ミッドナイト・フール

宇宙をまたにかけたドタバタ劇
真野てん
真野てん

第11話 タクヤ、野良猫を拾う

公開日時: 2020年11月11日(水) 01:42
文字数:3,888

【前回のあらすじ】

 当然のように海賊を壊滅させたレイノンは、そのまま相手の船の制圧へと動いた。タクヤはまた少しだけ成長したことを自覚したが、彼の大きな背中を見ると、一体正義とは何だろうかと思ってしまう。


 タクヤが無人の船内通路を散策する。

 フール号よりも倍は広い船内は、気を緩めると迷子になってしまいそうである。無人、とは言ったが別に人気がないわけではいない。

 つい先ほどこの船の乗組員は全員、彼の船の船長、つまりレイノン・ハーツによって倒されてしまっているのである。

 ここ数日の間に、やんちゃな船二隻も制圧するってどんな運び屋だ。


 しばらく散策を続けるとレイノンの軌跡が見て取れる。通路には海賊たちの骸が転がっていた。息はあるらしいが、立ち上がりそうにない。


「ホント無茶苦茶だな、あの人……」


 タクヤが誰に言うでもなく、そう呟いた次の瞬間だった。


「ねえッ! そこに誰かいるのッ? いるならちょっと来て! その声、この船の人間じゃないわよね?」


 ドンドンと、扉を叩く音がする。それはタクヤのすぐ後ろからだった。

 海賊が昏倒する壁と、通路を挟んだ真向かいにあるドアだ。


「だ、誰っ」


 警戒するタクヤの声に安堵したのか、ドアの向こうからはまた早口に誰かがまくし立てる。


「お願い助けて! アタシ海賊に捕まっちゃったの! このままじゃ売り飛ばされちゃう! さっきからこの船揺れたり静かになったりおかしいの。なにか知ってるなら教えて!」


 女の声だった。

 それも若々しく、どこか艶めいている。

 タクヤの胸裡に持ち前の正義感が頭をもたげる。ついさっきまでの警戒心もどこへやら。

 身体が勝手に動いていた。


「ま、待ってください! いま助けますから! くそ……開かない。電子ロックか? なかの人が番号知ってるわけ――ないよね……」


「ねえ早くぅ~」


「は、はいぃ!」


 とは言っても解除番号が分からなければどうしようもない。タクヤは壁に設置されたテンキーをいたずらにカチャカチャと鳴らせた。


「お困りですか?」


 そこにぷちプリが現れる。どうやら海賊船のデータベースも掌握したらしい。恐ろしいハッキング能力だ。


「なかに女の人が捕まっているんです。助けたいんですけど開かなくて」


「まあそれは大変。エイ」


 ぷちプリはまるで魔法でも使うかのように、愛らしい仕草でテンキーを指差した。するとディスプレイには四ケタの数字がランダムに並んで、「5963」で止まる。

 ドアロックは解除されドアがスライドした。

 開放された部屋のなかからは、えも言われぬ甘ったるい匂いが香る。


「あ……」


 タクヤは絶句する。

 粗末なベッドと床しかない狭い部屋。

 目に飛び込んできたのは妖艶な大人の女性だった。

 透けるようなブロンドの髪。

 汗ばんだTシャツを押し上げるふたつの巨大な球体が見事だった。

 その先端はシャツ越しに確認できるほど隆起していて、ツンと上を向いている。裾からのぞく細い臍。

 くびれたウェストはエイプリル以上だ。

 股上の極端に短いショートパンツからは、白い脚線美が伸びていた――。


「ハーイ。助かったわ。アリガト」


 女は手錠の掛かった手を振ってタクヤに近づく。そして、その手をそのままタクヤの首へと絡ませた。


「え……?」


 ぷっくりと熟れた唇が耳へと近づき甘い吐息が掛かる。左の目尻にある泣きぼくろがまた強烈にタクヤの男の部分を刺激した。


「できればコレもどうにかして欲しいんだけど……」


 女はタクヤの頭の後ろで手錠の鎖をガチャガチャと鳴らした。だがタクヤはそんなことよりも眼前にある胸の谷間から目が離せない。


 いま女の首筋から滴り落ちた汗がそこへと吸い込まれていった。

 どうやら、この部屋の空調は壊れているらしい。


「それは私にお任せください」


「きゃッ!」


 突然、鼻先に現れたぷちプリに女が驚いた。

 密着していた巨乳も遠ざかり、タクヤは少し残念そう。


「何コレ? 新しいオモチャ?」


「オモチャではありません。ぷちプリと申します。当方の船にお越しくだされば、いかなる戒めも解いてご覧にいれましょう。それではタクヤさま、引率お願いします」


 それだけ言ってぷちプリは消えた。


「……タクヤ君っていうんだ。アタシ、ヴェロニカよ。ヨロシクねッ」


 長いまつげがウィンクした。

 タクヤには、瞳から星が飛び散ったように見えた。


「ハハハハ……よ、よろしくお願いします……」


 なにをお願いするかは置いといて。

 タクヤはいましばらく美女とのスキンシップを堪能した。

 そしてフール号はまた新しい乗員を迎える。その名はヴェロニカ。妖艶な金髪美女である。


 結果的に積荷の量をまた増やしたフール号は、その船首を再びフォボスのスペースコロニー群へと向ける。

 多少のロスはあったものの、航行はなんら支障なく継続された。

 すでに目的地到着まであと数時間を切っている。


 リビングでは戒めを解かれたヴェロニカを迎えて、ちょっとした歓迎会が催されていた。無論、歓迎ムードなのはタクヤひとりであるが、シャワーを終えた彼女の艶姿に鼻の下が伸びている。


「ありがとうございます! ほんっとに助かりました!」


 身体の線がピッチリと出る、タイトミニのワンピースに着替えてヴェロニカが微笑む。その笑顔は核弾頭くらいの破壊力をもってタクヤの胸をえぐったが、レイノンはいつもの三白眼だ。


 エイプリルに至っては彼女に毛ほどの関心も示さず、ただ淡々と給仕をこなしていた。


「どうして人に断りもなく客を連れてくるかね。お前もお前だエイプリル。アンドロイドが船長無視して即決するなよ」


 ウィスキーグラス片手にぶーたれるレイノン。どうやらないがしろにされたのが癇に障ったらしい。存外小さなところもある。


「では常に船長らしくしていて下さい。乗組員を危険に晒すわ、安易に敵を船内に招き入れるわ。ブリッジに至ってはふんぞり返っているだけ。宇宙船の船長が聞いて呆れます。はるかイスカンダルの地まで戦艦を飛ばした名艦長の爪の垢でも煎じて飲んでください。てか死んでください」


「最後のおかしくね? 別に死ぬことなくね?」


「アハハハッ。あーおかしい」


 ヴェロニカがお腹を抱えて笑っている。

 まるで少女のような笑顔だ。

 隣に座るタクヤの心は、出会ってからずっと彼女に掴まれっぱなし。訊けばヴェロニカはまだハタチとのこと。

 年上だが自分とも三つしか違わないわけだし――。

 タクヤ的に、なくはない。


「ごめんなさい。だってアンドロイドに人間が怒られてるなんて……クフフ……あ、ごめん。もう笑わない……フフフ」


「いーんですよヴェロニカさん、そんなに謝らなくって。この人たちいつもこうなんですから」


「オイ、お前が言うな、お前が。……まーここまで来ていまさら降りろとも言えねえだろ。フォボスのコロニーに着いたらテキトーに警察でも何処でも行ってくれ」


 つっけんどんなレイノンの態度に、タクヤは少し気分を害した。

 何だかんだで自分のときは救ってくれたじゃないか。

 どうして彼女には冷たく当たるんだと。


「ちょっと船長、そんな言い方あんまりじゃないですか? ヴェロニカさん気を悪くしないでくださいね。この人、口は悪いけどいい人なんで。ささ、もっと飲んで食べてください」


「ありがとうタクヤ君。でもアタシお酒は苦手で……。エイプリル? このオードブルすごく美味しいわ」


「お褒めいただき光栄です」


 無表情の国の王女様が呟いた。

 タクヤからしてみれば、ふたりの美女の間で気持ちが揺れている。

 自分が何をなしたわけでもなく、ただ出会ったというだけで恋の予感がするという思春期にだけ訪れる悲しい病。

 ましてやエイプリルに抱く罪悪感など、当の本人がたとえ人間だったとしても、彼の思い上がり以外の何者でもなかった。

 悲しい生き物である。


「け、ガキが色気付きやがって。オイ、明日、用事があるからよ。トランクの件は任せたぜ? それからアンタ……」


 レイノンは酒瓶を一本引っ掴み、ソファーから立ち上がった。見詰め合うレイノンとヴェロニカ。大人同士の交わす熱視線は、タクヤの心をふと不安にさせる。


「まーいいや。とにかく任したぜタクヤ……」


 レイノンはそのままリビングから出て行った。


「ちょ、ちょっと待ってくださいよ船長! せんちょー!」


 慌てて振り返るがもうそこにレイノンの姿はない。必死に伸ばしたタクヤの手が虚空をなぐ。


「参ったなぁもう……」


「どうかしたの?」


 脱力してソファーに沈み込んだところを、隣に座る気になるお姉さんが声を掛けてきた。潤んだ瞳で小首を傾げる仕草はもはや拷問に近い。


「い、いえッ。大したことじゃないんですけど、ちょっとその……大きな仕事を任されてしまいまして!」


 嘘はついてない。成功報酬五十万UDの大仕事である……ただトランクを運ぶだけだけど。


「わあ! すごーい。タクヤ君やるじゃーん。で、どんな仕事なの?」


「えっと……それは……そう! さる秘密機関に謎のトランクを運ぶ、極めて重要な仕事なのです!」


 力強く拳を握る。

 結局嘘をついてしまった。

 エイプリルは何も言わない。ただテーブルの片付けを進めている。


「トランク……」


 ヴェロニカの瞳に一瞬影が差す。

 舞い上がっているタクヤが、そんな機微には気づくはずもなく。

 

「ね~タクヤ君。そのお仕事、アタシも付き合っていいかな?」


「エエエッ」


「ほらぁ、助けてもらったお礼。あ、でもこれってデートみたいだね?」


 小悪魔的な笑顔をヴェロニカが浮かべる。

 いよいよもって有頂天だ。タクヤの鼻の下が底雪崩を起こしている。


「デート、デート、デート……」


「タクヤ君?」


「あ、はい! デート! ……じゃなかった、行きましょう、一緒に!」


「よかった。じゃあ明日はウンとおめかししなきゃ。ね?」


 笑顔炸裂。

 もはやタクヤにはチンパンジーほどの思考能力も残されていなかった。

 興奮して仮眠すら取れない。

 そんな状況のなか、フール号は目的地に到着する。

 β4ベータフォー

 フォボスの第四コロニーにして、火星最大の人口密集地である。






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