【前回のあらすじ】
愛車『リフト・モービル』でコロニー内を配達に回ったレイノンとタクヤだったが、度重なる配送の遅延で顧客からこってりと絞られる。さらに別の配送先では、何ならいわくありげな雰囲気だった。
宇宙規模にまで拡大したマーケット。
その物流の最前線とも言える総合配送センターは、各コロニーに最低でもひとつはあった。そびえ立つ円筒型のビルは人類繁栄の象徴か。
総合配送の名の通り、その業務は宇宙便の受注・仕分け作業である。
コロニー中の配達物を一手に引き受け、業者、専門機関へと仕事を割り振るのだ。そして荷物は宇宙を股に掛けて配送される。
レイノン・ハーツもまた、そうした宇宙便の配送業者のひとりである。
タクヤは成り行きでそのアシスタントをしていた。
ふたりはリフト・モービルを駐輪場に停めて歩き出した。
見上げれば首が痛いほどに巨大な銀の塔のなかへと。
エントランスをくぐれば、だだっ広いロビーが現れる。そこには人がごった返していた。
流れる人の波。タクヤはそれに翻弄されていた。
レイノンの背を見失わないように必死だ。
混雑を物ともせず突き進む彼の広い背中を追い、タクヤは半身の姿勢になって肉の壁をすり抜ける。
気がつけばロビーの中央。
円卓になった受付窓口のひとつにふたりは辿り着いた。
白を基調とした清潔感あふれるカウンター。その内側で彼らを待ち受けていたのは禿頭の男性だった。
「よっ、しばらく」
「ハーツ急便さ~ん~。ま~た遅れたでしょう? クレームの電話鳴りっぱなしですよ? ちゃんとしてくれないと困るんですよ本当に! 苦情は全部センターに入るんですからね?」
受付の男性はすこぶる機嫌が悪い。
頭とは真逆な毛むくじゃらの腕を組んでは、レイノンを睨む。
「ハハハハハ……ごめん」
さして悪びれた風もなくレイノンが詫びた。
つくづく勤勉とは無縁の男である。
「ん、その子は新人さんですか? まったく、おたく従業員なんか雇う余裕あるんですか?」
「ねーよ。だからさぁ……なんかこう楽して儲かる依頼ない? ほらライブ・オービタルまでのシャトル輸送、全額前金振り込み――みたいな奴」
「ないですよ。そんなのはとっくに大手業者に回されてます。大体そんな長距離輸送を、アンタんとこみたいなフリーの宇宙便に任せられるわけないでしょう、事故があっても保険は利かないし」
「アハ、アハハハハハ……」
乾いたレイノンの笑い。
タクヤはそのやり取りをじっと眺めていた。
「どうしたタクヤ。自分の将来が絶望的だとは言え、現在進行形で絶望している人間をそんなに眩しく見詰めちゃ失礼だぞー」
最初はレイノンが何を言っているのか分からなかったタクヤだが、彼があごの先で話し相手のおつむを指すとすぐにピンときた。
「毛の話はやめろッ」
蒸し返すハゲ談義。
禿頭の受付は怪訝な表情である。
「あ、そうだハーツさん。アンタんとこにぴったりの依頼があったんだ。あれは確か……」
レイノンの粘りが効いたのか。
はたまたとっとと帰ってほしいからなのか。
禿頭の受付は手元の端末を操作し始めた。
旧式の入力装置であるマウスをカチカチする音がする。
そしてこのペーパーレス時代に、彼の後ろでプリンタがカタカタ鳴った。
「コレなんかどうですかハーツさん。宛先も近いし……何より見て、この報酬。いくらフリーランスの業者指名してるからってちょっと凄いでしょ」
差し出された紙には複数の枠線が入っており、それぞれに文字と数字が記入されていた。配達物の受注票である。
それを見たレイノンはいつになく目を輝かせた。
「ご、五十万UD〈ユニバーサル・ドル〉だとぉ……」
これにはタクヤも驚いた。
およそ百万UDで、コロニー内なら新築の家が一件建つと言われている。その半分ともなると相当が額だ。
どこに何を運ぶは知らないが、えらく奮発したものである。
「宛先はフォボスのコロニーだぁ? ちけーなんてもんじゃねーなオイ」
フォボスと言えば、火星の衛生のひとつである。
いま彼らがいる場所は、火星本星のラグランジュポイント――宇宙空間で天体からの重力の影響が安定している地帯。
つまりはフォボスの衛星軌道上にもほど近い。
「どうです? 受けますか? ただちょっと怪しいけどね。経験上……」
タクヤも禿頭の男に激しく同意する。
略して禿同。
何だか突然、悲しくなった。
「かんけーねーよそんなもん! 受ける受ける」
レイノンは懐から名刺サイズのカードを取り出した。
マネートレード用のウォレットカードである。
カウンター上のカードリーダーにそれを通して暗証番号を『5963』と打ち込むと、ディスプレイには『10000』と表示された。
「前金は一万UDです。受け取りが確認でき次第、フォボスのセンターで残金を精算してください」
必要な手続きを済ませふたりはカウンターを離れた。
レイノン曰く、もう品物は停泊所のフール号に届いているらしい。
宇宙規模の配送システムは動きが早い。
そんな活気にあふれる現場の空気を肌で感じつつ、タクヤはまたレイノンのたくましい背中を追いかけた。
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