ミッドナイト・フール

宇宙をまたにかけたドタバタ劇
真野てん
真野てん

第31話 道とは作り出すもの

公開日時: 2020年11月26日(木) 06:38
文字数:2,774

【前回のあらすじ】

 タクヤたちと合流したレイノンだったが、誰の目に見ても限界だった。彼らを逃がすためヴェロニカは押し寄せる警官隊へと戦いを挑む。


 レイノンはフール号の船内通路を足早に駆けた。

 医務室のまえ、待ち受けていたエイプリルにアウラを預けると自分は船内エレベーターへと身を移した。


 艦橋へ上がるとタクヤが舵を握っていた。すぐ横にはぷちプリがふわふわと宙に浮いている。


 レイノンは穴だらけのジャケットを脱ぎ捨て、船長席へと飛ぶ。

 いつもはダラダラとした雰囲気しかないブリッジも今日は違っていた。

 脚を投げ出しているだけだったコンソールパネルを、タクヤも知らない真剣な顔付きで操作している。

 シートに腰を落ち着かせる様子もない。


 艦橋の正面に設置された大型のメインディスプレイには、リアルタイムの船外風景が投影されている。


 いくつかに区分けされたそれには、フール号の下、つまりβ4市街地の様子も映されており、特に大使館近くの路地からは集中的に火の手が上がっている。まるで映画の戦闘シーンのような光景をポカンと眺め、低重力空間でも黒煙は上がるのだと、タクヤは妙に感心してしまった。


 いまフール号の船首には深い闇が広がっている。

 彼らの視界の中央にはぼんやりと白む、丸い光点が浮かんでいるのだが、それほど大きな物ではない。


 タクヤは幼少の頃に母親と地球で見上げた満月を思い出した。

 光の正体は太陽である。偏光シャッターに遮られ、直視可能なまでの光量となっているのだ。


「それにしても……」


 タクヤは操舵輪に内蔵された小型ディスプレイに視線を落として呟いた。

 画面にはフール号の、現在の状況を克明にモニタリングしたステータスが表示されていて。後方に四つあるノズルはアイドリングの状態だ。

 メイン、サブ、両ジェネレーターは絶えず臨界点を維持している。それから戦闘モードと表示されたステータスバーには『ステルス・オン』という項目もあった。


「ステルスって。この船は一体何なんですか?」


「幽霊船です」


 タクヤの何気ない問いに、ぷちプリが即答する。プカプカふわふわ。一刻を争うはずの状況にもまるで緊張感がない。


「ゆ、幽霊船ッ?」


「ご存知ありませんか? 船乗りの間で実しやかに囁かれる、火星辺境に出没するという不審船の話を。誰もいないはずの宙域に突如として現れ、それを見て生きて帰ってきた者はいないという」


「そりゃ聞いたことぐらいはありますけど……それって噂じゃ」


「噂です。正確にはご主人様が流行らせた噂ですが」


「は?」


「おかしいとは思いませんでしたか? 生還者がいないはずなのに幽霊船の出没が『確認』されていることに」


 誰しもが一度は考えたことである。

 だがそれは噂だからと皆、割り切って。


「アハ、アハハハハハ……」


 タクヤの乾いた笑いが艦橋内にこだまする。

 現在、フール号はβ4の上空、地上四百メートルの場所に浮遊していた。さらに数百メートルうえには超硬度クリスタルの天井がある。

 偏光シャッターで閉ざされた深い闇のなかに、全長一三〇メートルの巨体が溶け込んでいた。


 フール号の鉛色の装甲表面は、あらゆるレーダーを吸収する性能を持っている。加えて過剰性能とも言える照明装置は、装甲表面に外部から取り込んだ背景映像を映し出しているのだ。


 これは、ぷちプリやホログラム・ディスプレイと同様のテクノロジーで、本物と見紛うばかりの画質である。

 ましてや星の瞬きのないβ4の夜空では、地上から見上げたぐらいで見破られることはない。


「さすがにこれ以上は大使館のレーダーに捕捉されてしまいますので降下できません。それに配送センタービルの最上階からは、すでに何人かに見られているようです」


 フール号の右舷前方。そこには、このコロニーで一番高い建物である総合配送センターのオフィスビルがそびえ立っていた。

 ある意味、今回の大騒動の元凶とも言える場所である。


「船長! これからどうするんですかッ? 逃走経路は任せろって。確か、停泊所出る時そう言ってましたよねッ」


「エイプリル。船首三十度上げ」


「了解」


「だから聞けよ、オイ!」


「うーるせえな。だから、いまやってるよ。あと右舷回頭十五度」


 タクヤの意図とは関係なく舵が回る。

 フール号がゆっくり右方向へと、船首を傾けた。


「さっきからなに……やってんすか?」


 レイノンは黙々と作業を進めていた。

 気がつけば船長席のコンソールから、いままで見たことないような装置が突き出している。


 それはまるで銃口のない拳銃のような形をしていて、銃身の上部には外部映像と連動したターゲットが付属していた。

 狙いは徐々にコロニー天頂部に合わされてゆく――。


「ま、まさか……」


「そのまさかだよ。道はこれから造る。エイプリル、主砲発射用意!」


「主砲、発射用意」


 タクヤが握り締めた操舵輪の付属ディスプレイに「主砲スタンバイ」の表示がなされ、CGで描かれたフール号船首の砲門が開口していく。

 タクヤが唖然としているさなか、セーフティロックも解除された。


「タクヤぁ! しっかり舵握っとけ! 主砲発射と同時に全速前進! β4の空に風穴開けてやる!」


「ちょ、せ、船長! 待っ」


「発射!」


 船長席のトリガーをレイノンが引いた。

 それはもう、なんの躊躇いもなく一気に。

 次の瞬間、船体が大きく押し戻され激しい揺れに襲われた。

 タクヤは身体が宙に浮かないよう、舵にしがみ付き必死に耐える。


 船外を映し出すメインディスプレイは、一面の光に覆われていた。

 船首主砲から放たれたエネルギーの塊が一条の光の矢となって、β4の天井を貫いたのだ。

 逆巻くエネルギーの本流が、持ちうる破壊力を余すことなく超硬度クリスタルに叩き付けられる。


 空が割れた。

 陳腐であるがそう表現するよりほかに、タクヤは術を持たなかった。


 さっきまで街に等しく降り注いでいた闇がなぎ払われてゆく。

 天にぽっかりと開いた穴からは、本来あるべき姿で太陽が顔を出す。

 ギラギラと照りつける光のシャワー。それとは反対方向に、コロニー内の大気はどんどん宇宙空間へと吸い出されていく。


 突如、嵐が巻き起こった。


 常に穏やかなコロニー内の大気が、荒れ狂う暴風を呼んでいる。

 木々は揺れ、風は窓を叩く。

 小波ひとつ打たない凪の海に、大橋を越えるような津波が起きた。


 強風に見舞われた人間たちは宙を飛んでいる。

 なかには警官隊もちらほらと。


 このままではコロニーに甚大な被害が出ることは免れない。

 聖書の告げる終末の様相を呈してきたころ、超硬度クリスタルの天井が自己修復を開始させた。

 不測の事態に備えたスペースコロニーの安全装置である。


 天に開いた穴は見る間に塞がり、やがて完全に宇宙空間とは隔たれた。

 風は止み、嵐は収まる。


 最後にゆっくりと偏光シャッターが下ろされ、まるで何事もなかったかのように再びβ4には静寂が訪れた。

 低重力に漂うひとの群れも、徐々に恐慌から覚めていく。


 助かった――。

 誰もが安堵の表情を取り戻したとき、すでにそこには諸悪の根源である一隻の宇宙船、フール号の姿は跡形もなく消えていた。




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