【前回のあらすじ】
タクヤはレイノンがふさぎ込んでいるのを感じ、自分のせいではないかと思い悩む。だがそれはレイノン本人のPTSDによるものだった。暗い部屋のなかで嗚咽をもらす。ヴェロニカはそれを黙って聞いていた。
気だるい午後のティータイム。
ここにはあのエロガキも、無表情なメイドロイドも天然甘党娘もいない。無論、あのいじけた白髪の大男も――。
海賊船に乗り込んでからこっち、気の休まる暇などなかった。
ようやく訪れた一時の休息を、ヴェロニカはチャイナタウンにあるカフェで過ごしている。
カフェといっても極めて中華風の造りだ。
そう、ここはタクヤがアウラとの初デートで立ち寄った茶館である。元々タクヤを見かねたヴェロニカが、ここでお茶するようにと仕向けたのだ。
店外にあるテラスにて喫す。
白い洋風のテーブルにはポットに入ったハーブティーと、アーモンドのマドレーヌ。
艶かしい脚を周囲の男たちに見せつけながら何度も組み替えて。
大きな携帯端末を手にして、周囲から顔を隠すようにニュースを読む。
とくに興味を引くようなセンセーショナルな記事も載っていなかったが、ヴェロニカは暇を持て余すかのように端から端までそれに目を通した。
基本的にひとりで行動することの多い彼女にとってみればこれが普通。ここ数日は少しばかり騒々しかったのだ。
お蔭でひとりでいることに奇妙な抵抗感がある。
寂しい?
まさかね――。
ヴェロニカは自問自答を鼻で笑った。
「ジェニファー・ソレルさん?」
不意に携帯端末の向こう側から声を掛けられた。
驚いて顔をのぞかせるとそこには、丸いサングラスをはめたニヤけ面の男が立っている。
ソフト帽を目深にかぶり、クネクネと落ち着きのない仕草だった。
「それともヴィヴィアン・ボージョレ? エリス・マクドナルド?」
次々と違う女の名前を列挙する。
男のニヤニヤは止まらない。
「ヴェロニカ・ルッチよ……いまはね」
「合い席よろしいですか?」
男はヴェロニカの返事を待たずにテーブルにつく。そして手を挙げチャイナドレスのウェイトレスを呼んだ。
「ジャスミンティーをストレートで。あ、おかわりはいいですから、しばらくふたりきりにさせて下さい」
男は頼んだ品が届くまでずっとニタニタ、ヴェロニカの顔を見ていた。
テーブルのうえで指を組み、落ち着きなく親指をクルクルと回す。
お茶が届いてからもマイペースだ。「うーん」と首を振りながら香りを楽しむ仕草は、さながらコメディアンのようである。
その間もヴェロニカの視線は警戒を続けていた。眉根をひそめ、その挙動からなにがしかの情報を得ようする。
「さっきの……」
「はい?」
「火星じゃ使ってない偽名よ。少なくともアンタがこの辺の人間じゃないってことだけは分かったわ。どっから仕入れたネタ?」
三本の指でカップをつまみ、皿と一緒に持ち上げて茶を楽しむ。
とても上品な作法のはずなのに、なぜか癇に障って仕方がない。男はテーブルにカップを戻すと。帽子をかぶり直して再び指を組んだ。
「あなたの情報網ほどではありませんよ。まさかラボ13の機密にまで精通していらっしゃるとは。あなたに嗅ぎつけられた時点で、すでに私の計画など破綻していたようですね」
そこで初めてハッとする。
この男、どこかで見たことがあると思ったがあの男だ。ラボ13に出入していた研究員のひとり。
トランクを『連合』側に持ち出そうとした張本人である。
ヴェロニカはそれに気づいたが、あえて知らない振りをした。
うかつなことを口走り、自らの仕事の腕を吹聴するようなヤツは三流だと思っている。
「なんの話かしらぁ? アタシはしがないただの詐欺師よ? ラボ13なんて……噂だらけのヤバイ仕事なんかに手を出すわけないじゃない」
「そうですか? 『星の牙』という海賊たちから、あなたとあのトランクとはじっ懇の仲だと訊いているんですがねぇ」
「う……」
しかし、そう長くはもたなかった。
まさに自業自得である。
「そう警戒しないでくださいよ。私、『連合』のエージェントをやっておりまして、ディスポーザブルと申します。今日はあなたにとって有益なお話を持って参りました。あ、ディスポと気安くお呼びください」
「でぃ、ディスポーザブルぅぅっ?」
ヴェロニカはまわりの席の客が振り向くのもお構いなしに、大声を出してしまった。
かたやディスポは「おやおや」と、はしゃぐ子供でも愛でる好々爺のようにニヤついた表情を崩さない。
「あ、アンタ、レイノンに撃たれたんじゃ……」
「いやはやお耳が早い。仰るとおり、先日のハーツ氏との交渉は破談に終わりまして私、殺されてしまいました」
ディスポはさらっとそう答える。
ンーフーフーと特徴のある声を殺した笑い方をするのが、またヴェロニカに恐怖を感じさせた。
「ですが、こうしていまもあなたとおしゃべりをしているのもまた事実。ネタを明かしますと私、アンドロイドなんですよ」
「アンドロイド……」
「常に予備のクローン体を用意しておりますから、外部記憶にセーブしてある所から人生をやり直すことができるのです。ホラ、有機アンドロイドの寿命って短いじゃないですか。このシステムのおかげで憂いなく、日夜、任務に励むことができるのです」
「な……」
「驚くのも無理ありませんが、我々アンドロイドというものは人間に尽くしてこそのものですので。それはあなた方がアウラと呼ぶ小娘にも言えることじゃないですか。あの娘が持つエアクリーナーとしての能力は『連合』に必要なものなのです。彼女には次期大統領選の大きな柱となる地球再生計画の礎になってもらわねば。私もこのまま手ぶらでは本国に帰れんのですよ。そこでどうでしょう、ヴェロニカ・ルッチさん」
「え、エアクリーナー? それに大統領って……」
一気にまくし立てたディスポは、蛇蝎のような笑みを浮かべてヴェロニカを見た。目が合った瞬間、丸飲みにされるのではないかという恐ろしさを感じ、身がすくんだ。
嫌だが目が離せない。離せばきっと殺される――。
「あの娘をこちらに引き渡していただけませんか。報酬は言い値でけっこうです。なんなら『連合』の名誉市民にお引き立てしてもいい」
濃い色のサングラスからは目の動きは読めない。しかし、これは恐らく本気である。そして交渉決裂の際には、懐の膨らみにあるソレで鉛玉を撃ち込まれるであろうことは明白だった。
あえていろいろとしゃべったのは、断れば「消す」と言外にヴェロニカに教えているのだ。彼らの業界ではポピュラーな脅迫手段である。
選択の余地はない。だがヴェロニカにとってそれは、決して脅迫ではなかった。あくまでも自分の意思が介在する。
刹那の欲は、目の前の恐怖を凌駕する。
「連れてくだけよ……それ以上は知らないわ」
「おお! やってくれますか、そーですか。いやはや話が早い。これで私も晴れて故郷に帰れるというもの」
ディスポは小躍りして懐から一枚のカードを取り出す。
そこにはβ4内の簡略化した地図と星印、さらには「大使館」という文字が記されている。
彼はカードをテーブルのうえに置くと、そのままヴェロニカのほうへと滑らせた。口元にはあのいやらしいニタニタ顔が浮かんでいる。
「アレはここにお連れください。あなたはお互いためになる素晴らしい選択をなさった」
ディスポがヴェロニカに手を差し伸べる。
彼女もまたその手を握り返した。ゾッとするほど冷たくて、手の平がしっとり濡れている。
偽りの信頼関係に、気持ち悪さが拍車を掛けた。
「……そうだといいわね」
「勿論ですとも」
ディスポは去り際にそう言うと、ヴェロニカの会計も一緒に済ませて店を出ていった。
ひとり残された彼女は、テラスに燦々と指す、陽の光を頬に受ける。
見た目はファンデーションで隠したが、そのしたでレイノンにぶたれた痕がまだピリピリとしていた。
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