【前回のあらすじ】
月に降り立ったレイノンは、かつての戦場跡を巡る。痛々しく躯が漂うなかにジェイクもいた。彼は笑っていた。レイノンはやっと戦争の呪縛から解放され、アウラは約束の通りに地球を目にした。
ある日のニュースはこう伝えていた――。
各国の首脳が『地球再生計画』を発表。
大統領選を二年後に控えた『連合』総議会。その争点は地球環境の再生に絞られた。各候補のマニフェスト第一位にも掲げられる本計画だが、その見通しは明るいとのこと。
ホーキンス・カンパニーが『連合』への進出を表明。
コロニー・ビルダー最大手の老舗ブランドがついに『連合』に進出。かねてより世論との確執を取り沙汰されてきた同社であるが、その卓越した擬似環境システムのノウハウには定評がある。今回もその実績を買われ『連合』諸国からの要請があったと関係者は語った。
なお、継承者問題にも一応の決着がついたようだ。
一時、反政府組織の構成員として活動していた同社の長男タクヤ・ホーキンス氏(十七)が『連合』との和平交渉の席を設けるという快挙を手に凱旋帰国した。
氏は前年、飛び級による大学課程も終えており、今秋にも歴代最年少の新取締役として就任が決まっている。
フォボス・コロニーβ4の改修作業は順調。
およそ一ヶ月前にテロ攻撃で破壊された火星周辺コロニー・β4の改修作業が順調に進んでいるようだ。
改修に当たっているコロニー・ビルダーはホーキンス・カンパニー傘下の子会社であり、関係筋によれば、新取締役に決定しているタクヤ氏のテコ入れで急ピッチで進められているとか。
早くもその手腕が期待されている。
なおβ4を襲ったとされる主犯格『星の牙』なる宇宙海賊は現在、各警察機関の必死の捜索にも拘らず行方をくらましているという。
(銀河ロイター通信)
いつものように咥えタバコのまま、レイノンはソファーに寝転ぶ。読み終えた携帯端末をテーブルのうえに放り投げると、天井を見上げた。
揺れる紫煙はしばらく漂い。
天井近くでブゥンと唸る、エアフィルターに吸われて消える。
無機質な駆動音がまた妙に切なげで、自然と過日の騒々しさを思い出させた。早や三週間が経とうとするあの日の別れは、ぶっきら棒を気取っているレイノンの胸にもくすぐったい記憶として残っていた。
月の地平線から地球が完全に顔を出した頃にはもう、アウラの捜索のために派遣された『連合』の宇宙船団が月軌道を包囲していた。
ふたりは、すぐに回収されると船内で呆気なく引き離された。互いの宇宙服を繋げていたエアダクトを無情にも断ち切られて。
拘束されたレイノンは抵抗することもなく、『連合』政府の役人に連れ去られるアウラをただ見守っていた。その役人のなかにディスポの顔を見つけたときは、さすがに辟易したものだが。
彼女を見たのはそれが最後である。
自分の意思で『連合』への旅立ちを希望したアウラに、もはや掛ける言葉など見つからなかった。
去り際に見た最後の彼女は、これまで見たことがないくらいとびっきりの笑顔をレイノンに向けた。身体は引き離されてしまったが、見えない絆はまだ繋がったままなのだ――。
「なに黄昏てんだか」
テーブルを挟んだ向かい側から声がする。
聞き馴染みのある熟れた声だ。
対面のソファーで、照明の光を孕んだ豪奢なブロンドの髪が揺れている。
ちょっと前まではそこに、茶髪と碧毛も交えて賑やかにやっていたのがまるで嘘のようだ。
幼稚園の騒がしさに眉をひそめていたはずなのに、いまでは少し物足りなさを感じる。レイノンはそんなことを思う自分に気付いて戸惑った。
「寂しいなら、また奪い返しに行ったらぁ~? さすがにそうなったら、あの坊やにも、かばいきれないでしょうけど」
ふぅ~っと塗りたてのマニキュアに息を吹きかけながらヴェロニカが言った。短パン姿で胡坐をかき、何事もなかったかのように澄ました顔で。
「そんなんじゃねえよ。ま、確かに今回はアイツに色々と助けられちゃったな~。タクヤの恩返しってトコか? アイツの親父に脅迫状送らなくて本当によかった」
「ブッ! アンタそんなこと考えてたの? 信じらんない」
「お前にだけは言われたくねー」
「う……」
その後の展開はニュース記事が概ね語ってくれている。
だが真実の部分は宇宙の深遠へと封じ込められることになった。
結局、巡視艇の追跡から逃れることが出来なかったフール号は『連合』の警官隊に拿捕された。
タクヤはエイプリルと共にあえなく身柄を拘束された。
しかし彼は、あれほど拒んでいたはずの父親を頼りレイノンたちの弁護を嘆願する。ばかりか『連合』政府に対してホーキンス・カンパニーは一連の事件における被害者であると主張し、自分たちは重要機密を奪還したにすぎないと訴え出た。
偶然が重なったうえでの状況ではあったが、彼の発言には正当性があるために『連合』側としても法廷で争うわけにもいかず、結果、異例とも言えるホーキンス・カンパニーとの和平交渉が成立したのである。
『ユニット・アウラ』の共同研究を正式なものとすることで、タクヤはレイノンたちの無罪放免を勝ち取ったのである――。
「ま、アイツも男になったってことかね?」
「そうそう」
「で、ちょっと質問があるんだけどよ?」
「なによ?」
「なんでお前、ここにいんの?」
「失礼ね~。アンタが寂しくないようにいてあげてるんじゃない。どこかで余命幾ばくもない大金持ちの爺さんが見つけるまで傍にいてあげるわよ。うれしいでしょ?」
「誰が喜ぶかそんなもん! 大体、女が胡坐かいて座るなって何べん言わせりゃ気が済むんだこの馬鹿!」
「べーッ」
「このアマッ……!」
「きゃーへんたーい!」
黙っていれば美人この上ないヴェロニカの渾身のアカンベーに対して、額に青筋立てたレイノンがテーブルのうえの携帯端末を引っ掴む。
ブーメランよろしく縦に構えたそれを、無反省状態のヴェロニカに向かって投げようとしたときだ。
「失礼いたします」
「どわああッ!」
レイノンの顔面スレスレにぷちプリが現れた。
ふよふよと宙を漂い、安定の無表情。
「急に出てくんなってのッ」
「申し訳ありません、ご主人様。おふたりの仲睦まじいご様子を拝見しておりましたら、いよいよもって出るタイミングを逃してしまいまして。こういうときは確か――あとは若い人たちに任せて年寄りはこれで――といった心境でしょうか」
「お前一度、工場で点検してもらえ。どうやったらこの状況でじゃれ合ってるように見えるんだよ。大体なんだよソレ、見合いの仲人かお前はッ。気を利かしてるつもりかも知れないけど迷惑なんですよ! なに満足げに退席しちゃってんの? 仲介人なら最後まで責任持って仕事していけッ。こっちは初対面で気まずいんじゃ!」
「ご主人様、なにか過去に苦いご経験が?」
「…………ねぇよ」
プイっと目を逸らす。耳まで真っ赤だ。
「あるんだ」
「うっせえな! なんか用事があったんじゃねーのか!」
「そうでした。フール号にご乗船の皆さまに、ひとつ残念なお知らせがございます」
顔色ひとつ変えることなくエイプリルが言う。その意味深なセリフに、おもわずヴェロニカも反応した。
「なによ残念なお知らせって?」
「はい。本船は現在、火星ラグランジュポイントに向かって絶賛航行中ですが、どうやら辿り着くことは不可能なようです」
「はあ? どういうことよ?」
「燃料切れです。しかも運悪く火星重力に捕まりスイングバイで加速され、辺境宙域に投げ飛ばされております。ちなみに食料備蓄も底を尽き始めておりますのでご注意を」
「あーそういや出掛けにバタバタしたからなー。金もなかったし」
レイノンたちの釈放にはもうひとつ条件があった。
それは財産の一部没収。
ようは保釈金の調達と、違法改造てんこ盛りのフール号に武装解除させるためである。当然ヴェロニカがディスポから受け取った高額な報酬も返還を余儀なくされ、彼らはいま天下御免の無一文なのである。
「仕方がない。いつもの作戦でいくか。エイプリル、この宙域にカモ……いや船は?」
「ございます。しかも違法に船籍を抹消された大型貨物船がすぐ近くに」
「まさにカモにネギだな。よし。ステルスモード、オン。急速潜航だ」
「ちょ! アンタたちもう少し焦りなさいよッ。なんなのよ一体ッ?」
レイノンがぷちプリを従えてリビングを出る。
ヴェロニカが見つめるその背中は、どこか楽しそうですらあった。
呼び止める彼女の声を聞いているのか、いないのか。そのまま暗い通路へと消えてゆく。
ヴェロニカは不貞腐れたように、ボスンっとソファーに腰を下ろした。幾度となくレイノンに咎められても止めない、胡坐をかいたいつもの姿勢で。
「……こっち見てくれるまでずっといてやるんだから……ばか」
遠ざかる喧騒の日々。去る者がいて残った者がいて。フール号はその全てを受け止め漆黒の大銀河へと漕ぎ出した。
いつかまた笑顔で出会えるように。
また真夜中に踊るバカヤロウたちのワルツが聞こえようとしていた。
彼女の声がレイノンの耳に届いたのかは誰も知らない――。
〈ミッドナイト・フール/完〉
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