ミッドナイト・フール

宇宙をまたにかけたドタバタ劇
真野てん
真野てん

第4章

第18話 手をつなごう

公開日時: 2020年11月16日(月) 12:37
文字数:3,664

【前回のあらすじ】

 謎の少女アウラは、人間ではない。ヴェロニカから告げられた事実にまだレイノンは何も答えを出せずにいる。一方、彼女との突然のデートを言いつけられタクヤは完全に舞い上がっていた。


【 4 】


 街中に充満する脂の匂い。

 丸い柱の朱門をくぐれば、青銅色の瓦屋根が続く。

 都会の喧騒とも違う独特の騒々しさ。

 まさに人種のるつぼ。すれ違う人々の顔も千差万別である。


 元々狭い道幅は、乱立した露店でさらにごった返す。ぶつかりそうな肩を避けると、避けた先でまた誰かとぶつかった。


 常晴れのお天道様のもと、タクヤとアウラは中華街を歩いている。

 タクヤの腕にはすでに紙の買い物袋が抱かれていた。

 中身はレイノンに頼まれたタバコがツーカートン。自分を含め、突然乗組員が増えたための日用生活雑貨が諸々。

 あとはヴェロニカにパシラされたファッション雑誌が数冊だ。

 データ全盛の世の中にあってさえ、いまだ紙の本は駆逐されない。


 買出し小僧と言われれば聞こえが悪いが、これはデートだ。

 そう明らかにデート。


 おしゃれした若い男女が並んで歩き。

 ショッピングだ、おしゃべりだと、お互いに夢中とくればもうデート以外のなにものでもない。

 ここにきてタクヤも我が世の春をまい進中――のはずだったのだが。


 船を出て、路線バスに揺られ中華街に足を踏み入れた頃にはもう、タクヤの持ち得るファニーでウィットに富んだ会話集もストックが尽きていた。


 元来マニュアル世代の彼は、古今東西の恋愛ハウツー本を読み込んでいるので大概の女性はエスコートできると踏んでいた。

 事実昨日は緊張しながらでも、ヴェロニカとはうまくいっていた。

 ――この場合、相手が性悪で騙されたことはカウントに入らない。


 どんなに語りかけてもアウラの表情は硬いまま。

 たまに口を開いても「うん」とか「へー」とか紋切り型の相づちしか打ってくれない。


 もしかして嫌われているのか?

 昨日の自己紹介がまずかったか?


 など、手早く買い物を済ませる傍ら、タクヤはそんなことばかり延々と考えていた。かれこれもう一時間は会話がない。なにか言わなければ。


 アウラは相変わらず押し黙り、街が珍しいのか周囲をキョロキョロしていた。タクヤとは着かず離れずの微妙な距離だ。

 とりあえず『並んで歩くのも嫌』とかではないらしい。


 彼女の着ているのはヴェロニカのお古のチャイナ服。

 場所が中華街とあって非常にマッチしている。

 一方、タクヤもそれに合わせたコードで、少し大人びたカジュアルに身を包んでいた。周りの人から見たらふたりは一体、どう見えるのか。タクヤはそれが気になって仕方がない。


 視界の端で揺れる白雪のようなアウラの手。

 握りたい。

 手を繋いで歩きたい。

 タクヤとしては当然の帰結なのだが、まだ出会ったばかりだというのに気持ち悪がられたらイヤだなという想いのほうが強かった。


 だが。

 思春期をこじらせているエロガキには、そんな常識は通じないわけで。


「あ、アウラちゃんさ……」


 思い切って訊いてみた。


「なに?」


「道、混んできたから。て、て、手を繋ごうかッ。迷子になったら困るからッ……」


 キョトンとした顔でタクヤを見返すアウラ。

 北欧風の顔立ちがまるでおとぎ話に出てくるエルフのようで、くっきり二重の眼差しが眩しい。頬の『7』も涙の雫のようで美しかった。


 イヤな汗がタクヤの首筋を伝う。

 ほんの数秒なのに、やたらと長く感じる。

 無言で目をぱちくりさせるアウラだったが、とくに躊躇することもなく、その手はそっと彼に向けて差し出された。


 キタ――――ッ!


 買い物袋を抱きかかえた腕とは反対側。

 タクヤもそっと手を握り返す。

 手の平が汗ばんでいないかが気になったが、繋がるアウラの柔らかな手は彼を拒んだりしなかった。


 ――その後は会話も弾んだ。

 時折アウラの好奇心から、数件の露店商に捕まったが楽しかった。

 少しではあるがアウラの笑顔も見れた。

 ふと時計機能も持つ携帯端末に目を移せば、もう昼も過ぎている。タクヤたちは最寄りのカフェへと向かった。


 茶館、とでも言うのだろうか。

 店内はとても大陸風の造りで、何もかもがタクヤの目を楽しませた。

 朱塗りの丸テーブルに提灯。

 至る所に縁起を担ぐまじないが施されている。


 ふたりは熱い茶と。数品の飲茶を注文した。太腿に大きなスリットの入ったチャイナドレスのウェイトレスが、五目チャーハンとエビシュウマイを運んでくる。

 甘い点心はアウラがまたがっつくといけないので食後にしてもらった。


 愉快な昼食。

 すきっ腹に沁みる海鮮の旨味を効かした五目チャーハンを、タクヤが口一杯に頬張りながらアウラの横顔を眺めているとき。


 その肩越しに彼は、信じられないものを見た。

 思わず手に持ったレンゲを落っことす。


「マキノ――」


「お坊ちゃま……」


 身なりのキチンとした白髪の老人がそこにはいた。

 レイノンとは異なり正真正銘な老人の白髪である。

 歳の頃なら七十半ば。

 背もシャンとしていた。

 小さな顔には、彼の人生がしのばれる深いシワが刻まれている。


「なんでお前がここにいるッ。誰から訊いたッ!」


 タクヤは立ち上がり激高した。

 アウラもそれに驚いて、食事の手を止める。


 マキノという老人はフッと頭を下げ、タクヤをあまり刺激させないようにして、やんわりとふたりのほうへ近寄った。


「お久しゅうございます……お元気そうでなりより。お父上もさぞお喜びになることで」


「黙れッ! 質問に答えろッ!」


 マキノはその憂いを秘めた眼差しをタクヤから逸らす。

 そして申し訳なさそうに、


「レイノン・ハーツさまからご連絡を」


 とだけ言った。


「な、なんだとッ……」


 遠ざかる茶館の風景。店内の喧騒もタクヤの耳には届かなかった。ギュウと絞まる瞳孔。息も止まるほどの衝撃に肌がひりつく。


「船長が……?」


 まただ。

 また裏切られた。


 今度こそはと信じたのに。

 自分を委ねた相手から裏切られた。

 あれほどまだ帰りたくないと言ったのに。

 ただの我がままなんかではなく、なにかを成し遂げてから帰りたいと思ったのに。


 そうさせてくれたのはアンタじゃないか?

 どうしていまさら突き放すんだ?


「帰らないぞ……僕は帰らないッ! 親父に言っとけ! お前がその考えを改めないかぎり僕は二度と戻らないと! 敵国と馴れ合うような奴とは絶縁だッ!」


「し、しかしお坊ちゃま」


「消えろッ」


 マキノはなにかを言いたげだった。だが彼はそれをグッと飲み込み、引き下がる。恭しく一礼してその場を去った。

 残されたのはやりきれない思いと、冷めた飲茶だけ。

 タクヤはうな垂れた。


「タクヤ泣いてるの? どこか痛いの?」


 アウラが顔を覗きこむ。


「大丈夫。大丈夫だよ……」


 タクヤは無理に笑顔を作った。

 やりきれない想いが彼の胸中にこだまする。

 どうして――。

 なぜ――。

 拳を握るたびに、おのれの非力を感じずにはいられない。

 あの日見た彼の背中は、まだ何も語ってはくれなかった。




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 フール号では倉庫と書いて秘境と読む。

 さすがにあの状態では不便であると感じたレイノンは、せめて例の棚までの直通路を作ろうと作業をしていた。


 どデカイ箱をチェーンブロックで吊り上げ積み上げる。

 タフなアスレチック・フィールドに、ようやく床が露出し始めた。


 小一時間の整理で入り口から一本の道が出来る。両側にうず高い荷物の壁を持つ小道だが、その先にある扉付きの棚まで迷わずに行けた。


 レイノンはその扉に手を掛け、なかから地球儀のペンを取り出す。愛しむようにして、柔らかな綿布でその表面を拭く。


「随分大事にしてるのね。そんなのただのガラクタじゃない」


 背後から声が掛かる。

 荷物の壁を背にして立つヴェロニカだった。レイノンは特に腹を立てるでもなくそちらを見たが、なにしろあの三白眼である。彼女は少したじろいだ様子だ。


「な、なによッ。ちゃんと返したじゃないッ。……悪かったと、思ってるわよ……少しは」


 レイノンは無言のまま地球儀のペンを棚に戻した。

 静かに扉を閉じて「ふぅ」とため息をひとつ。ヴェロニカのほうを向き直すと、面倒くさそうに口を開いた。


「お前にとっちゃガラクタかも知れんがな。世の中、これが全てだという奴もいる。この棚の中にはな、お前が欲しがるような物はひとつも入っちゃいねえよ」


「は? なにソレ。あ、分かっちゃった。元カノからのプレゼント? 女々しい~。あ~あ、根暗がうつるペッペッ! 心配してやって損したわ」


「お前に心配される覚えはねー」


「フンッ」


 腕を組んでそっぽを向く。もしかするとこれが彼女なりの愛情表現なのかも知れない。


「ちょっと付き合え」


「エッ?」


 レイノンはヴェロニカの前を通り過ぎながら言った。


「酒だよ酒。本当は飲めるんだろ? さんざ猫かぶりやがって」


「あ。飲む飲む! アタシ、マルゴーね」


「ねーよ」


「じゃ、ロマネコンティ」


「もっとねーよ! 富豪とでも結婚しろ、この馬鹿」


「あら、そのつもりだけど? そーいやさ。あのエロガキの父親ってヤモメでしょ? 紹介してくれないかなアイツ」


「オイオイ。お前アイツの母親になるつもりか?」


「いーでしょ若い母親で。美しい義母、それに憧れる息子の熱い眼差しが熟れた身体を焦がす。ああ、めくるめく禁断の慕情」


「死ね」


 夫婦漫才のような掛け合いを残して、倉庫の照明が落とされる。

 棚のなかには、物言わぬ記憶のカケラたちが眠っていた。



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