ミッドナイト・フール

宇宙をまたにかけたドタバタ劇
真野てん
真野てん

第28話 点けるかい?

公開日時: 2020年11月24日(火) 00:11
文字数:3,889

【前回のあらすじ】

 アウラとヴェロニカの出奔が、ついにレイノンの知るところとなる。タクヤはおのれの無力に涙した。そんななかいなくなったヴェロニカから重要な情報がリークされた。


 底冷えする火星コロニーの夜は、身体の芯から根こそぎ体温を奪う。それは防寒コートとプロテクターで着膨れした、大使館前の歩哨たちと言えども避けられない運命である。


「ハックショイ! ……あー、ったくよー。これだからド田舎勤務は嫌だったんだ。本国じゃ、これからが夏本番だってのによー」


 ふたりいる門番のうち、正門の向かって右側に立つ男がクシャミと共に悪態をつく。すると相棒の左側の男が「そう言うなよ」と、冷たい夜風にひりついた口元をニヤつかせた。


「本国じゃ、ここの三倍は働かされて給料もそこそこだぜ? 確かにこの寒さには堪えるが、手当ても付くしよ。まぁ冬山にバカンスにでも来たと思えばいいんじゃないか?」


 えらく生々しい返事をして、相棒をなだめるのだった。


「ハハハ、違いねえ……」


 右側の男は軽く溜飲を下げ、上着のポケットをまさぐる。口にはすでに懐から取り出した、タバコが一本咥えられていた。


 門灯の灯りがそんなふたりの様子を闇夜にボンヤリと浮かび上がらせる。

 タクヤはそれを少し離れた場所から監視していた。


 こちらもまた星も降らない寒空の下だ。足元から這い上がる冷気とひとり戦っている。

 足踏み、首をすぼめて背を丸め。

 体表面を少しでも減らそうとするささやかな努力。

 かじかむ手を温めようと息を吹きかける。


 湿り気のある白い息が指の間から漏れるさまが、まるでレイノンのタバコの紫煙のようだった。そう思うとひとり身の心細さも少しは和らぐ。


 タクヤが赤くなった鼻先を擦り、門前を凝視していると。

 右の男が先ほどから忙しなく上着を探っていた手を止め、下がってきたライフルのストラップを肩に背負い直す。そしてまた、ズボンの尻、コートの内側と、ガサゴソとやりだすのであった。


「さっきからなにやってんだよ?」


 左の男が問いかける。


「いや、ちょっと火をさ……。あ、ロッカーに忘れてきたか?」


「おいおい。任務中だぞ? いくらなんでも気を抜き過ぎじゃないのか?」


「お硬いこと言うなよ。クソ真面目に待ってたって、侵入者なんざ来やしねえって。……あれ? 本当にないなぁ」


 右の男は悪びれる風もない。

 しばらくして、どこかでキンっという澄んだ音がした。そして暗闇のなかから、タバコを咥えた男の横っ面に向けて、使い込まれたオイルライターの火が差し伸べられる。


「点けるかい?」


 ライターを持つ手は、ゴツゴツとしてかなり大きく、モスグリーンのフライトジャケットに袖を通していた。


「だ、誰だッ! 姿を見せろ!」


 うろたえる門番を他所に、ライターの火はそのまま闇のなかへと戻る。

 すると人の頭の高さにポッと小さな灯りと燈し、バチンと蓋を閉じる音を立てて消えた。


 門灯の光も届かぬ歩哨の死角。

 影から現れ出でたのは白髪の男だった。


「何者だ!」


「何者だぁとはご挨拶だなー。アンタがお待ちかねの侵入者だぜ?」


「なにぃぃッ! ――う、うわぁぁぁッ」


 一度紫煙を燻らせたレイノンは、男が構えたライフルを掻いくぐり、相手のあごを目掛けて掌打を見舞う。ダメージを逃がさぬよう、腕を掴んだ状態で殴られた男は、白目をむいて倒れた。


「貴様ッ――」


 ようやく動き出した左の歩哨の顔に、レイノンが吐き出した火の点いたタバコが当たる。ひるんだ一瞬をついて距離をつめると、すかさず相手の足を踏んで動きを封じた。

 動けなくなった相手のプロテクター越しに、重い拳をお見舞いする。


「ぐはッ――」


 瞬殺とはこのことだった。

 タクヤはまだ興奮冷めやらぬうち、静かになった門前へと駆け寄る。


「タクヤ。お前のケータイ寄越せ」


 当のレイノンは特に感慨もないままに次の行動に移っていた。腰裏のホルスターから愛銃を抜き取り、重厚な門扉に向かって二発射撃。ボロリとヒンジの一部が欠け、なかから配線らしきものが露出する。


「あ、あの船長……大丈夫なんですか、こんなことしちゃって?」


「んなわけねぇだろが。立派な犯罪だよバカヤロウ。不法侵入なめんな」


 レイノンはタクヤから受け取った携帯端末からリード線を引き伸ばす。それを露出した門扉の配線へと接続すると、ディスプレイにはぷちプリを模したアニメーションが表示され「お邪魔します。お邪魔します……」と繰り返し、おじぎをしていた。


「だから、お前はここまででいい」


「エッ……?」


「お尋ね者になるのは俺だけで充分だ。いい加減、家に帰ってやれ」


 レイノンはタクヤの顔は見ず、拳銃に弾丸を込め直していた。傍らには、ぷちプリが表示された携帯端末が浮遊する。


 タクヤはふと、初めてレイノンと出会った時のことを思い出していた。

 誰ひとり信じられなくなったあの日、突然目の前に現れた化物のように強い男。常識をあざ笑うかのような理不尽な強さに、強烈に憧れた。


 出会ってからまだ数日しか経っていないのだから、この男のことを全て理解しろというのは無理な話だ。


 だが、いまの彼からは、なにかこれで最後だとでもいうような覚悟を感じて仕方がない。


 ここで別れてしまっては、もう二度と会うことができなくなってしまうような。

 そんな不安にかられ、タクヤは簡単には首肯できずにいる。

 そしてタクヤも、もうあの頃のタクヤではない。


「ここに残ります」


「オイ……」


「違うんです船長。もう、そういうんじゃないんです。ただ、仲間として、僕もアウラちゃんを待ちたいんです」


「タクヤ……」


「生きて……生きて帰ってきてください!」


 力強い眼差し。

 もはや自分の境遇を、他人や生まれのせいにする少年の瞳ではない。

 レイノンは無言で、しかし力強く首肯した。


『セキュリティ掌握。開門します』


 携帯端末のディスプレイのなかでぷちプリが動く。

 片手には何故か、出来立てホヤホヤのローストチキンが載ったトレイを持っており、満面の笑みを浮かべている。


 ゆっくりと門扉が開いていく。

 なかからは手入れの行き届いたイングリッシュガーデンがのぞき、門から本館の正面玄関まで伸びる、真直ぐな一本の道があった。


 扉を撃ったときの銃声を聞きつけたのだろう。庭内には、すでに二台の装甲車が配備され、屋根にはマシンガンを構えた兵ひとりがいた。

 さらに車両の前方には、完全武装した警備兵が十人ほど待ち構えている。


 たったひとりの侵入者に対して、充分すぎるほどの余力を持って封鎖されたイングリッシュガーデンに、タクヤも息を呑む。


 レイノンは口元に不敵な笑みを浮かべながら、その真っ只中に挑む。手には歩哨から奪った光学式のライフルが一丁。

 彼は降り注ぐ敵の弾幕へと向かって、フルオートで光弾をばら撒きながら猛然と突っ込んだ。


 敵の弾丸が容易くレイノンの身体を捉える。

 次々と彼の背中に風穴が開いていった。

 吹き上げるその血飛沫は、銃器からほとばしる硝煙と共に、門外でその光景を見守るタクヤの視界をあっという間に塞いでいく。


 しかし倒れていくのは警備兵のみ。

 瞬く間にレイノンがばら撒いた光弾に飲み込まれていく。


 前衛の兵がいなくなったバリケードに向かって、レイノンは高くジャンプした。さらに装甲車の屋根に取り付き、狙撃手を殴打する。

 手にした弾切れのライフルはその辺に投げ捨てて、レイノンは静まり返った庭園の小道を突っ切った。


「か、怪獣だ、あの人……」


 心配して損した――タクヤの顔がそう語る。

 ピクピクと眼輪筋を引きつらせて、倒された警備兵の方が悲惨な状況にあるのを目の当たりにした。

 それ以上の言葉もなく、門前でただひとり立ち尽くす。

 すると背後から、聞き慣れた艶っぽい声がした。


「始まった~?」


 声の主など決まっている。

 魔性を秘めたパーフェクトボディを、ふわふわの毛皮のコートに押し込んだブロンド美女だ。


「ヴェロニカさん……」


「へぇ~。少しはいい顔するようになったじゃない。悪くないわよ、いまのアンタ」


 吹き上がる怒気を抑えて凄むタクヤの顔を見つめ、からかうでもなくヴェロニカが言う。


 その瞳は常に潤み、これまでに一体どれほどの男たちを地獄へと沈めてきたのだろう。自分もまた、そんな愚かな男たちのひとりだ。タクヤは自嘲気味に笑う。


「あなたのおかげで成長しましたから」


「なにそれ。皮肉のつもり?」


「あなたは本当に酷い人だ……自分を見れば相手が油断するのを知ってて、そこに付け込んで嘘をつく。騙したことにこれっぽっちの罪悪感なんか持たずに、何度でも何度でも――」


 震える拳。

 血が出るんじゃないかと思うほどキツく握り締める。


「だけど、アウラちゃんのことに関しては感謝してる……。あなたに本当のことを教えてもらわなければ、僕はずっと馬鹿みたいにアウラちゃんのことを普通の女の子として見ていたと思う。……人間の都合で色んなものを押し付けられているのに、それを嫌とも言えない。そんなことも知らずにうかれて……。それに比べて僕はやっぱり、ただの我がままなお坊ちゃんだった。世間知らずで無能なだけの……」


 怒りがいつの間にか晴れていく。毒気の抜けたタクヤの顔は、また美しい少年のそれに戻っていった。

 あとにはただ無性にやり切れない無力感だけが残る。


「今日のことも。ヴェロニカさんに教えてもらわなかったら、二度とアウラちゃんには」


「勘違いしないで!」


 ヴェロニカがタクヤの言葉を、すべて言わせる前にさえぎった。

 妖艶ななかにも、どこか幼い少女のはにかみを隠して、彼女は寒空に白い息を弾ませる。


「アタシはただ……」


 ヴェロニカはコートのポケットから取り出した『ソレ』を、憂いを秘めた碧眼で眺めた。


「あの子にこれを返しにきただけよ」


 目線の高さに掲げられたその手には、門灯に照らされて輝く、アウラのお気に入りの地球儀のペンが握られていた。

 彼女の碧緑の髪にも似て、どこまでも青い。



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