっそう低い背丈で、女性物のスニーカーを彼は愛用している。六月も終わりに差し掛かるというのに、暑くないのか、キッチリとシャツをスラックスに入れていた。そうすると校則違反対象であろうお洒落なバックルが付いたベルトが丸分かりなのだが、学年トップの秀才である彼に強く言える教師はいない。左手首にはサイコロをモチーフにしたブレスレットを巻いており、薄茶にカラーリングを施した頭髪は肩口まで伸びていつつも清潔感のあるまとめ方をしていた。
「うっせぇな、バカナメ。人の一世一代の告白にケチ付けんじゃねーよ」
「一世一代って、スグルに会うたびに告白してんじゃん。お前みたいなバリバリのスポーツ系男子は女子に黄色い声援いただいてちやほやされるのがお似合いなんだよ」
そんな風にケラケラと笑いながら、女子と比べても遜色のない高い声で勝郎と言い合いつつ、要は僕の隣に立った。
「そして、スグルみたいな可愛い男子には、ボクみたいな可愛い男子がお似合いなのさ」
残念なお友達二号だった。いや、まあもう慣れちゃいるけどね。要とも中学からの知り合いだしさ。
「はいはい。二人とも、冗談はその辺にしといて。そろそろ行かなきゃ本当に遅刻しちゃうよ」
まだ早朝というのに、もはや何度目になるかわからないため息を吐きながら僕は二人をうながした。
「冗談なんかじゃねーのになぁ……」
「ま、そういうトコがまた可愛いんだけどね」
後ろの二人からなにやら変な発言が聞き取れたが、気に留めて会話してしまえば面倒なことになるのは分かっていたので、スルーを決め込んだ。
「いやいや、無理! こんなの入んない! 絶対むり!!」
「いや、だからさ、そこはアバウトでいいんだよ」
「馬鹿野郎、いいもんか! ……ね、カナメ? 違うよね? お願いだから違うと言って!」
「いや、こーゆーのはだいたいアバウトだよ。……あれ、シズク初めて? この前やってなかったっけ?」
「絶対やってない! ていうか、二人ともなんでこんな事知ってんのさ!?」
「そりゃあ、お前……健全な男子高校生たるもの、こういった予習は欠かせないだろ」
「ありゃ、カツローにしちゃあ、いー心がけじゃん。ボクも見習わなきゃね」
「おいおい、学年トップの秀才様に褒められちゃったよ。こりゃあ明日は雨が降るなぁ」
「そこの二人! うっさい! ……ていうか、え? こ、これを……ここに入れるの?」
「そーだよ。ね? 簡単でしょ? 他にもいろいろ、ボクとカツローで教えてあげるよ。シズクの知らない、イロイロをね」
「う、うん……僕も、もっと知りたい……おしえてほしい。もっともっと、先のことを――――」
「お客様っ! て、店内でそのようなふしだらな会話はお控えくださっ……!」
ファミリーレストラン『デリシャスディッシュ』(通称『ディッシュ』。きのことチーズのハンバーグがおすすめ)。
放課後、そこで英語の勉強を頭のいいバカ二人に教えてもらっていると、女性のウェイターさんが真っ赤な顔をしてやってきた。テーブルに広がった英語の教材や辞書を見て、はた、と動きを止めている。
「あ、でもそこの穴埋めにアバウト入れたら、後ろの接続にはザットを使えよ」
「そんで次の文章。ウッドの後は過去分詞のプレイドじゃなくて、原型のプレイになるからよーちゅーいね。そんで楽器を演奏する際に使うプレイには、その後ザを入れんのをお忘れなく」
「あ、頭がパンクする……」
し、失礼しましたー! と叫びながら去り行く店員さんを見送りながら、僕は思考を停止させた。
もうさ、僕らは日本人なんだからさ、日本語できればいいじゃんさ。
そしてついでに現代人なんだからさ、古文漢文も必要ないじゃんさ。
ケータイをいじり、ぼんやりとそんなことを思いつつも、大学受験を控えた僕は、躍起になってでもこの語学を修習すべきなのだろう。
家庭の事情もあってか、推薦枠を取れるほど学校行事に精を出さなかったツケが今になって重くのしかかっている。……後悔は、ちっともしてないけどさ。
「……スグル、ケータイ変えないの?」
すると、死んだ魚のような僕を見かねたのか、要がふとそんな事を言い出した。
「ん? うん、まあ別に不便してないしね。みんながやってるケータイアプリなんかも、興味ないし」
そもそも僕は受験生だ。ただでさえ勉強が不得手な人間だし、バイトしてるし、課金推奨しているゲームになんか意地でも登録したくはない。ちなみに、ウチの家族はみんな最新のタッチ式端末だ。そして総じて廃課金だ。
「いまどきガラケー使ってる高校生なんて、全国探してもスグルくらいなもんだよ? たしか一回も機種変したことないんだよね? だったら、ポイントだいぶ溜まってるだろーから、機種代は大した事ないと思うけど」
「んー……いや、やっぱりまだ変えないかな。無事に大学受かって、ある程度ゆとりができたら、考えてはみるけどね。ほら、最新式のケータイって、凄いじゃない? なんか、いま変えたら、このケータイとのギャップに面喰らって勉強どころじゃなくなる気がしてさ」
「スマホは別に最新式ってわけじゃないんだよなぁ……これがデフォで、スグルのはもう旧世代の遺物だってば。それに、そんなのボクが手取り足取り教えてあげるしね……いろいろと」
「そうするとカナメに勉強教えてもらう機会が少なくなっちゃうね」
「………スグル、ケータイは受験が終わってからだ。いまは勉強デートでイチャイチャしよう。そんで合格した後は、普通にイチャイチャしようね」
「いや、イチャイチャはしないよ。なに言ってんの。頭悪くなっちゃった?」
「……最新式といやぁさ……」
珍しく黙っているなあと思っていると、タイミングを見計らっていたのか、勝郎が口を開いた。妙にニヤニヤしていて、気持ち悪い。
「お前ら、最新式のゲームサービスがもうすぐ始まる話って、知ってる?」
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