ミッドナイト・フール

宇宙をまたにかけたドタバタ劇
真野てん
真野てん

第29話 不死身な奴ら

公開日時: 2020年11月25日(水) 07:25
文字数:4,880

【前回のあらすじ】

 ついにアウラ奪還作戦は決行された。鬼神のような暴れっぷりのレイノンに呆れているタクヤのもとにヴェロニカが現れる。


 赤絨毯が敷き詰められた気品溢れる館内は、いまや狂乱の支配する戦場と化していた。


 王室ご用達の調度品で飾られた廊下は血で染まり、幾人もの警備兵が気を失って宙に浮いている。


 壁には無数の弾痕が残り、フロアは飛び散った空の薬莢と、硝煙で霞んでいた。


 それでもなお銃声が絶えることはない。

 警備兵たちは『連合』の面子に掛けて侵入者を執拗に追い立てる。しかし被害が増え続ける一方で、一向に侵入者を捕らえることは出来ない。


 相手は魔物だった。


 撃てども撃てども脚を止めない。

 血を吹き上げながらでも向かってくる。

 その目は殺戮者の目だった。

 獰猛に荒れ狂い、獲物の血に恍惚と浸る。半眼に開かれた瞳がうっとりと光った――。


 レイノンが大使館へ乗り込んでからというもの、ものの数分で警備隊の戦力は半減していた。いまもまた階上へと躍り出た瞬間に、襲い掛かってきたひとりを昏倒させる。


 左右に長い廊下。

 その左側から新手の数名が殺到したが、レイノンは昏倒させた兵からライフルを奪うと光弾をばら撒きながら右へと飛んだ。


 銃口から放たれた光弾は、狙いをつけられることなく警備兵たちに浴びせ掛けられる。


 だが敵もさるもの。十発撃てば百発返ってくる有様で、レイノンの身体はすぐさま蜂の巣にされた。


 とは言っても限りなく不死に近い身体を持つ男と、そうでない者との間には、持久戦に対する資質に歴然の差がある。

 レイノンに降り注いでいた殺意の雨は、やがて霧のように消えていった。


 射撃の反動で、レイノンの身体は宙を流れていく。

 飛んだ先にあるのは次の曲がり角だ。待ち伏せは必至である。


 手に持ったライフルを角へと投げ、その反作用で減速すると共に――。

 ライフルが曲がり角を通過した瞬間である。

 それ目掛けて、実弾、レーザーを問わずに火線が集中した。瞬間的に銃火を浴びたライフルが宙でダンスをする。


 やがてエネルギーパックを撃ち抜かれたライフルは起爆した。派手な閃光と破壊音を撒き散らして、廊下から一瞬色を奪う。


 白の世界を駆け抜けるレイノン。


 床を飛んで、壁を蹴り、天井を走った。彼の『頭上』では閃光に目をやられた警備兵たちが恐慌に陥っている。胎児のように身を丸める者あれば、あらぬ方向に銃口を向ける者もいた。


 教科書通りの同士討ち――彼らは次々と自滅してく。

 それを待ってレイノンが天井を蹴りつける。

 廊下に降り立つと、けぶる戦場にただひとり残っていた最後の兵の背後を取った。鍛え上げられた二本の腕が兵の首へと絡みつく――チョークスリーパーだ。

 不殺の技の極みは、ゆっくりと兵を絞め落とした。


「っと。コイツで最後か……エイプリル?」


 懐から携帯端末を取り出す。ディスプレイではぷちプリがいつもの無愛想な顔をしていた。


『その階の最奥の広間に電力が集中しております。彼女は恐らくそこに』


「了解」


 夥しい数の骸が漂う赤絨毯の廊下。レイノンは携帯端末をしまい顔を上げる。眠そうな三白眼が見つめる先には飴色に輝く重厚な扉があった。

 格調高い意匠に彫刻された両開きの扉が。


 音もなくその部屋に近づく。

 この閉ざされた扉の向こうに彼女がいる――そう思うだけで気が逸った。だがその反面、一体どんな顔をして会えばいいのかも分からない。

 仲間に売られた憐れな少女に――。


 静かに、囚われの姫が待つ扉が開く。

 それはダンスパーティーでも催せるほどの大広間だった。


 天井には豪奢なシャンデリアが中央にひとつ。

 それを中心とした同心円状に、小振りな物がさらに数基吊られている。

 部屋の奥に立派な暖炉があるがいまは使われていない。

 それでもなお空調はすこぶる安定していた。


 来客に備えた大量の椅子とテーブルは全部隅に片付けられている。閑散とした部屋の中央には、小さなベッドだけが置かれていた。


 そしてベッドの上には――静かに寝息を立てる少女がいた。


 お団子にしていたエメラルドグリーンの髪は解かれ、愛らしいチャイナ服は無粋な手術衣に変わっていた。


 透き通るような白い肌にはどこか、かげりが差している。ほんの半日前まで元気にレイノンの傍らで遊んでいたというのに。


「アウラ――」


 握り締めたその手は、暖かい部屋にいるはずなのに、まるで死んだように冷え切っていた。レイノンは何かに祈るようにして、その小さな手を両手で包み込んだ。


「すまん……」


 伝わる脈動は弱く、か細く。なにをされたかは想像するより他にないが、ひどく衰弱していることだけは分かった。

 湧き上がる怒りと後悔。

 彼女から目を離すべきではなかったのだ。


「……れいのん……」


「アウラ!」


 しばらくしてアウラが目を覚ます。どこを見ているのかも分からない、虚ろな瞳をレイノンに向けた。

 呼吸が浅い。乾ききった唇が、震えるように微かに動く。


「ゆぅめ……あうら、れいのんといっ……しょ…………ちきゅうが……」


「ああ、もうなにも言わなくていい。一緒だ。ずっと一緒だ。フール号に帰ろうな」


 抱き上げたアウラの身体には無数の電極が繋がれていた。

 それらはベッドの傍らにある装置へと続いていて、彼女の容体をモニターしているようだった。


 レイノンはそれを腹立たしげに引き千切る。モニターには一瞬のノイズが奔り、そのまま虚しくフラットラインが表示された。


 部屋の外へとアウラを連れ出す。

 レイノンは彼女の身体になるべく負担が掛からないように注意を払う。だが、それでも手術衣の胸の辺りはもう、ガーゼから染み出した血液で染まり始めていた。


 次第に荒くなるアウラの呼吸。

 額にはべっとりと大粒の汗が噴出していた。

 痛みからなのか、形のいい眉根が歪む。

 体温は上がってきたものの、今度は上昇のしすぎだった。

 レイノンの気ばかりが焦る。

 

 そんなときにだ。

 彼らの行く手に不審な影が立ちはだかる。帽子を目深に被った痩躯の男。

 レイノンは床に足をつけ、静かに止まった。

 男の名は分かっている。しかしレイノンが口にするには信じ難い。


「ディスポーザブル!」


「いやぁ~覚えておいででしたか。これは恐悦至極」


「な、なぜ貴様が……」


「死んだはずだと? 不死身のあなたに言われたくはないですなぁ。なにも不老不死の研究はエリクシアに限ったことではありませんよ。ストックされたクローン体に保存された記憶を移植すれば永遠の命など容易く手に入る。ま、私の場合は人工知能なんですがね」


「アンドロイドか……」


「お察しの通り。いやいや、『殺された』のは初めての経験でした。二度目は勘弁してくださいね。手持ちのスペアボディはこれで最後ですので」


 ディスポは冗談めかして胸に手を当てる。

 

「何回やっても倒せないってか? どこまでも命を馬鹿にしやがって……退け。アウラは連れて帰る」


「連れて帰るとは異なことを。それはすでに『連合』の所有物です。あなたにはお引取り願いませんと。いまならまだ私の裁量で大目に見ますが?」


 レイノンはアウラの身体をそっと宙に浮かべた。

 ひらひらと幅の広い手術衣の裾を泳がせる様子は、まるで金魚のよう。

 彼女の頬をそっと撫でると、自らは愛銃を取り出してディスポのニヤケ顔をにらみつけた。

 出来るだけ戦場を遠くに設定しようと、大きく壁を蹴る。


「ほほ~。それがお答えですか? では――」


 お互い守るべきものは同じである。その理由が違うだけで。

 ディスポもまたレイノンの誘いに乗り、アウラからは離れて行った。


 突如として戦闘は始まる。

 最初の一発はレイノンが撃った。

 追ってきたディスポが曲がり角から顔を出すのを狙っての待ち伏せ。しかし弾丸が捉えたのは帽子だけだった。


 直後、後背からレイノンの左腕が撃ち抜かれる。振り向けばそこに丸いサングラスを掛けて笑う男がいた。


 信じられないスピードだが、どうやら大きく廊下を迂回して、レイノンが曲がってきたのとは逆の角から現れたらしい。

 投げた帽子がレイノンの前に現れる時間まで計算して――。

 どこまでも蛇のように狡猾な男だ。


 しばし角に身を隠しての撃ち合いが続く。お互い残弾がなくなると、いよいよ肉弾戦となった。


 壁を蹴り、廊下をジグザグに進む。

 ディスポは笑顔を絶やさぬまま両手を広げ腰を落とし、あらゆる角度からの攻撃に備えている。

 さすがに一度「殺されている」だけあって油断がない。


 レイノンは間合いに入ってからも二、三度壁を蹴り、相手の視線を撹乱させた。さらに天井を蹴り、頭上からディスポの脳天目掛けて必殺の膝蹴りを落とす。


 が、


「ぐはああッ!」


 悲鳴を上げたのはレイノンの方だった。

 腹にはディスポのひとさし指が深々と突き刺さり、口からドス黒い血を吐いた。


 引き抜かれたディスポの指は、それこそ蛇のように長く伸び、レイノンの腹を貫通していた。

 レイノンの腹に開いた風穴は、弾丸で撃ち抜かれたかのようだ。


 続けざまにディスポの指が伸びる。

 さながら妖怪のような、おぞましい異形から繰り出されるソレは、宙を漂い続けていたレイノンの身体をメッタ刺しにする。


 たかだか数メートルの距離では、どこにいてもその攻撃から逃れることは出来なかった。


 徐々に血溜まりが広がる廊下。

 レイノンの身体は天井に打ち付けられる。これだけ矢継ぎ早に穴を開けられては、さすがの超回復も追いつかない。


「どうしてあなたの攻撃が当たらないか分かりますか?」


 片手の指を通常のサイズに戻してディスポは言う。もう片方の手はレイノンを天井に縫いつけたままだ。彼は、おもむろにサングラスを外すと天井にいるレイノンを仰いだ。


「複眼なんですよ。昆虫と同じでね、死角なんてものは存在しません」


 まぶたのしたには銀色のレンズ。

 白目も黒目もなく、無数の格子が引かれたツライチの球面だけがそこにはあった。館内の照明を受け、ギラリと不気味に反射する。


「私も戦闘兵器なんですよ。あなたと同じで。そしてあの娘と同様……ただの『道具』です」


「ぐ……」


「おや? 悔しいですか? その感情は分かりかねますが、あなたも結局は戦争によって生み出されたようなものでしょう? 我々と大差はないと思いますがねぇ」


「お、俺たちを……お前なんかと、一緒にするなッ……」


「流石のあなたでも、これだけ一度に血液を失えば苦しいでしょう? 自分の意志とは関係なく与えられた不死身の身体。そしていつ切れるとも知れない薬の効果。そんな恐怖と戦い、よくいままで生きながらえてきましたね。その精神力は賞賛に値します。で、ありますから」


 ディスポはレイノンを縫いとめていた手を戻して、ジャケットのふところにしのばせていた「何か」を掴んだ。


「その栄誉をたたえ、私からあなたに死を与えて差し上げましょう」


 取り出したのは一本のナイフだった。

 しのぎのぶ厚いマットブラックな刃が厳かに天を衝く。


「あなた相手では脳天を突くのも容易ではありませんし、チマチマやっていても回復するだけですしね? やはりここは一気に喉笛を掻っ切って差し上げる必要が――」


 ディスポは一瞬、ナイフに意識を移した。

 複眼であるはずの彼の視界が、一度の舌舐めずりによって精神的な死角を生んだ。


 彼が人間じみていたがゆえの機微。

 それが今回の「死」でディスポが犯した全てのミスの根源。けれんが過ぎたのだ。再び意識を天井に向けたときには、そこにレイノンの姿はない。


「あれ?」


 間抜けな声を上げるディスポ。


 彼の頭部は逞しい二本の腕によって、がっしりと掴まれていた。一本の腕は首下からあごを、もう一本の腕は額を覆うようにしてコメカミを。


 完全にフックしている。

 技を掛けている本人以外は、もう誰にも外せない。


「俺にナイフを向けるんじゃねえ――」


 ゴリゴリゴリっと軟骨のひしゃげる音がした。

 ディスポの頭は反転し、あごを天井に向けてダラリと垂れ下がる。

 身体は直立不動のまま、床にしっかりと足をつけて。

 ふらふらと、ゆらゆらと、その場を静かに漂った。

 まるで風に揺れるススキのように。


 ディスポから離れたレイノンは、壁に背を預けた。

 震える指先でタバコを一本咥えると、自らの血で汚れた天井を仰ぐ。

 火を点けようとライターを探るが、どうにも力が入らない。

 ディスポの言うように血を失いすぎたらしい。

 穴だらけの身体は、そのままズルズルと壁からずり落ちていった。


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