ミッドナイト・フール

宇宙をまたにかけたドタバタ劇
真野てん
真野てん

第10話 喧嘩は相手を見てから売ろう

公開日時: 2020年11月10日(火) 10:17
文字数:4,274

【前回のあらすじ】

 法外な報酬に目がくらんだレイノンがタクヤを連れて新たな仕事へと向かった。目的地は火星の衛生フォボスにあるコロニーである。しかしその道中に、海賊・星の牙を名乗るゴロツキたちに行く手を阻まれた。



 いかつい男たちが列をなして、あのデタラメに広い倉庫の中から次々と荷物を運び出している。


 酒、食料、調度品。

 うず高く積まれていた積荷の山が切り崩され、タクヤは初めてこの部屋の壁を見た。薄い背中にライフルを突きつけられながら。


 レイノンも同様に拳銃を取り上げられ頭の後ろで手を組まされている。背にはやはり銃口が向けられていて、身動きできない。


 エイプリルは別室にて拘束されている。

 今頃なにをされているのやら。

 そして現場を指揮しているのは恰幅のいい中年男性だ。いかにもボス然とした毛むくじゃらの男だった。

 指揮棒代わりの棍棒が似合いすぎている。


「ぶへへへ……こいつぁ当たりだったな? お宝はともかく食い物は申し分ねぇ。酒もある。それに……」


 星の牙を名乗る海賊たちのボスはいやらしい表情を見せた。


「女もいるしな。あんな上玉みたことねぇ! ウチにもひとり乗ってるが、コイツが性悪でな……よかったら取り替えてやるぜ?」


 海賊の品のないセリフにも、レイノンはいたって冷静だった。


「いらねーよ。そんなことより少しは残しといてくれよ? ウチとしても苦労して手に入れた備蓄品なんでな」


 楽勝で巻き上げたが正解である。


「すまねーな。ウチは育ち盛りが多くてよ。ありがたく全部貰っていくぜ」


 ボスの高笑いが響く。

 倉庫はすっかり空になっていた。

 あの迷路のようだった部屋に、だだっ広い床が出現している。

 壁際。

 ふたりの海賊がまだ積荷の物色を終えていない。

 そして、ひとりはあの青いトランクを持ち上げてボスのもとへ。もうひとりはレイノンが大事にしている謎の棚を覗いていた。


「ボス……」


 トランクを確認するとボスは首肯し、「持ってけ」と急かすように子分に指示を出した。

 その様子を見て、レイノンの眉根がキリリと持ち上がった。


 倉庫内にはもう、ほとんど荷物は残されていなかった。その場にいるのもレイノンとタクヤ、ライフルを手にした手下ふたり、ボス。

 そして――。


「なんだぁ~このガラクタはぁ~?」


 棚の扉を開けてしまった男がひとり。

 タクヤは思わずレイノンのほうを見た。

 静かである。

 静かではあるが……。


「ボス~見て下さいよコレ! 地球儀のペンだってよ、だっせー! どこ行きゃ売ってんだよこんなの? アハハハハハハッ!」


 海賊たちの嘲笑が倉庫内を支配する。男はペンを投げ捨て、他の品物に手を伸ばした。

 宙を横切る地球儀のペンが、物悲しく倉庫内を公転している。


「……わるな……」


「あん?」


 ボスがレイノンを睨みつける。

 白髪の男は、その身に獣のオーラを放っていた。

 タクヤは全身の毛穴が逆立つ思いだった。

 誘拐犯を壊滅に追い込んだ、あの光景が鮮明に蘇る。


「触るなって言ってんだろが!」


 レイノンは前を向いたまま後方へ蹴りを放つ。彼の後ろでライフルを構えていた手下は不意を突かれ、倉庫の出口まで吹き飛んだ。

 その反作用でレイノンの身体は前へと進む。

 棚を漁っているゴロツキたち目掛けてまっしぐらだ。


「く! どけッ!」


「わ!」


 タクヤの後ろにいた手下が、彼を押し退けて前に出た。構えたライフルの銃口からは破壊作用のある光線が放たれる。

 続けて五発。

 全弾がレイノンの脚を襲う。

 腿、ふくらはぎ、靴底。

 至近距離からの連弾が命中し、あたりに鮮血を飛び散らせた。


 しかしレイノンは無反応だ。

 棚を漁っていた男の腕を掴み、残る拳であごを砕いた。返す刀で気絶した男の身体を、ライフルを構えた手下に投げつける。

 ストライク。

 彼らはそのまま後方にある倉庫の出口まで飛んでいった。


 レイノンは宙を回遊していた地球儀のペンを握り締め怒りに震える。このときばかりは眠そうな三白眼も殺人者のそれになった。


「わ、わわわ……」


 動揺するボス。どうやら数に任せた暴力は得意でも、こういう修羅場には不慣れらしい。しかし機転は利くもので――。


「こ、こいつがどうなってもいいのかッ」


 ボスは近くで転んでいたタクヤの胸倉を掴んで引き起こすと、棍棒を頭上に振り上げた。目線はずっとレイノンのほうにある。


 レイノンは、しばしそれを静観。

 目つきはあのままである。

 驚くべきことに、脚の出血はもう止まっていた。


 胸倉を掴まれながらタクヤは妙な感覚に見舞われていた。

 確かに不利な状況だがそれほど恐ろしくはない。

 あの血の雨が降った修羅場からすれば、こんなの屁でもなかった。そんな冷静さが彼に脱出のヒントをもたらす。


 ――倒す必要なんかねーよ。血へド吹かせろ。


 静観するレイノンの三白眼がそう言っているようだった。

 タクヤはもう誰かをあてにすることはない。転んだとしても自分で立ち上がる勇気を持っている。両手も自由だ。


「えい!」


「ぶわああああっ!」


 手を伸ばしたタクヤは余所見をするボスの頭を掴んで、その鼻先に頭突きを食らわせた。珠のような鼻血を噴出したボスはたたらを踏む。そして血に濡れた自分の手の平を見て叫んだ。


「き、きっさまああああああ!」


「アレっ、ひるむんじゃないのっ。な、なんでぇぇぇ?」


 ボスの目は血走っている。怯むどころか逆上し、今度こそ本気で棍棒を振り上げた。タクヤには避ける余裕はない。

 覚悟すら決める間もないまま。

 つやつやの茶髪目掛けて、おのれの胴回りほどの太さはある、トゲトゲで痛そうな棒が飛んでくる。


 終わった――。

 今度こそもう終わりだと観念した。が。


 一秒、二秒と時が進む。だが身構えた身体はいっかな痛みを感じない。

 タクヤは恐る恐る目を開けた。

 その時。彼の目の前には大きな背中があった。


「やるじゃねーかタクヤさんよぉ。あとは任せな!」


 振り下ろされた棍棒を、左腕一本で受け止めたレイノンがそこにいた。

 ミリミリっと嫌な音がする。しかし彼は引かない。

 烈火のごとく繰り出された一撃は、ボスの胸板へとめり込んだ。


「ぐはああっ!」


 再び聞こえたボスの絶叫。流れた身体は倉庫の外へ。

 胸部への強烈な一撃は心臓の動きを止めるそうだが、どうやら絶命は免れたようである。だがそこでボスの意識は途絶えたみたいだ。


 タクヤは安堵でへたり込む。そもそも低重力の船内だというのに、足腰に力がはいらないのだ。


「いい頭突きだったな、タクヤ」


 渾身のサムズアップ。

 そこにはいつもの眠そうな顔があった。


「へへへ……」


 またひとつ、なにかを得た気がした。

 タクヤは自然とニヤける表情を止められなかった。


「それからな。喧嘩慣れしてる奴にはあんま手ぇ出しちゃいかんぞ? 中には血を見ると逆上するタイプがいるからよ」


「それ先に言ってくださいよ! 死ぬかと思った!」


「おーい、エイプリル?」


「訊けよぉぉぉ!」


 レイノンは気絶したボスから拳銃を取り戻すと、虚空に向かってエイプリルを呼んだ。船内であればどこでもエイプリルとは連絡がつく。通路の壁に内蔵されたスピーカーから彼女の声が聴こえた。


「はい、ご主人様」


「作戦変更だ。やれ」


 しばらくして船内に複数の悲鳴が響き渡った。別室でエイプリルを見張っていた海賊たちだろう。アーメン。


「あーあ、この馬鹿。折角メンテしたのに手垢つけやがって。コノッ、コノッ!」


 取り返した拳銃を磨きながら、気絶しているボスにストンピング。

 一体どちらが悪役なのか分からない。


「容赦ねーなアンタ……」


 ドッキング・ラダーの入り口が閉ざされているのだろうか、海賊たちの後続が来ない。しかし彼らが異変に気付くのも時間の問題だ。

 しかも接舷された海賊船は武装もしている。

 レイノンはこれからどうするのか。


 タクヤがそんなことを思案していると、通路の天井に埋め込まれた回転灯が赤いランプを光らせる。

 さながら緊急時のように通路が赤く染まった。

 まあ、現に緊急時なのだが。


「こ、今度はなんですかッ?」


「お答えしましょう」


「うわああッ」


 タクヤの眼前に現れたのは、体長二十センチくらいのミニマムなエイプリルだった。

 いつもの雰囲気そのままに、三頭身のちびキャラとなって登場した。


「え、エイプリルさん? あ、ホログラムか……」


 宇宙船の照明装置というのは元来かなりハイスペックな代物で、ひとつのライトから複数の色を照射できる。

 多方向から照射された光の交点は宙に浮かび上がり、その点を組み合わせて像を生み出すのだ。

 エイプリルはその照明装置を細かく制御して、あたかも宙に実在するかのように描画していた。


「す、すごい……画像に欠けがない」


 三六〇度、どこから見ても不自然がない。

 ふよふよと浮いてる様がスカートの揺れで表現されている。紅葉のような愛らしい手がそのスカートの端を摘んだ。


「見ますか?」


「け、結構です!」


 頬を真っ赤にしてタクヤが拒否する。

 小さなエイプリルは、さながら少年をからかう小悪魔のよう。


「『ぷちプリ』です。今後ともよろしく。ペコリ」


「は、はぁ……」


「で、お尋ねのいまの状況ですが」


 ぷちプリの横に少し大きめのホログラム・ディスプレイが出現した。そこに映し出されているのはリアルタイムの船外風景と、フール号をモデルとしたCGアニメーションだった。

 ぷちプリはわざわざ眼鏡を掛け、指示棒を手に解説を始める。


「本船はこれより戦闘モードへと移行します。ご覧になっている映像は本船の前方を塞ぐ機雷原。アレをいまから駆逐します」


「は……?」


 ぷちプリはCGで作ったフール号の長い船首を指示棒で差して、さらなる説明をする。


「船首甲板に八門あります迎撃ミサイルをこれより順次射出。前方に展開される機雷原を一蹴して敵の動揺を誘います。本来ならこの船首主砲でぶっ飛ばした方が爽快なのですが、ドッキング・ラダーが接続されている関係上、主砲発射時の反動で壊れてもいけませんので」


「爽快ってアンタね……」


「以上です、他にご質問は?」


 指示棒を短く戻し、ぷちプリがタクヤと正対する。

 タクヤが律儀にも「はい」と手を挙げると、ぷちプリ先生は「どうぞ」と応えた。


「この船、貨物船でしたよね?」


「そうですよ」


「なんで貨物船にそんな物騒なモンが搭載されてるんですか。おかしいでしょ、この船! 大体そんなの違法じゃないですか?」


「違法じゃありませんよ。『書類上』はちゃんと貨物船で登録されてます」


「……なんか、しましたね?」


「さあ?」


 ぷちプリがあらぬ方を向いてしらばっくれてる最中、船外では発射された迎撃ミサイルによって機雷が次々誘爆を起こしていた。

 強烈な衝撃波が数秒遅れで船体を揺する。

 ぷちプリの画像には、ゆれに反応してノイズが走った。


「じゃ、行くとするか」


 レイノンは拳銃を構えひとり廊下を歩く。向かう先はこのフロアにあるドッキング・ラダーのエアロックである。

 その背中がどうにも正義のヒーローに見えないのは、きっとタクヤの気のせいではない。



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