「お前ら、最新式のゲームサービスがもうすぐ始まる話って、知ってる?」
なにを言い出すかと思えば、わりと普通の話だった。しかしながら受験生であり、勉強に勤しんでいる最中だというのにその話題提供は不適当ではないだろうか。
ただ、妙に気になる言い方をしているので、その話に乗ってあげることにした。
「最新……『式』? 最新のゲーム、じゃなくて?」
「そ。まったくの別モン。超有名なゲーム会社が開発した、とびっきりスゲーやつ」
まるで自分が開発に携わったかのように、勝郎は自慢げにそう言った。
どう反応を返せばいいのかわからなかった僕は、要を見る。すると要は、呆れたような顔色を浮かべていた。
「なあんだ、どんなネタ仕入れてきたかと思えば、鮮度もないそんなネタか。カツローの浅はかさがにじみ出てんね」
「ああん? 下ネタしかストックしてないお前に言われたくはねーな。そんじゃお前、知ってんのか?」
「とーぜん。NAOMAの、ゾディアックゲームでしょ?」
「なんだ、マジで知ってたのか」
「知らないほうが珍しいでしょ。半年くらい前からずっと、ニュースで騒がれてるし。ボクとしてもやっぱ、けっこー気になってる話題だしね」
はい、ゴメンナサイ。知らないほうです。……ん? いや、NAOMAというフレーズには聞き覚えがあるな。……なんだっけ。
「シズクも、それくらいは知ってるよね?」
「んっと、NAOMAってのはなんか聞いたコトあるけど、そのナントカゲームはまったく。どんなやつなの?」
そう応えを返すと、要は苦りきった顔を浮かべていた。『マジかよ、どんだけ世間知らずなんだよ。箱入り娘かよ。ちくしょうイチャイチャしたい。愛してるぜ』という副音声が不思議と鮮明に聞こえた気がした。顔をはたいてやりたい。
一方勝郎は、得心のいった表情で、うんうんと頷く動作を行っている。「わかってるわかってる。スグルはそうだよな。娯楽の、ましてやゲームの話題なんて好きじゃないよな。ああ、なんて理解しあった関係だ。これは付き合う……いや、突き合う以外ありえないな。ちくしょうイチャイチャいたい。愛してるぜ」という音声が不思議と鮮明に聞こえた気がした。
ていうか聞こえた。不思議でもなんでもない、普通にしゃべってやがった。
顔をはたいてやった。
「ありがとうございます!」
コイツ、無敵か!? 叩かれてお礼を言う男子高校生、変態だ!
トントンと、要に肩をたたかれる。彼は目を閉じ浅く一息吐くと、頭を横に振った。……ああ、これは僕にもわかる。俗に言う、既に手遅れですっていうネタなんだな。
「我々の業界では、ご褒美なんです」
知らねえよ。少なくとも、その業界で職務を全うしたくねえよ。僕は。
「はあ……で、なんの話だったっけ」
「えっと、スグルとイチャイチャしたいって話だったよな?」
「ボクの記憶が正しければ、そーだね」
「ゲームの話だよお馬鹿!」
もうやだ。どうして僕の周りにはまともな奴がいないんだろう。強いてまともな人間を挙げれば、隣に住むおばさんと、バイト先の従業員の方々くらいなもんだろう。……隣に住む幼馴染は、まともとは決して言い難いしね。
「ああ、まあ、とにかく出たんだよ。その、『ゾディアックゲーム』っていうのがさ。作ったのは、英雄会っていう会社のNAOMAって部署で、英雄会の作品自体にはけっこう当たり外れがあんだけど、その中でもNAOMAが手がけた作品は軒並みヒットを飛ばしてんだ。最近の作品で言うなら、EOCっていうゲームが大ヒットしたな」
あ、だからか。だから僕は聞き覚えがあった……のか?
……いや、随分昔に聞いた覚えがある気もするけど……んー、思い出せない。
「で、そのゲームは何が最新『式』なの? タッチパネル使ったゲームだとか?」
「いやいや、そんなレベルじゃない。確かに体感型ゲームが最近は流行っているけど、その体感って段階を二段飛ばししたくらいに凄まじい奴さ」
もったいぶるように、含みのある言い方を続ける勝郎。
そして、ようやく確信を明かした。
「ゲームの世界に入れるんだよ」
ろくにゲームで遊ばない僕には、それがどういう意味を持つのか、すぐには理解できなかった。
呆けた顔を浮かべつつその意味を考えながら、僕は問い続けた。
「なにそれ、没頭しちゃうくらい面白いってこと?」
「いや、だから文字通りの意味だよ。ゲーム内のファンタジーな世界で、意識を持って活動できるんだってさ」
「……いや、ちょっとまだわからない。そういったアトラクションがある施設ってことなの? そのゲームは」
「家庭用ハードだよ。自宅にいながら、別世界に行けるのさ」
「どうやって? 無理でしょ、そんなの」
「ヘルメットみたいなのをかぶって、仮眠状態になった後、意識だけは別世界に飛ばされる。つまり、手でコントローラやマウスを握る操作じゃなくて、脳で遊ぶゲームなのさ。詳しい原理なんかは知んねーけど」
「はあ……」
ファンタジーな別世界に行ける。
それは、説明されても想像できない。
そりゃそうだ。
戦争もない国に住んでいる僕らが、ドラゴンを前に剣や魔法を駆使して戦うことができるのか?
突拍子もない話だ。
物語の登場人物……妖精や天使、神の類にあえるのか?
馬鹿らしい話だ。
「…………」
突拍子もなくて、馬鹿らしい。
けれど。
「…………へえ」
だけれども。もし。
もし、それが本当なのだとしたらーーーーちょっと、やってみたいかもしれない。
「な? 面白そうじゃね? やってみたくね?」
「よしなよ、バカツロー。妄想ごっこはボクも好きだけどさ、実際期待外れな出来栄えだと思うよ? それに、あれメチャクチャに高いんでしょ? たしか、二十万円以上しなかったっけ」
「に、二十万えん!?」
急に現実味を帯びた話を突きつけられ、僕は我に返った。
「ゲームに二十万!? その会社バカじゃないの!? 本気で売れると思ったの!? 僕だったら二十万あったら、洗濯機と冷蔵庫買い換えるわ!」
「いや、スグル……男子高校生の使い道としてどーなん、ソレ」
「それに、お前この国の娯楽に対する情熱なめんなよ。即日完売したらしいぞ? 初回出荷分一万本」
「え、マジで!?」
二十万かけるの一万って……えっと、ゼロをよっつ付けるから……二十億か。二十億!? あれ、さすがに多すぎる、じゃあ二億!? いや、これも多いな、ん!? よくわからん!
「シズク、百面相してないで現実にもどっておいでー。そのままのキミが一番かわいいよー」
要のその言葉で再び僕は我に返った。
「……とりあえず、一つだけ言えるのは」
「うん」
「ウチの家族には、絶っ対に買わせないってことだね」
頭に浮かぶは、愛すべきマイファミリーの面々。ゲーム内のファンタジー世界にいる時間が生活の半分以上の比重を占めている、ダメ人間の集まりだ。
安く見積もって、そのゲームが二十万だとしても、六人分で百二十万。どうせそこから廃課金に励むんだから、お金はいくらあっても足りやしない。
……これはスクラムを、包囲網を形成しなければ。ダブルおじいちゃんとダブルおばあちゃんに連絡を取り、金銭援助を断ち切らなければ。そして彼らがこのゲームの事を知らないケースに希望を持ち、絶対に知られないようにしなければなるまい。
「ま、不幸中の幸いっていうか、ウチの家族は今別のゲームに夢中だからね。ほら、さっきカツローが言った、EOC。二人とも、ウチの家族のゲーマーっぷりは知ってるでしょう? だから絶対その情報を漏らさないようにしてね」
「あ? シズク、それも知んねーの?」
「え? なにを?」
そして、カツローはなんでもないような口調で僕に爆弾を落とした。
「EOC、サービス終了するぞ?」
読み終わったら、ポイントを付けましょう!