繰り返すが、僕はあまり、というか全くと言って差し支えないほどに、ゲームをしない。だからこの場合のサービスというのがどういった意味を持つのかは分からない。
ただ、その後に続く終了の二文字が、僕に絶望のイメージを突きつけた。
「つまり、終わっちゃうってこと? え、え、だって、大人気なんでしょ? そのEOCってゲーム。なんで、終わっちゃうの?」
「いや、だからEOCも、今度サービス開始するゾディアックゲームも、NAOMAってやつらが手掛けてんだよ。さすがに、前代未聞のサービスを始めようってんのに、二足の草鞋を履いての運営はキツイんだろ」
マジかよ。奴ら、あのゲーム無くなった後、生きていけんのかなぁ……
ほんと、このゲームだけはどうにか避けてほしいなぁ……
「まあ、気にしないでいーと思うよ? 既に初回出荷分は完売してんだし、オークションにも出回ってないってんだから、お義父さんたちが入手できんのは次回出荷の時だし。それまでに対策を立てりゃ無問題だよ。だいたい、ボクらみたいな一般ピーポーには手の届かないもんだしね」
「うん……そうだよね……おとうさんってフレーズに違和感があったけど、手に入る可能性の方がよっぽど低いよね」
要の言うように、とりあえずは気にしないでも大丈夫なように思えた。ウチのみんなだって、このゲームをどうしてもやりたいって言ってるわけじゃないんだし。入手できないだろうし。……できない、よね?
まあ、確かに僕自身もちょっとやってみたいと思ったけど、二十万も払ってまではやりたいとは思わない。
話を聞くかぎり、競争率だって、かなり高いのだろう。
第一、僕は受験生だ。学費は奨学金でまかなうとしても、入学金や現在の生活費を得るためにバイトだってやっている。目の前のふたりならまだしも、校内平均グループに属する学力所持者のこの僕は、遊びに現を抜かしている余裕なんてありはしない。
「おいおい、なんで俺がわざわざこんな話を持ちかけてきたと思う?」
勝郎が得意げに、大仰に手を広げ、声高らかに言った。
「ちぃっと話が遠回りになっちまったが……お前ら喜べ! そして敬え! スグルは俺に惚れろ!
なんと! この度俺は、入手困難なその『ゾディアックゲーム』を三本! 手に入れちまいました!」
「へー」
「え、うそ、マジで!?」
勝郎のふざけた態度が気に食わなかった僕が月並みな相槌を打つ中、要は本当に驚いているようだった。普段、ひょうひょうとした態度を崩さない要が驚くのは、とても珍しい。どうやら僕が漠然と思っているよりも、勝郎の功績は凄いことだったらしい。
「カツロー、本当に? どんなコネ使ったのさ。だってそんなの、ボクですら犯罪に手を染めなきゃ……あぁ、カツロー。もういいわかったみなまで言うな。幸いにもおまえはまだ未成年だ。スグルはボクに任せて、おまえはブタ箱で不味いメシを喰らってこい」
「ちげーよ!? 俺をスグルから遠ざけようとすんな! ……ほら、ウチの親父が道場やってるだろ? ちょっと前まで世話してた生徒に、ケンゴって奴がいてさ。そいつが……」
「そいつを脅しつけて代わりに罪を犯させた、と。……脅迫、そして犯罪教唆だね。これはもうスグルを僕に任せて、おまえは黙ってブタ箱で不味いメシを喰らうしかないね」
「だからちげーって! それにどうせ食うなら、スグルの手料理食いたいわ!」
「ボクも食いたい!」
「だろぉ!?」
「その結果ブタ箱に入れられても文句はない!」
「だよなぁ!」
「あ、僕もう帰るね。そんじゃ二人とも、おつかれー。今後は他人のフリをするから、二度と話しかけないでね」
荷物をまとめて帰宅の準備をする僕を、まてまてゴメンゴメンと二人が頭を下げて引き止めた。
僕だって、怒るときは起こる。今日はちょっと、二人ともふざけすぎだった。
「はぁ……で? そのケンゴ君が三つ買ってくれたの?」
「いや、そうじゃなくってさ。そいつ、公式の大会には出ないんだけど、クッソ強いんだよな。この俺が一本も取れないくらいに。で、どうやってか知らんけどいろはグループの人がケンゴの噂聞いたみたいで、モニターかなんかの誘いを受けたんだってさ。ケンゴが」
勝郎のお父さんは剣道場を開いていて、ここらでは一番有名な先生だ。勝郎自身もバスケ部に滞在してはいるが、剣道の腕は中学時代に全国大会出場を果たした程に優秀である。
ちなみに、要のお父さんは大病院の院長先生。僕のお父さんは暗黒拳闘士をしている。
「でも、そいつ本当に剣道しか興味ない奴でさ。……ここまで言やぁ、分かんだろ? オマケも含めモニター用に三本も高額なゲームを手に入れはしたものの、ケンゴにはプレイする気がない。しかし希少価値のあるものだから放っておくのも落ち着かない。貰い物である以上売りに出すのはあいつの矜持に反した。そこで、以前世話になった道場主の息子であり、個人的な面識もあった俺に白羽の矢が立った。ケンゴにゲームを渡した人曰く、『これは本当に面白いゲームだ。君の価値観を、人生観を、大きく覆すことになるだろう。もし、これだけオレの話を聞いてもやる気が起きなければ、適当な知り合いにでもあげるといい。後に悔やむことになるだろうけれど』、らしい。それが昨日の話。そんで今朝の五時にあいつがウチに来て、全部くれた。終わり」
説明を終えると、勝郎はドリンクバーに向かった。コーラを注いでいる。僕も要もしゃべらない。
勝郎が戻ってきた。喉が渇いたのか、コーラを一気に半分近く飲み込むと、舌なめずり。
そして、再び口を開いた。
「サービス開始は、三日後の海の日になった瞬間。それまでは、キャラクターメイクをしたり、ガイダンスを受けたりできるらしい。な、せっかくこんなオモロそうなもん手に入ったんだ。一緒にやろうぜ? 勿論、タダで渡すから」
勝郎は興奮気味に、軽く身を乗り出しつつ僕らを見やる。
隣に座る要は、まんざらでもなさそうに答えた。
「ボクは乗った。世界初のサービス。それを初日から体験できるなんて、びっくりだね。ちょーどいー勉強の息抜きになりそーだし。久しぶりに、カツローに感謝してあげるよ」
「そりゃどーも。シスグルやろう! ……そりゃあ、スグルがゲームを嫌ってんのは知ってるけどよ、こんな機会滅多にねーって! な!」
ああ、やっぱり、勝郎は優しい奴だなと、僕は思った。
僕の家庭事情を分かっていて、僕がゲームに忌避感を抱いていると知りつつも、誘い込むことで自分が嫌われるかもしれないという恐れを断ち切って、僕に楽しい思いをさせようとしてくれている。
明るく、なんでもないように話しかけてはくれているけれど、内心ではきっと難しいことをゴチャゴチャ考えているに違いない。
「……ごめん」
そしてそれが分かっていながらも、こんないい奴の誘いを断るこの僕は、きっと最低な人間なんだろう。
「遊びに誘ってくれるのは、本当に嬉しいよ? 正直、僕もやってみたいって思ってるし。でも、僕は受験生だし、二人みたいに余裕、ないから」
きちんと大学に進学して、少しでもお給料のいい、自宅通勤のできる職場に就職する。
どうしようもないダメ人間の集まりだけど、それでも愛してやまない家族のために、僕ができるのはそれくらいだから。
それを叶えるためだったら、僕は、遊ばなくたってーーーー遊べなくたって、構わない。
少しの沈黙。勝郎は目を閉じ、要は横目に僕と勝郎へ目配せしている。
その沈黙は。
「……そっか」
そんな勝郎の返事で破られた。
「いやー、勿体ねぇな! どーする、カナメ? 悔しいか?」
「いいや? まったく。サービス初日に楽しむより、スグルと同時期に楽しむほうが、よっぽど魅力的でしょ」
「だな」
……ん?
「えっと、それ、どういう……?」
「あ? だから、スグルが大学に合格すりゃあ、遊べるってことだろ?」
「ボクらもお預け食らうんだし、ちゃーんと、ゼッタイ、一緒に遊んでもらうよ?」
「俺らはお前に救われた」
「そんな恩人が楽しめないのに、ボクらだけ楽しむなんてマネは、死んでもできないね」
「恩人って、そんな……」
「あー、いやいや、お前がどんなに否定しても、俺らはお前に恩がある。一生を賭しても返し切れるか怪しいくらいに、大きな恩がな」
「そーそー。まっ、スグルはしっかり者だし、ボクらの助けなんてむしろ重石になるだけかもしんないけどね」
朗らかに、二人は優しい言葉を口にする。僕は、本当に、大したことはしていないのに。
あの行いのせいで二人の生き方を縛ってしまっているのだとすれば、申し訳の無さに潰されてしまいそうだった。
だから。
「うん、わかった」
だからせめて、この二人の期待には応えよう。
「大学合格したら、絶対やろう。楽しみにしとくね」
「おう、それまで盗まれないように、しっかり保管しとくからな」
「そんじゃ、勉強再開しますかー。……でもさぁ」
各々がシャーペンを握り、テキストを開く。ついでと言わんばかりに、要も疑問に口を開いた。
「どうなんだろうね、実際。自分で魔法を使える感じって」
「おいおい、ゲームの話はもう置いとこうぜ。……でも、まあ、気にはなるよな」
「空を飛ぶってのは、定番だよね」
「あと、火。ファイアー!ってやつ」
「それよりは、波ァー!ってやつじゃない?」
「あー、わかる。あと、回復な」
「そうそう。バフなんかも鉄板だよね」
「……そういや、あのゲームで死って、どうなんだろうな」
「単純に考えて、デスペナ受けて復活ってのがパターンじゃないの?」
「だよなあ。いや、対人戦がメインって噂じゃん? なんか、こう、殺す感覚があるんなら、やっぱちょっとコエーっつーかさ」
「んー、でもそこらへんは……」
「二人とも」
勉強の流れが早くも反れてきたので、僕は再度注意を促した。
「ほら、ゲームの話はもう終わり。さっさと僕に英語を分かり易く教えなさい」
「なんだよー、スグルも男の子だろ? 魔法とか、使ってみたい! って、思うだろ?」
「シズクはどう? どんな魔法を使ってみたいの?」
「どう、って……別に、魔法なんて……」
「あれ? マジで興味ない?」
「ゲームはしないにしてもさぁ、マンガとか読んでると、こう、グってきちゃうもんがあるでしょう?」
「い、いや……だから、その……」
やばい。
つまらない奴だと思われてしまう。なんとかしてこの窮地を脱さなければ……!
ふと、そこでテーブルの上にある、ポテトフライに目が留った。それが神の天恵のように思えた。
「あ、ほら! 例えばこのポテトに、こう……」
そして、横にあったケチャップを付ける。そのまま、パクリ。
「ほら! たったこれだけでポテトがおいしくなった! ね? なんか、こんなのでも魔法みたいな……なにしてんの二人とも」
二人は机に頭を付けるようにうずくまり、もだえ震えていた。
「……やばい……可愛すぎるっ……!」
「スグルは魔法が使えたんだね……最上級の『魅了』をっ……!」
「う……うっさいなぁ! ほら、次のページ! 仮定法過去!」
頭のいい、馬鹿なふたり。そして、僕の親友とも言うべきふたり。
大学まで同じところを選んでいたのに、その受験前に別れが来るなんて、いったい誰が想像できただろうか。
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