ミッドナイト・フール

宇宙をまたにかけたドタバタ劇
真野てん
真野てん

第15話 ごくろーさん

公開日時: 2020年11月14日(土) 00:57
文字数:3,650

【前回のあらすじ】

 すべては仕組まれたことだった。青いトランクはタクヤの父親ともつながりの深い謎の機関「ラボ13」から流出したものだったのだ。レイノンはこれを機に親元へ戻るようにとタクヤにすすめるのだが。


「まだ……父とは会いたくありません……」


 それが彼の答えだった。

 隣ではヴェロニカが呆れたように鼻で笑う。


「と、ゆーことは」


 さっきまでのシリアスなモードから一転して、レイノンの口調がいつもの暢気なそれに戻る。

 タクヤもヴェロニカも、突然の彼の変貌にキョトンとしていた。


「このトランクはさしあたって誰の物でもないということになる。違うか、タクヤ?」


「エッ? はぁ、まぁ」


「だとすると裏を返せば、この俺にも所有権がある、ということになる。違うか、タクヤ?」


「はいぃ~?」


「ちょ、待ちなさいよレイノン! そんなんだったらアタシにだって権利あるでしょうよ? 大体先に目ェ付けたのは、このアタシなのよッ!」


「アレ? カギねーな? どっから開けんだよコレ?」


「訊けよオイ!」


 ある種、方向性の見えてきたレイノンは全てを無視してトランクを物色する。縦横斜め。あらゆる角度からその外容をねめつけるが、一向に上蓋を開ける方法が分からなかった。


 ひとつ、あるべきはずの施錠機構が少なくとも外からでは分からない。

 ふたつ、あったとしてもその解除方法が分からない。


 もしかしたら国家規模の陰謀を未然に防いだかも知れないといっても、所詮は一介の運び屋である。

 何から何までというわけにはいかなかった。 

 となれば、レイノンの取るべき方法はたったひとつだ。


「ダメ~!」


 トランクに銃口を向けていたレイノンをヴェロニカが一喝する。美しい顔が崩れるのもなんのその。歯茎を剥き出しにして絶叫した。


「なんだよ?」


「なんだよじゃないわよ、この馬鹿! 中身がどうにかなったらアンタ責任取れるの? もし爆発物とかだったらこの場で全滅しちゃうじゃない! 新型の細菌兵器とかだったら目も当てらんないわ!」


「あー」


「あー、じゃないわよッ! ちょっと考えれば分かることでしょうッ? ヤダ、アタシ、こんなのにビビってたわけ? マジでサイアク!」


 レイノンは腕組みして大きく頷く。

 本気でそこまで考えていなかったのだろう。

 タクヤはヴェロニカがこの場にいて、本当に良かったと安堵した。


「うむ。ヴェロニカの言うことにも一理ある。ではエイプリル君」


「かしこまりました」


 ズイとエイプリルがトランクの前に立った。

 何をするのかとタクヤが身構えていると、彼女は天に向かってその可憐な細腕を振り上げた。

 必殺の手刀――タクヤの恐怖が蘇る。


「同じことだああッ!」


 ヴェロニカは瞬時に却下した。

 さすがは彼女に手錠を開錠してもらっただけのことはある。タクヤ同様にその時の精神的ダメージはいまだ残っていた。

 まさに骨身に沁みるというヤツだ。


「結局、中身は何だって言うんです? ヴェロニカさんの気持ちも分かるけど、正体が分からない物なんて警戒しようがないじゃないですか」


 久しぶりに口を開いたかと思うと、タクヤは正論を吐く。しかしその発言はヴェロニカによって一蹴された。


「正体が分からないからこそ細心の注意が必要なんでしょうが! アタシはアンタたちみたいにその場のノリで生きてないのよ。ホラ、生きて中身を確認したいんだったら、この縄解いてよ。アタシがそのカギ開けてあげるわ」


「エエェ~」

「エエェ~」


「なによその嫌そうな面は! ちょっとエイプリルまで? アンタにまで忌み嫌われる覚えないんですけどっ?」


 かくしてヴェロニカの戒めは解かれる。

 細い腕には荒縄の跡がくっきりと残っていた。

 数時間振りに眺めた我が手を擦り合わせ、ヴェロニカはテーブルのうえに鎮座ましますトランクへと対峙した。


「いいこと? 分け前はきっちり頂くからね? このアタシだから解錠できるのよ。報酬は山分け」


 ヴェロニカは「アタシ」をやたらと強調して、レイノンに言った。


「いいから早くやれよ」


 鬱陶しそうにレイノンが答える。

 一同の視線はヴェロニカの手元に集中した。


 ヴェロニカはまずトランクの底部、キャスターの取り付いた台座をドライバーで外した。


 するとその下から丸い小さなボタンが現れる。ヴェロニカが迷わずそのボタンと押し込むと、今度はトランクの上蓋側面、取っ手の周辺がスライドして開いた。


 横幅十センチほどの小窓が現れる。


 その中に覗くのは五桁のダイヤル式ナンバーロックだった。

 綺麗にゼロが並んでいる。


「おおお~」

「おおお~」

「おおお~」


 ヴェロニカを除く全員が低い唸り声を上げる。

 その賞賛に「どんなもんよ」とヴェロニカはしたり顔だった。


「で、解除番号は?」


「さあ」


「さあってお前……」


「こればっかりはアタシにも分かんないわよ。エイプリルだって、中身をスキャンできないんでしょ? だったら『00001』から『99999』まで総当たりで試すしかないわよ」


 あっけらかんと言うヴェロニカに対して、無表情の国から来た機械仕掛けの天使がこう答える。


「ひとつの組み合わせを仮に一秒で試行できたとして、全通りやり終えるにはおよそ28時間かかります」


 タクヤがあんぐりと口を開けている。

 続けてエイプリルが「早めに正解が出ることをお祈りします」と言い終わるまえに、レイノンはすでに立ち上がっていた。


「開いたら呼んでくれ。ちょっと寝てくる」


「ちょ、ちょっと!」


「私も洗い物がありますので」


「エイプリルまでッ」


 残るタクヤをジト目で見つめた。ちょっと涙目だった。


「……なんだよ、いるよ。……見張りが必要だろ……」


 投げやりな理由にヴェロニカは不満げだったが、多少の心細さは救われたたらしい。気分を入れ替え作業に没頭する。


 ――かれこれ二時間が経った。

 途中あまりにもヴェロニカが気の毒だったのでタクヤは交代を申し出る。


 すると彼女は「べ、別にひとりでもできるんですからねッ! けどアンタがそんなにやりたいって言うなら代わってあげる」などとツンデレったことを言うので「ハイハイやりたいやりたい」と適当に返していまに至る。


 気がつけばダイヤルの目盛りは『05933』まで到達していた。


「まーだやってんのか? もう天辺回るぞ?」


 仮眠から戻ってきたレイノンが腕時計を眺めて呟いた。時計の針は十一時四十分を指している。


 エイプリルも雑用をこなしてソファーにちょこんと座っていた。

 その膝枕にはヴェロニカのブロンド頭が載っており、どうにも数字に酔ったらしく「うーん、うーん」と唸り声を上げている。


 それからしばらく、まだタクヤは数字と格闘していた。ちまちまと一コマずつダイヤルをずらしてはトランクの上蓋が開かないかと確認する。延々と繰り返されるルーチンワーク。誰もが「もーいいんじゃね?」とか言い出しそうな雰囲気のなか。

 根が真面目なタクヤだからこそ『05960』まで来ていた。


 その様子を見ていたレイノンが、ふと自分のウォレットカードを取り出して「ごくろーさん」とつぶやいた。


「タクヤ……『05963』だ」


「へ?」


 とき同じくして、タクヤの指先は奇しくもレイノンが口走った数字である『05963』を押していた。

 するとどうだろう。

 ガチンっという高い金属音と共にロックが解除された。

 その音に反応して、ダウン気味だったヴェロニカも飛び起きる。


「な、なんで……?」


「そういえばヴェロニカさんが捕まっていた海賊船の部屋も『5963』で開きましたね。中年男性特有の思考回路なんでしょうか」


 容赦のないアンドロイドの一言に、レイノンとタクヤが同時にひざから崩れ落ちる。


「中年……」


「僕の二時間の苦労が……」


 一方、俄然元気を取り戻したヴェロニカが「早く早く」とふたりを急かした。一同がテーブルのまえに集まると、突然、トランクの隙間から何やら白いモヤがあふれてきた。 


「お、おい……」


 さすがのレイノンが警戒する。

 しかしすぐさまエイプリルが「大丈夫です」と反応した。


「大丈夫です。組成を調べましたが異常ありません。ただの冷気です」


 トランクの一番近くにいたタクヤの指先は、とめどなくあふれる冷気により徐々に冷やされていく。その感覚は倉庫でこのトランクを初めて見つけたときに触れた、表面の冷たさに似ていた。


「開けますよ……いいですか?」


 トランクの上蓋に手を掛けてタクヤが言う。

 レイノンが無言で頷き、ヴェロニカもゴクリと生唾を飲んだ。


 タクヤは二度ほど深呼吸して心を落ち着かせた。

 目を見開く。

 そして掴んだトランクの上蓋部分を、グッとうえに持ち上げた――。


 視界を覆う白いモヤ。

 対流の少ない低重力下においてはなかなか素直に収まらない。

 タクヤはモヤを手の平で振り払った。


 少しずつ明らかになるトランクの内装。

 柔らかなムートンが敷き詰められた内壁は冷気でやや凍っていた。


 内張りにそって走る数本の金属パイプと、それに繋がるなんらかの制御装置が確認できた。


 少しずつ白いモヤが晴れてくると、その隙間から乳白色の『何か」がのぞいていた。


 それは外気に触れると徐々に桜色へと染まっていく。

 わずかだが鼓動が感じられ、数秒後にはそこに何がいるのかがハッキリと分かるようになった。


「女……の子?」


 タクヤが声を詰まらせながら、そう呟く。

 そう。

 トランクの内部には胎児のようにうずくまった、ひとりの少女が静かに寝息を立てていた。



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