ミッドナイト・フール

宇宙をまたにかけたドタバタ劇
真野てん
真野てん

第13話 野良猫のワルツ

公開日時: 2020年11月12日(木) 07:32
文字数:5,675

【前回のあらすじ】

 タクヤはヴェロニカとのデートに浮かれていた。まさか自分が騙されていようとは知らず、大事な「青いトランク」を奪われてしまった。彼はまだそのことに気づいてさえいない。



 一度は床が見えるようにまでなった倉庫であったが、海賊船制圧後にまた荷物が増えた。


 今後こそ足の踏み場もなくなってしまった愛船の倉庫内を、船長レイノン・ハーツはひとり探検していた。


 酒樽の詰まった大きめの箱を乗り越え、セメント袋の山をよじ登る。それを乗り越えた先には、丸めたペルシャ絨毯の川が流れ、対岸では熊の剥製がうまそうな鮭を獲っていた。


 障害物が多すぎて容易には目的地に辿り着けない。もはやちょっとしたフィールド・アスレチックみたいになっていた。


 そんなこんなでやって来たのは例の扉付きの棚である。

 レイノンはその前に立ち、神妙な顔つきで取っ手に手を掛けた。しかしガラス戸を覗き込んだ時、その表情が一変する。


「ん?」


 勢いよく両開きの扉を開ける。彼の目に飛び込んできた物は、信じられない光景だった。正確には何も飛び込んでこなかったのだが。


「ない! ないぞ?」


 整理整頓され、ある基準ごとに仕分けされていた小物たち。その内の数点がなくなっている。じっくりと吟味をしたかのように金目の物だけ。


 ベルベットの陳列マットには、小物の置かれていた跡と、それらと対になっているネームタグだけが残されていた。

 腕時計やネックレス。

 それに交じってあの地球儀のペンも消えている。


「エイプリルッ!」


「お呼びですか、ご主人様」


 即座にぷちプリが現れた。

 お澄ましした顔でふよふよと浮いている。


「これはどういうことだッ!」


 棚の中を指差しレイノンが激怒した。

 相手がホログラムでなかったら殴りかかる勢いだ。


「どうしたもこうしたも、昨日までそこにあったものが今日消えている。それが意味するのはご主人様の目の届かない隙に、それらの物品が棚の内部から除去されたということですが」


「そういうことを訊いているんじゃない! なんで失くなってんだ!」


「それはご主人様がお休みになられている間に、なにが起こったかという詮索でしょうか? でしたら簡潔にお答えできます――ヴェロニカさまが持ち出されました」


「黙って持って行かせたのか? 何でだよっ」


「アンドロイドは人間の不利益になることは申し上げられませんので」


「メンドくせーなコイツ! 変なトコだけ律儀になってんじゃねぇよっ。マニュアル世代かお前は! 言われたことしかやらない、自発性皆無型アンドロイドか! だったら俺の不利益はどうなる!」


「あっ」


「いま気付いたような声出すんじゃねええええ! くそッ……」


 レイノンは、いま来た険しい障害コースに舞い戻る。その表情にいつもの平静さはなかった。

 かと言ってナイフを見た時のような狂乱状態でもない。

 ただただ焦っている主人を横目に、ぷちプリは悪びれもせずに口を開く。


「おふたりを追われるのでしたら、ひとつ申し上げたいことが」


「なんだぁ!」


「トランクに内蔵されたビーコンと、タクヤさまにお渡ししました携帯端末の反応が二手に別れました。どうやらタクヤさま、おフラれになったものかと思われます」


「別れたぁ? トランクの位置は?」


「目的地からはどんどん遠ざかっています。市街地からさらに深く進行……チャイナタウンの方ですね。それも貧民街との境。普通、女性がお一人で行くような場所ではございませんが」


「ふつーじゃねーんだよ、あのアマは。大方、海賊船にも『仕事』で乗り込んでたんだろ? それがバレて牢屋にぶち込まれてたんだよ、きっと」


 天井から吊り下げられたチェーンブロックを、まるでロープのようにしてターザンジャンプ。傍らにいるぷちプリが猿代わりだ。「あーああーッ」と叫べば完璧だったのに。


 しかしこの時のレイノンにはそんな余裕はない。

 まさに沸騰寸前のポット。もしくは煮えたぎる地獄の釜だった。


「ご存知だったのですか?」


「勘だよ勘。こちとら乳で釣られるほど青くねぇ」


「役に立たないのですか?」


「…………」


「ねえってば」


「勃つわアホッ!」


 一方こちらは雑居ビルのエントランス。

 決死の覚悟で三階の様子を確認して戻ってきたタクヤは己の愚かさを痛感していた。だがこのときはまだ「きっと事情があるんだ」と、あの天使の笑顔を持つブロンド美女に対し弁護する考えしか持ち得なかったのである。


 まさかおのれが騙されていようとは。

 まだまだ世間知らずのお坊ちゃんである彼には、知る由もなかった――。


「ッくちゅんッ! あー、しばらく埃臭い所にいたからすっかり鼻炎だわ」


「キタネーなあ。商売モンに鼻水つけんじゃねーぜ、ヴェロニカよ?」


「フンッ……」


 長い脚を組み替え、いかにも悪女といった態度で椅子にもたれ掛かる。純朴な少年を袖にしたことなど、まるで意にも介していない。


 いま彼女がいるのはチャイナタウンの裏路地にある小さな古物商である。店内はフール号の船内倉庫にも負けないほど雑然としていた。


 その店の老主人はルーペを片目に挟んで腕時計を鑑定している。

 彼の手元にはあと、小さなダイヤをあしらったネックレスと指輪。そしてノック部分が地球儀になったあのボールペンが並んでいた。


 書籍や物で埋もれたテーブルのうえ、老主人は口に咥えたパイプをコトリと置いた。


宝石イシは二束三文だが、この腕時計は上物だぜ。こいつは軍の支給品だ、それも太陽戦争モデル。マニアに高く売れる」


「ふーん。で、そっちのトランクは?」


 ヴェロニカは手近なラックに陳列してある手榴弾を弄くって遊んでいた。無論レプリカなのだが、時計の出自よりかはナンボか興味があるらしい。


 老主人は腰掛けていた椅子から立ち上がり、作業机の前に回った。

 そこにはブルーメタリックのトランクがあり、ゆらゆらとしたアロマキャンドルの炎光を反射していた。


「フゥム……」


 しゃがみ込み、あご髭を擦る老主人。

 訝しげな顔を作り、首を何度もひねっている。


「ま、いいトコ、十五だな」


「ちょ、待ってよ! たったの十五UD? 桁四つくらい間違ってんじゃないの? ボケるにはまだ早いわよダニー」


 泡を食ったヴェロニカは、勇んで老主人に詰め寄った。

 だが彼はいっかな自分の発言を引っ込めることなどしない。


「中身が分かんねぇモンに値段がつけられるかっての。十五ってな処分料だぜ、ベッキー」


「ふさけんじゃないわよッ! いーわよ、いまから開けるから待ってなさいよ! これはね、そんじょそこらのお宝とはわけが違うのよ? あの有名な『ラボ13』から流出した政府の機密なの! 絶対に十万以上の価値はあるんだからッ」


「吹いてろ馬鹿! そんな危なっかしいモンなら余計にいるか! ほれ、コレ持って帰ェんな」


 老店主がいくばくかの金を投げて寄越すと、ムキなったヴェロニカが顔を真っ赤にして憤慨した。


「何よこんな、はした金! いーわよ! もー頼まないッ! これも、これも、これもみーんな売らない! トランクごと他所で売り払ってやる!」


「お、おいッ!」


「ごめん遊ばせッ!」


 フンっと、鼻息も荒く踵を返す。

 ヴェロニカは作業机のうえにある品々を根こそぎ取り返して店を出た。勿論、あのトランクも引きずり怒り心頭で。


 綺麗に整えられた柳眉が反り返る。

 そんなヴェロニカの整った鼻先を、チャイナタウンの街並みから漂う、いい匂いがくすぐった。


 つられて足を向けたのは道端にずらりと並んだ屋台の暖簾。

 ちょっと小腹が空いてきたなと、セイロの湯気へと吸い込まれた。


「おばちゃーん。豚まんひとつちょうだーい」


 店の中から威勢のいい女性の声が返ってくる。豚まんがセイロから出されて紙の包みを纏うまで少々待つ。


 不意に眺めた街角から、体格のいい男が彼女をうかがっていた。

 男は一度彼女から視線を外すと、路地裏に向かって誰かを手招きする仕草をする。


「……やっばい」


「ハイ豚まんお待ち……って、アレ? ちょいとお嬢ちゃん? どこいったのよー?」


 すでに屋台の前にヴェロニカの姿はない。

 全力疾走でチャイナタウンを駆け抜けていた。

 雑踏に交じり、ぶつかり。

 ときには店先の看板を蹴っ飛ばしながら逃げた。


 おのが息の続く限り止まることなく。

 低重力とはいっても疲れないわけではない。延々と走り続けることなど不可能だった。

 チャイナタウンから貧民街へと奥へ奥へ。

 いつしか人気はなくなり――。

 ヴェロニカは行き止まりにはまり込んだ。


「手間ぁ掛けさせんなよヴェロニカ~。ボスが散々お待ちかねだぜ~?」


 手でナイフを玩ぶチンピラ風の男が言った。

 袋小路にヴェロニカを追い込むように間合いを詰める。彼の後ろにはまだ複数の仲間がおり、仮に脇をすり抜けられたとしても逃げられるような状況ではない。

 ヴェロニカはトランクを盾にして抱え、引きつった笑みを作った。


「ハ、ハ~イ。お元気~? ちょっと手違いがあって~、他の船に乗り込んじゃった的な? で、アタシ賢いからそれに気付いてぇ~ちょうどいまボスの所に戻ろうとしたみたいな?」


「信じると思うか?」


「ぐッ……」


「俺はよ。最初から怪しいと思ってたんだ。アンタみたいな美人が、わざわざ好きこのんでウチのボスの愛人になりてぇとかぬかさねえだろ普通。ウチの船で盗み働いた時も『濡れ衣だ』とか言ってやがったが……とうとう尻尾出しやがったなこの女狐」


 じりじりと距離を詰めるナイフの男。

 もはや海賊の手下であることは疑いようがない。いままで散々悪事を働いてきた因果で、目の前の彼がどこの誰だか判然としなかったが、ようやくこれで合点がいった。

 狙いはこのトランクだ。


 しかしそれが分かったところで事態は一切好転しない。

 さすがのヴェロニカも観念……。


「あ、テメーはッ……ぐわぁ!」「舐めんなコノヤ……ひでぶッ!」「ヤンのかコラ……たわばッ!」


 ナイフ男の背後から、突如、海賊たちの断末魔が聞こえる。

 超硬度クリスタルの空から降り注ぐ陽光を受けて、赤い珠の群れが妖しく中空へと舞い上がった。

 その中から現れたのは長躯の男。

 全身に闘気を纏わせて仁王立ちしている。


「お、お前はあのときのっ」


 ナイフ男の震えは尋常ではなかった。まるで猛獣を前にした子兎のように脅えている。近づく男の三白眼が「獲って食うぞ」と主張する。


「か、勘弁してくれっ。お、俺たちはあのトランクさえありゃいいんだっ。そうだッ、この女アンタにやるよッ! だから助け」


「ほあたぁッ!」


「あべしッッッ!」


 キリキリと、ナイフの男は三回転して倒れ込む。気絶する彼の頬がスイカのように腫れ上がるまで数秒と掛からなかった。


 それを見たヴェロニカは唖然。

 陽光を背にして立つレイノンの表情は分かりにくかったが、このときの彼女には、誰よりも勇ましく男性的に思えた。

 ギュッとトランクを抱える手に力がこもる。

 すぐにでも走り出したくなる衝動を抑え、必死にしおらしい演技をする。


「こ……」


  だが、彼女のような悪女にも抑えられない衝動というものはある。


「こわかったぁ~!」


「あたぁッ!」


「アウッ……?」


 そんな機微など知らない。

 空気を読まず、等しく全員をノックアウトしたレイノン・ハーツは、しばしその場で残心しみなぎる闘志とともに「コホォ~」と白い息を吐いた。

 哀れ、ヴェロニカ。

 彼女は助けを求める相手も、喧嘩を売る相手も同時に間違えた。




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 ――誰かに身体を揺り動かされ、男は目を覚ました。


 まだボヤけて見える視界には、自分の落としたナイフがある。

 あれから一体どれくらいの時間が経ったのか。


「イッ――!」


 顔に鈍痛が奔った。

 痛みの原因は左目の視界を塞ぐほどに腫れ上がった頬だ。鏡を見ずとも分かる。きっとエライことになっている。


 のろのろと起き上がってみると。すでにヴェロニカもトランクもない。あの三白眼の男によってのされた仲間たちも復活している。命だけは助かったらしいと、ホッとしたのも束の間だった。


「おやおや。何ともだらしがないですねぇ。これがあの泣く子も黙る『星の牙』ですか?」


 嘲りとも取れる笑い声が暮れかかる袋小路に響き渡る。

 陽光の角度が変わり、コロニーの空もまた朱色に染まった。声の主は音もなく闇から現れた。黄昏どきに伸びた建物の影から。


 ゾッとするほどに白い肌。

 丸いサングラスをはめ、帽子を目深にかぶっている。

 痩躯に纏うのはどこぞの高級ブランドのオーダースーツか。常にニヤけた口元がその場にいたゴロツキたちの神経を逆撫でした。


「ちょっとした手違いだ……次はこうはいかねえ……」


 地に目を伏して、口内に溜まった血を唾と共に吐き散らす。奥歯も何本かイッたらしい。コツン、と地面に跳ね返り宙を舞う。


「相手は普通の運び屋さんだったらしいじゃないですか?」


「アイツが普通なもんか! たったひとりでウチの船は全滅させられたんだぞ! ヤツはただもんじゃねえ。それだけは言える。乗ってる船も貨物船なんかじゃなかったんだ!」


「――お静かに」


 痩躯の男は指を立てて、それを自分の唇へとあてがった。口元から笑みが消えて、しばらくの瞑想状態。

 無論サングラスの向こう側はのぞきようがなく、ゴロツキたちからすればただただ不気味なだけだった。


「ディ、ディスポのダンナ……?」


「おっと、ごめんなさい。少し考え事をしていまして」


「次は……次こそは絶対奪ってくるからよ……」


 ナイフの男は、彼がディスポと呼ぶ痩躯の男に懇願の眼差しを向けた。

 後方に控える仲間たちも皆同じ気持ちなのだろう。

 神妙な顔で、そのやり取りを見ている。


「ああ……次ですね……」


 ディスポは髪を掻き揚げて帽子を被り直した。

 一瞬の動作であったため。

 誰も、それに気付くことはなく――。


「次はないんですよ」


 彼の手に銃が握られていることに。

 短い銃身からはすでに硝煙が立ち上っていた。低重力が影響しているのであろうか、ゆっくりと拡散するようにして発砲音があとからやってくる。

 だが、それを耳にしたゴロツキたちは皆無だった。


「死んでください。あなた達」


 額に穴の開いた死体が四体。まるで糸を切られた傀儡のように。脱力してその場を漂い。血の吹き出す勢いで宙を流れる。


 赤い花弁の華が咲いた。


「そうそう……お仲間は先に送っておきましたから……」


 血風でむせ返る貧民街の片隅。

 痩躯の男はまた闇へと静かに消えて行った。

 まるで最初から存在しなかったかのように――。




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