ミッドナイト・フール

宇宙をまたにかけたドタバタ劇
真野てん
真野てん

第2章

第6話 『Fool』と『F001』

公開日時: 2020年11月8日(日) 10:51
文字数:4,482

【前回のあらすじ】

 誘拐犯に拉致されていたタクヤは、ひょんなことで出会った謎の男レイノン・ハーツに助けられ、彼の船へと乗り込んだ。




【 2 】




 窓のない広い部屋にひとり。

 煌々と明かりは灯るが壁すら見えない。うず高く積まれた荷物の山が部屋中を埋め尽くしていた。


 奥の方になるとかなり永いこと動かされた形跡がなく埃塗れだ。足の踏み場――ぐらいはあるようだが人ひとり通るのがやっとである。


 そり立つ箱の壁をまえにして少年は――タクヤ・ホーキンスはひとり奮闘していた。


「えーと小包、小包っと……。あ、あった、コレだ」


 天使の輪を持つサラサラヘアーに蜘蛛の巣が引っ掛かる。

 無秩序に積まれた荷物の多くは、昨日までタクヤを監禁していた誘拐犯の船にあったものである。

 ぎゅうぎゅう詰めの積荷の間に手を突っ込んで、やっとこさ取り出したのは重さ二キロほどの小箱であった。


 ホコリは被っているものの丁寧な包装がなされ、表には名前と住所の書かれた配送タグが貼られている。

 しかしよく見れば、発送日はすでに一ヶ月もまえなのが分かった。


「ナマモノ……じゃないよな……」


 タクヤは露骨に顔をしかめた。


 気を取り直して作業を再開。

 手には在庫チェックシートが表示されたマルチ端末が握られている。雑然と置かれた荷物に苦戦しながらも、次々にシートの空欄を埋めていった。


「ん? なんで宇宙船に縄ばしごなんかあるんだよ?」


 足元に丸められた長さ数十メートルにも及ぶ縄ばしご。

 タクヤはそれを手にしたタッチペンの端で持ち上げながら、ブツブツと文句をこぼす。


 本当に色んな物があった。

 それもそのはずで、ここは宇宙船の倉庫なのだ。しかもこの船は貨物船である。タクヤを誘拐したオカシラたちの船もまた同様に貨物船であったが、いま乗っている船はそれよりも大きい。

 搭乗員三名の宇宙船にしては、あまりも巨大であり、そしてあまりにも雑然としていた。


 いまタクヤのまわりには酒のケースやら家具やら大きな壺やらが一堂に介しており、統一感がまるでない。

 なかには熊の剥製なんかもあるが、あれも届け物なんだろうか?


 汚いを通り越してもはや迷路の域にある倉庫だが、ある一画だけは綺麗に整頓されていた。


 そこには扉付きの大きな棚があって、その周辺だけはマメに掃除されている様子だ。


 少し離れた所にあるのでなかに何が入っているのかは分からない。

 見たいという欲求はあったがタクヤは踵を返した。

 この船の船長であるレイノン・ハーツと約束したのだ。

 あの棚には近づかない、と。

 誰も見ていない倉庫にひとり。

 タクヤは律儀にも、彼との約束を守ったのである。


「と、こんなもんか? 荷物も見つかったし……リビングに戻ろう」


 タクヤはさっき発見した小包を手に倉庫から出て行った。

 倉庫を出ると左右に長い廊下がある。

 右に行けば船内エレベーター。左に行けばリビングだ。

 彼は迷わず左を向くと、絶えず一方向へと動いている手摺りに掴まる。

 床から足を離すとタクヤの身体は宙に浮いたまま、手摺りの動く方向へと移動した。低重力空間だからこそなせる業である。


 歩くよりやや早いスピードで廊下を進む。

 リビングへと続くその道中、タクヤは壁に掛かる一枚の金属プレートが目に入った。


『F‐001』と刻まれた真鍮色の長方形で、大きさはタクヤが隣に添い寝してもまだ余る。

 それはこの船の竣工を祝って作られた記念プレートだと、あの時エイプリルは教えてくれた。

 昨日、この船で目覚めたときに――。


 それは悪夢のようなひとときのあと。

 気を失い、自分でもどうなったかという記憶はなかった。

 一体どれくらいの時間が経ったのか。

 やがて瞼越しに透ける照明の灯りが眩しくて目を覚ますと、鈍色の天井がにじむ視界に飛び込んできた。

 自分のいる場所がどこかは分からなかったが、少なくとも誘拐犯の船ではないらしいとすぐにピンときた。


 タクヤが目を覚ましたのはふかふかのベッドのうえ。

 両脚に出来た数箇所の傷もキチンと手当てがされている。


 傷?


 あのときの悪夢が蘇る。

 確か足枷を外してもらった時だ。

 エイプリルとかいうメイドに、鋭い手刀でどつき回されたのだ。

 彼女の正体はガイノイド――女性型アンドロイドである。


 足枷は破壊するのが難しいとは言っていたが、いま思えばわざとだったのではないだろうか。そう思うと、ふつふつと怒りが湧いてきた。

 ひと言文句を言ってやろうとベッドから抜け出す。

 まだ膝が笑ってしまうが、タクヤは部屋をあとにした。


 部屋を出ると左右に長い廊下が広がる。

 暗い。

 出てきた部屋からもれる明かりが、わずかな範囲を照らしている。

 あとは延々と暗い空間が続き、常夜灯が点々と規則的に並んでいるのみだった。まるで闇へと手招きをしているよう。

 どちらに行けばいいのかさっぱりだが、タクヤはひとまず左を選んだ。


 壁には移動用のムーバー〈手摺り〉がついている。

 だが、あえて歩きで廊下を渡った。助かったという実感が欲しくて。


 壁に手を付きゆっくり。

 薄暗い廊下を文字通り手探りで進む。


 しばらく歩いていると何か壁とは異なる感触が手に伝わってきた。

 冷たくて固い。

 夜目に慣れてくると、そこに文字が刻まれていると知った。


「『F‐001』……」


「そうです」


 背後からの声と同時に廊下に照明がパッと灯る。

 突然の発光にタクヤが目を眇めると、視線の先にはひとりの人物が立っていた。赤毛のロングヘアにフリルのカチューシャをはめた左右対称の美顔の持ち主。


 エイプリル。確か、あの白髪の男はそう呼んでいた。

 メイドの姿をした女性型のアンドロイド。


 一部の趣味人はメイドロイドなどと呼んで熱狂しているらしいがタクヤにそのケはない。そのケはないが……。


 彼女の容姿には、男性心理のどこか柔らかい部分を刺激するような魅力がある。かく言うタクヤもその甘い誘惑はすでに経験済みであった。


「『F‐001』は、この船の正式名称です。そのプレートはこの船の竣工を祝って寄贈された物なのです」


「へェ……」


 よく見れば歴史の重みみたいなものを感じさせるプレートだ。

 なんだか感慨深い。


「まあこれを『Fool』と読んだ愚か者もウチにはいますが……。私が気付いた時にはすでに『フール号』の名で登録済み。正直残念でなりません」


「フール号……それがこの船の名前ですか?」


「そうです。そしてあなたの新しい家ですよ、タクヤ・ホーキンスさま」


 愛想もない。

 感情もこもっていない彼女のセリフ。

 だがタクヤにとっては、妙に懐かしく、そして温かいものだった――。


 ムーバーを掴むこと数分間。

『F‐001』のプレートに刺激された昨日の記憶に若干ニヤつきながら、タクヤは廊下の末端にあるリビングルームへとやってきた。

 個室としてはこの船で二番目に大きく、キッチンも兼ねている。


 入り口は常に開いていた。

 節電のために照明の落とされた廊下へ部屋の灯りがもれている。

 タクヤがひょいと顔を覗かせると、なかではふたりの男女が真剣な表情を浮かべてなにやら議論していた。


「やっぱ二億はやりすぎか?」


 と言うのは白髪の男だ。

 この船の船長であるレイノン・ハーツである。一九〇センチの長身はほどよく鍛え上げられ、背中も山のよう。だが常に眠そうな三白眼が、いまひとつシリアスなムードに似合わない。


「いえ、相手は空前絶後のお金持ちですから、そのくらいいっとかないと逆に失礼です」


 とはエイプリル。

 今日もエプロンドレスが愛らしい。


 どうやら金銭的な話のようだ。

 入りづらさを感じたタクヤは、しばらくその場で聞き耳を立てる。


「そっかー。やっぱ金持ちは違うな。よし、じゃあ思い切って二億だ。エイプリル、こういう場合の文書テキストあるか?」


「実用……とは申し上げにくいですが」


 エイプリルが差し出した手の平のうえに、長方形の立体画像が現れる。向こう側が若干透ける画面のなか、なにやら例文のようなものが表示された。


「過去四百万件のケースを平均化した文章がこれです」


「えーっとなになに。『息 子 は 預 か つ た。 返 し て 欲 し く ば *** を 用 意 し ろ』か」


「この『***』の部分が要求する額面になっております。またこの段階で引渡し日時を指定する場合もございます」


「ん、分かった。あとはホーキンス・カンパニーの誰に渡すかだな。親父に直接送りつけるのも芸が無いぞ?」


「親類縁者よりも、外様で出世欲の強い方がよろしいかと。相互利益のため口を割りにくいです」


 ホログラム・ディスプレイの映像が変わり、つぎつぎと顔写真付きの人物リストが現れる。


「このうえから三番目のフランク・マナベ専務などはいかがでしょうか。前年度に個人的な投資に失敗しておりますので、釣りやすいかと」


「って、待てぇえええッ!」


 ふたりの会議にタクヤが割って入る。肩で大きく息をして、いまにも噛み付かんばかりに目が血走っていた。


「何の話かと思ったら僕の身代金のことじゃないかッ!」


「チッ……」


「あああ! いまチッて言った! チッて言っちゃったよこの人! 何がひとりで立てだよ! 何が他人を頼るなだよ! ちゃっかり他人の身柄で儲ける気満々じゃないかッ! 尊敬して損しちゃったよ! サイテーだよ!」


 ビシィっと突きつけるひとさし指。

 その先の人物は開き直り、小指で耳の穴をほじっていた。

 目線すら合わさない。


「うっせぇな! わーったよ止めりゃいいんでしょ、止めりゃ。あーあ。冗談だったのになー。ちょっとしたお茶目だったのになー。親睦を深めるためのサプライズ的な? あーあ、もう仕事も。やる気なくなっちゃったなー」


「元からないだろう、やる気なんて! 大体なんだよサプライズって? 助けてもらったと思ってた相手が自分の親ゆすってたら誰でも驚くわ! どんだけ壮大な恩の押し売りだよ!」


「ま、そうカリカリすんなって。アレだよ? 細かいこと気にしてたらハゲちゃうよ? お前さんせっかく髪サラサラなのに勿体無いよ。唯一の美点を粗末にしちゃあいけない」


「なんですかソレッ。まるで僕が髪以外ダメ人間みたいじゃないですか。そりゃあキューティクルには自信ありますけど、それとこれとは話はべ」


 するとレイノンがすこし食い気味に言う。「油断すんじゃねえぞ」と。


「タクヤ、ハゲは突然やってくるんだ。名うての暗殺者のように音もなく忍びよってくるぞ。それに父ちゃんハゲじゃないからって安心してちゃいけない。ハゲは隔世遺伝なんだ。爺ちゃんどうだった? ハゲてなかった?」


「だーかーらー」


 そこにエイプリルの手の平が突き出される。

 ホログラム・ディスプレイに映っているのはまたもや人物名鑑だった。

 しかしそこに居並ぶのは、どこか似通った顔つきである。


「ホーキンス・カンパニー歴代の会長とその親類縁者のリストです。ちなみにこの方が現会長であるタクヤさまのお爺様です」


「…………」


 レイノンは絶句した。そしてタクヤもまた。

 ぽんとタクヤの肩を叩き、レイノンは立ち上がる。深く頷いた顔はなんともいえない表情だった。


「仕事しよう仕事。さ、タクヤ。気を取り直していこう! な! な?」


 手には倉庫で探した小包が。

 レイノンに首根っこを掴まれて宙に舞うタクヤ。低重力に翻弄されながら放心の状態である。

 髪は人生の長い友と書く。

 リアルで仲間に裏切れ、今度は人生の長い友にも――。

 しばらく立ち直れないほどのダメージを心に受けた、そんな十七の夏。



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