ミッドナイト・フール

宇宙をまたにかけたドタバタ劇
真野てん
真野てん

第12話 うれし恥ずかし――情けなし

公開日時: 2020年11月11日(水) 18:26
文字数:1,673

【前回のあらすじ】

「星の牙」を名乗る海賊の船からヴェロニカという女性を救出した。ひとり浮かれているタクヤは、レイノンからトランクの配達を命じられる。



 火星にはふたつの衛星が存在する。フォボスとダイモス。火星のそれとは比べるべくもないがそれぞれのラグランジュポイントにもコロニーが建設されており、小規模ではあるがアジア連邦の領土とされていた。


 フール号の降り立ったβ4はスタジアム型のコロニーで、太陽戦争後に出来た比較的新しい物である。

 しかしアジア連邦側コロニーのご多分に漏れず、不況の真っ只中だ。

 浮浪者も多く住み着き、治安も悪い。少し市街地から外れればまるで、ならず者どもの吹き溜まりのようになっている。


 そんな危険と隣り合わせの街並みを一組のカップルが歩いている。

 お似合い、とまでは言い難い。

 だが両名とも身奇麗ないでたちで身を寄せ合っていた。女の方はブルーメタリックに輝く大振りのトランクを持っており、ガラガラとキャスターを転がして運んでいる。


「あのヴェロニカさん……トランク僕が持ちますから……」


 タクヤは気まずそうにヴェロニカを見た。

 毛皮のコートの下にはレザーのミニスカとキャミソール。

 手触りも高級そうなスエードのブーティが、足首の細さをさらに強調していた。前日までの可憐さに加え、今日は少しゴージャス。

 化粧栄えする小顔は、まるでモデルのよう。


「いいのいいの! 助けてもらったんだから、これくらいしなきゃ。それに低重力だから重くないし。あとね~こう見えてもアタシ鍛えてますから」


「だからソレ、どこで流行ってんの?」


 グッと力こぶを作る仕草をしたヴェロニカ。

 表情もすこぶる明るい。

 どうやら自分と一緒にいても、つまらなくはないらしいぞ?

 そんな単純なことでも明るくなれるタクヤがいた。


「ねえ……ここ恐いから腕組んでもいいかな?」


「エッ!」


 上目遣いにおねだりするヴェロニカの艶っぽい表情に、一体誰が抗えると言うのだろう。タクヤは自分の鼻の下が伸びきっているのも気付かずに無言で首を縦に振る。激しく。


「よかったぁ~」


 トランクを持つのとは逆の腕がするりとタクヤの腕に絡んだ。二の腕にはコート越しに柔らかな膨らみが当たる。

 肩には透けるようなブロンドの髪が寄り掛かり、いい匂いだ。


 死んでもいい。

 タクヤの顔面はすでに蕩けて崩壊している。


 ――幸いチンピラにも絡まれずに着いた先は、古めかしい三階建ての雑居ビルだった。タクヤは伝票に記載された住所と現在地とを、エイプリルから手渡された携帯端末で照らし合わせて首をひねった。


「ここ、なんだけどなー」


 トランクの届け先はこの人気のないビルの三階「マイケル製薬」ということになっている。しかしエントランスに掲げられた各階の表札にも名前はない。それどころかこの建物自体、いまでは使われてなさそうだ。


「違うっぽいですね。ちょっと他あたってみましょう」


 決断が早いとは思ったが、単純にもっとヴェロニカと歩きたかった。ひと回りして目ぼしい所がなければ戻ってこればよい。

 だが、


「見てきた方がいいんじゃないかな?」


 ヴェロニカは上を向いてそう言った。


「いま、窓からこっち見てる人がいたよ? ここで合ってるんじゃない?」


「え? そうですか?」


 タクヤもそれに従いビルの三階部分を見上げる。しかし彼には薄汚れた窓ガラスしか目に入らなかった。


「なにかの見間違いじゃ……」


「……恐いの?」


「…………」


 使われていない廃ビル。

 そこに人影を見たと言って思いつくのはおよそ三種類。

 浮浪者が棲みついているか、非合法にヤクザが占拠しているか。それともうひとつは……霊的なヤツ。


 はっきり言って全部恐い。

 なかでも三番目のヤツは出たらどう対処すればいいのかも分からない。

 君子危うきに近寄らず。

 ただこの場の君子は、色ボケのため少し頭が足りなかった。


「恐いんだ」


「行って来ます! 危ないですから、ヴェロニカさんはここでトランクを見張っていてください!」


 彼女にいい所を見せようと、タクヤはズンズンとエントランスへ向かってゆく。肩を怒らせ大股で。暗闇に吸い込まれる階段を昇って行った。

 その様子を眺めるブロンド美女がクスリと笑う。

 妖艶な瞳に浮かぶいたずらな影。

 なぜ彼女がこんなにも魅力的なのか。

 それを知るには、まだタクヤはあまりに幼すぎた。




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