ミッドナイト・フール

宇宙をまたにかけたドタバタ劇
真野てん
真野てん

第2話 宇宙で当たり屋やってます

公開日時: 2020年11月7日(土) 09:12
文字数:4,799

【前回のあらすじ】

 父親への反発から反体制運動の活動家となった少年タクヤ。しかし仲間の裏切りにより職業誘拐犯に売り渡されてしまう。この世の終わりだと悟った彼だったが、さらなる奇妙な事件に巻き込まれてしまった。


 壁一面を覆うメインディスプレイには周辺宙域の海図とリアルタイムの船外風景が表示されている。それはまるで星々が黒いキャンバスの光点となって船乗りたちを誘うかのようだった。


 四方には操舵を始めとする航行機器が並び、各々でチンピラたちが作業に勤しんでいる。

 なんだかんだで十名からの人間が集合しても息苦しさを感じないスペースは確保されており、別段ストレスは感じない。

 それがこの誘拐犯たちの駆る宇宙船の第一艦橋だ。


 どういうわけだかその場にはタクヤも同伴させられていた。

 低重力のなか、宙を引きずられてここまで来たので手足の拘束はまだ解かれていない。


 艦橋のど真ん中。

 有象無象のならず者どもの視線が重なる交点に、例の『ソレ』は横たわっていた。パイプフレーム製のストレッチャーのうえに。


 その姿はまるで手足の生えた手持ちマイクだ。

 胴体部分のメタリックホワイトな外装色も相まって、おとぎ話に出てくるハンプティダンプティにも似ているが、ごく一般的なタイプの船外活動用の宇宙服である。


 肩から頭全体を覆う完全密閉型のヘルメットもまだ装着されたまま。

 ミラーコーティングが施されたバイザーも下ろされており、装着者の顔を窺い知ることはできない。なのでフレキシブルにサイズを変更できる蛇腹式の腕脚部の長さから、タクヤは「なかの人物像」を推察した。


 身長一六五センチの自分よりもやや小柄。

 子供だろうか?

 女性ということもある。

 どちらにせよ、この宇宙空間で一体何をしていたのか?

 謎だらけの宇宙飛行士だ。

 誘拐犯たちの宇宙船と接触して出来た胴体部分の傷が生々しい。


「哨戒なにしてやがった! 宇宙で人轢くなんざ前代未聞だぞ? それでもお前ら船乗りか!」


 オカシラの怒号が艦橋に鳴り響く。

 ピリピリとした空気がその場を支配した。


 当然である。苛烈な艦隊戦でもない限り、宇宙船が人身事故を起こすなどタクヤも聞いたことがない。普段は威勢のいい強面たちも、これには神妙な面持ちである。


「す、すいやせん! けどオカシラぁ……ぶつかる寸前まで、この宙域にはあっしらの船だけだったんでさぁ! ビーコンの反応もなかったし、船体の照明だって目視でちゃんと……ホ、ホントですぜ?」


 子分のひとりが死人のように青ざめた顔で弁解する。


「お前は免許取りたてのガキか! 実際轢いちゃってんだからホントもウソもねえだろうが!」


「そ、そりゃそうなんですけど……」


「ったく、これから大仕事って時に面倒起こしやがって……」


 仲間割れとまで言わないが不毛なことだ。本来もっとすべきことがあっただろうに。たとえばこの被害者のケアだとか。

 恐らくもう誘拐犯たちの間では死んだことになっているのだろう。


「あ、あれ……?」


 壁際の通信機器を前にオペレーターが怪訝な声を上げる。絶えず被害者の宇宙服姿に注がれていた一同の視線が、一気にそちらを向いた。


「今度はなんだ!」


 ヒステリックにオカシラが叫ぶ。

 振り向いたオペレーターの額に汗が滲んでいるのは、きっと空調が壊れたせいではないはずだ。


「あの……ですね……。さっきから本船に通信許可を求めてる船があるんですが……所在を確認したら、その……すぐそばにいまして……」


「この宙域には俺たち以外に誰もいないんじゃなかったのか? オイどうなってやがる? 誰か説明しろ!」


 コンソールに赤いマーカーランプが明滅する。

 ピーピー、ピーピー……静まり返った艦橋内に、通信機のコール音だけが鳴り響いた。

 猛者ぞろいの荒くれたちの顔が、次第に動揺で染まってゆく。


 タクヤには全く理解できなかった。

 彼らが一体何に脅えているのかなど。そんなことよりも被害者の容体が気になって仕方がない。

 そんな凍りついた状況を一変させたのは、誰かがぽつりと呟いたひと言だった。


「……ゆ、幽霊船だ……」


「は?」


 思わず声が出た。

 何を馬鹿なことをと、タクヤはそう思った。


 だがその瞬間、艦橋内に恐慌が訪れる。

 きっと皆、ギリギリの淵で恐怖に耐えていたのだろう。口々に「死ぬ」だの「もうダメ」「呪われる」だのと喚き散らしていた。

 これから世界的にも有名な企業に対し、高額な身代金を要求しようというゴロツキたちがである。


 あるのだ。船乗りたちの間ではそういう噂が。

 タクヤも反体制組織などという極めてアンダーグランドな世界に身を置いていたおかげで、そういう胡散な知識には事欠かない。


 曰く辺境宙域にはレーダーにも映らない宇宙船が突然出没するのだとか。しかも船影はボロボロで誰も乗っていないらしい。

 それを見て生きて帰ってきた船乗りは未だかつていないという。「だったら何故、そんな話が広まったの?」とかは聞いちゃいけないお約束だ。


「やかましいぃぃ! 黙らんかい、バカヤロウ!」


 オカシラの一喝に、男たちは静まり返る。

 うろめき、取り乱すだけだったチンピラたちはやがて平素を取り戻したものの、恥じ入り、照れ隠しに頭をかく者がいれば、未だ幽霊船への恐怖が抜け切らない者もいる。

 その場はしばし騒然となった。


 男たちが作り出すざわめきのなか、通信機のコール音だけがやたらとクリアに聞こえる。ひどく淡々とした電子音が、タクヤを不安にさせた。


「繋げ」


 低く、だが力強く。この場を統べる長は言う。


「へ、へい……」


 言い抗う者などいない。オペレーターの震える指先は、ゆっくりとカーソルをなぞる。コール音が止み、コンソールには通話を示すグリーンのランプが灯った。


 一同がゴクリと喉を鳴らした。次の瞬間――。


『あ……もしもーし。……あれ、繋がってんだよなコレ? もしもーし、聞こえてるー?』


 スピーカーから流れ出たのは、なんとも緊張感のない男の声だった。

 肩透かしを食らったようなチンピラたちの顔。

 ただひとりオカシラだけが、怪訝な表情を崩さない。


『おーい。誰もいねーのかー。くそ……返事がねえ、おーい』


 間の抜けたときが過ぎていく。

 白けた場の空気を引き締めるかのように、オカシラがやおら通信機の前に立った。


「……誰だ?」


『あ、いたいた。おせーよもー、電話は三コール以内に取りなさいって新人研修でお局OLに言われなかった? そんなことだから生え抜きの社員が育たないんだよ。いい感じで仕事覚えた頃にライバル企業の人事にヘッドハンティングされちゃうんだよ』


「な、なんの話だ?」


『いや、すまんすまん。あまりにも待たされたんでやり場のない怒りがふつふつとな』


「あ? ああ……」


 拘束されているタクヤをして傑物であると思わしめる、あのオカシラが対応に困っている。

 タクヤは呆気に取られ、不思議そうにそのやり取りを見ていた。


「アンタ……一体何者だ? この辺の宙域にはさっきまでウチの船しかいなかったはずなんだがな……」


『まーまーそんな細かいことはいいじゃないか。それよりも君たちに少し聞きたいことがあるんだがね?』


「聞きたいこと?」


『ああ。この辺で宇宙服着た赤毛の女を見なかったか?』


 艦橋内の空気が一気に凍りつく。


 男たちは部屋の中央から方々に飛退いた。

 ストレッチャーに横たわる、あの宇宙服のそばから離れ、ただし視線だけは釘付けになっている。


 チンピラたちに押されて転んだタクヤもまた、『ソレ』から目が離せないでいた。


 オカシラは震える子分のなかからひとりを選び、あごで指示する。

 それが意図するところは宇宙服のヘルメットを外して中身を確認しろというもの。子分は首を横に振り、必死に抵抗する。しかし親分に一睨みされれば、いつまでも拒んではいられない。


 恐る恐る。まるで猛獣の檻にでも近づくかのような慎重さで子分は部屋の中央に横たわる、正体不明の宇宙飛行士に取り付いた。


 いびつに変形したホワイトメタルのボディ。

 その胸辺りに取り付けられたダイヤル式レバーのつまみを時計回りに回転させる。すると「プシュ」っという音と共に、ヘルメットと胴体部との繋ぎ目からガスが漏れた。


 気密が解放され、ロックが解かれる。

 作業に当たっていた子分はゴクリと生唾を飲み込んだ。

 額には珠のような汗が噴出している。


 一度、オカシラとアイコンタクト。

 ふたりは覚悟を決めたように頷きあう。

 その間も通話の相手は『おーい、おーい』と緊張感のない声でこちらへの呼び掛けを続けていた。


 宇宙服のヘルメットに手が添えられる。

 チンピラ子分はゆっくりとその手を持ち上げた。

 直径八十センチほどの半球体が胴体から切り離されてゆく。

 とても慎重に。


 ミラーコーティングのバイザーが光る。

 中身の一切の素性を隠蔽していたヘルメットがいま取り外された。

 現れ出でたのは――。

 ハイティーンと思しき、赤毛の少女だった。


 その顔はまるで涅槃のように安らかで儚い。ある種の神々しささえ漂う整った目鼻立ちにタクヤは思わず見入ってしまう。

 しかし生きているような感じは、しない。


「か、かかかか、髪ッ、赤、ウグ……!」


 ヘルメットを取った張本人はパニックを起こす。

 迂闊にも声を上げようとしたところを親分に取り押さえられた。

 背後から口を塞がれた彼の目は白目を剥かんばかりである。


『おーいってばよ~。あれ? 通信切れてるか? やり直しか、コンニャロウ。テステス、マイクテス、もしもーし』


 異様な緊張感が現場を包む。

 誰ひとりとして笑みを漏らす者などいない。


 オカシラは通信機の前に座るオペレーターに目配せする。

 そして右手でじゃんけんのチョキを作り、まるでハサミで何かを切るような仕草を見せた。

 それはきっと通話を切れというサインだろうとタクヤは察する。


 逃げるが勝ちというわけだ。


 オペレーターの指がコンソールへと近づく。何も知らない通話相手の暢気な声だけが辺りに響いた。

 通信が断たれる――まさにその一秒前。

 彼らの背後でとんでもないことが起きる。


 あの赤毛の少女がムクリと起き上がったのだ。


 カッと見開かれた双眸は、どこに焦点があるのかも分からず、ただただ薄気味悪い。まるで生気が感じられないガラス玉のようだった。

 そしてギギィと首だけ捻って通信機の方を向くと、唐突に口を開き、


「あーれー。いたたたた。あしが、あしがー」


 と抑揚のない棒読みのセリフを発した。

 何ひとつ心がこもっていない。


「お、おい……!」


 慌てるオカシラ。

 チンピラたちにも動揺が奔る。


『あれ? いまのはウチの嫁の声じゃねーか。なんだよ、いるならそう言ってくれればいーじゃないか』


「あ、アンタの嫁さんっ?」


 オカシラの巣頓狂な声をあげた。

 あの冷徹で残忍だった男の顔が、みるみる脂汗で濡れていく。


『しかし何だな。痛いとか言ってなかった? どうなってんの?』


「アンター、どこにいるのー? ひどいのよー。私、船に轢かれたうえにさらわれそうよー。ああ、いまも手当てもされないままになってるわ。これってふこーよ、オヨヨヨヨ」


 何たる猿芝居。大根にもほどがあった。

 しかし彼らはまだ続ける。

 その心臓の強さたるやハンパではない。


『おーおー、お前さんたち轢き逃げしようってのかい? いー根性しとるやないけー』


 正体不明の通信相手はすぐさま反応した。

 口調は相変わらずだが、なぜだか急にガラが悪くなる。


『人の嫁に悪さしといてダンマリはねーだろ? ちょっとそっち行くから接舷させろや』


 通信ばかりに意識がいっていたので一同気付かなかったが、この時、外部映像を映し出すメインディスプレイには、一隻の見知らぬ宇宙船がフレームインしていた。


 鈍い鉛色の塗装に丸みを帯びた船影。

 いままさにタクヤが乗る誘拐犯たちの船に接舷せんと肉薄している。


 その船腹からはすでに円筒状のドッキング・ラダーがせり出している。

 船体間の往来用の通路だ。

 あちらはもう、いつでもこちらに乗り込む準備が出来ているらしい。


 対する誘拐犯たちも不審船を迎え撃つ準備は万全だ。

 現金なもので相手が幽霊船ではないと分かるやいなや、チンピラたちは皆一様に殺気を纏わせる。

 あわよくば、このスキを狙って、あちらの船に逃げ込もうかとタクヤは画策したが、どうやらそれも叶わぬ夢となりそうである。




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