「はい、ジャーマンベーコンピザのチーズトッピングXLサイズと、照り焼き祭りのLLクリスピー生地、ナゲットとハッシュポテトを6人前、そして1.5リットルコーラ3本です。しめて8860円になりまーす」
「1万円から」
「はーい……それじゃ、1140円のお返しでーす。またよろしくおねがいしまーす」
真昼間。常識を営む一般人であるならば、当然のように活動をしている時刻。確かに、商店街やオフィス街に足を運べば、その活気に当てられることもできるだろう。しかしここは住宅街。社会人は出社し、専業主婦は家事やドラマ視聴で忙しない時間帯。夜間では味わうことができない、不気味ながらんどうがそこにはあった。
そのがらんどうを破る騒音を立てて去り行くピザ配達員を、敬礼で見送る昼夜逆転生活な中年マッチョというのはだから、この世に蔓延する数ある順列組み合わせの中でも極めてミスマッチな、率直に言えば、キモいものに違いない。
しかし彼の目には輝きがあった。瞳には光を灯していた。それはこの家の次男以外全員がやりたがらない配達受け取りというAランク任務をやりとげたから――――では、ない。確かにそれも彼の輝きに一役を担っているのだろう。しかしそれ以上に、これより行われる催しに眠気を忘れ心躍らせているのであった。
きびすを返し、手提げのビニール袋を三つ確保し、家の中へ。浮き足立ちそうになるのを必死にこらえ、しっかりとした足取りで家族が待つリビングへと向かう。
「ただいま帰還した」
彼を迎えたのは、万雷の拍手であった。皆が皆、彼の健闘を称えていた。
戦士の生還だ――――誰かが呟いた。
――――神宣で――――賄賂で――――それに呼応して、不気味なやり取りが飛び交った。
「戯れも悪くない。しかし、今はYGO談義よりも優先すべき事項があるはずだろう? なによりピザが冷めてしまう」
「ピザじゃなくてピッツァです!」
「やかましい。各自ナゲットとポテトを確保した後、コーラを備え第一種戦闘配置に着け」
三々五々、彼らは動く。その一連の流れはひどく流麗で、格式ある舞を彷彿させるものでもあった。
そして、準備が完了する。各々の前には、ナゲットとハッシュポテト、それにお皿。グラスにはコーラが注がれていた。その中で巨漢な末っ子の前には、ドン、と1.5リットルペットが置かれていた。
束の間の静寂が訪れる。静寂を取り囲む彼らの表情はいたって真面目そのものだ。
そして、静寂は破られた。
「それでは、これより第327回加藤家会議を開催する。……今回の進行役は蛍の番であったが、議題が議題であるために、快くその役目を私に譲ってくれた。皆、蛍に拍手」
パチパチとおざなりな手拍子が鳴る。蛍と呼ばれた少女がクールな面立ちで片手をかざすと、手拍子は鳴り止んだ。
「さて……今回の議題は二つ。そして二つとも、今までの議題と比べても話にならないほどにデンジャラスなものだ」
ゴクリ、と生唾を飲む音が響いた。張り詰めた緊張。それを包み込んでいるのは、一家の大黒柱である男の放つプレッシャーと、ピッツァのいい匂いだけだった。
「つい先ほど……本日の十二時を以って、我らが心の拠り所、EOCのサービスが、終了した」
パリン、と、高い音が張り詰めた静寂を突き破る。母である蕾が、皿を落としたのだ。
両手をほほに当て、「信じられない」といった表情を浮かべ、驚愕をあらわにしている。
しっかりとテーブルに置かれていたはずのお皿がなぜ落ちたのか、そんなことを追求しようとする者はいなかった。会議に水を差してしまったという事実すら、誰も咎めようとはしなかった。お前さっきサービス終了までサバ読みアイドルエンジョイしてたじゃねーかというツッコミすら、誰も入れることはなかった。
しょうがないのだ。それほどまでの衝撃だったのだ。サービス開始から足かけ五年間、ずっと彼女たちを支えてきた社会だったのだ。いや、ありきたりな言葉を用いれば、それは世界そのものであり、今回の一件は一世界の破滅に他ならないのである。そんな理不尽がまかり通るのだったら、皿が落ちて割れるのも、サバ読みアイドルをエンジョイしていた事実を忘却するのも、当然であるといえるだろう。
「我々はそれぞれに、経路は違えど、何の因果があってかあの世界の住人になった。そこには希望があった。愛に満ちていて、ほんの少しの怨嗟もあった。そこで友情を育み、ドラマを生んだ。あの世界は我々に多くの感情を与えてくれた。別れが来るとは……想像だに、しなかった」
悔恨――――この場には、その言葉が相応しかった。私たちはEOCを愛していたのに、なぜあの世界は、運営は、私たちをこうも突き放すのか。冀いは、届かないのか。ヤンデレ乙とでも蔑んでいるのか。
「今朝の突発イベント……優の乱part414が起きたのも悔やまれるが、それについては蛍が処理を一任してくれた。皆も、サービス終了の日にあのような事件が起きた事実は心中察するが、どうか怒りを鎮めて欲しい」
数々の戦場を共にした仲間たちと飾る有終の美。こともあろうかあの次男坊はそれを台無しにしやがったのだ。
場の雰囲気は、陰鬱だ。母である蕾のすすり泣きが悲しく響いている。
ああ、ありがとうEOC。我々はあの世界の存在を、未来永劫忘れる事はないだろう。
あの世界での経験は、これからの糧にしてみせると強く誓おう――――
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