「フアレス・サラマンカ」
伏し目がちにした、薄いイエローのドレスの少女が名乗った。
彼女の言った家名に、ベレニケ・アナスタテミルは右側の眉をあげてみせた。
その名前を手帳に記して、ノノパンが聞いた。
「サラマンカ家は出席を見送るとばかり思っていました」
俯いた少女の小さな肩が固まった。やや短めに整えられた薄茶色い髪型の頭頂部があった。
「失礼ですがノノープス一士様、それはどういう意味でしょうか?」
少女の後ろに控えたメイドが挑むように言った。
「うむ。あの件でサラマンカ本家の関与は否定された」ガマシルが威厳を示すように口髭を撫でながら言った。「そもそも、いま必要のない質問では」
「サラマンカ一族ですわ」メイドが訂正してきた。
「その通り。失礼いたしました」ガマシルが言った。
「申し訳ございませんでした、レディ・サラマンカ」ノノープスがしゃがんだ姿勢で少女に軽く頭を下げた。「廊下でエラグラス様の侍女のロリエッタさんが倒れているのを、ヒメネス・ローリングスさんと一緒に見つけたのですね」
「はい」
「そして、あなたはネッキイさんに人を呼びに行くように言ったあと、この部屋にヒメネスさんと入られた」堅い調子で改めて当時の状況を聴かれたフアレス・サラマンカは、こくんと頷くだけだった。
「あのときのお嬢様は、実に的確に指示を出されていました」少女のメイドのネッキイが言った。
「そして、急いで階段を下りてくる彼女とわたくしが会いましたの」ベレニケ・アナスタテミルが言った。「わたくしとぶつかりそうになってバランスを崩して倒れそうになった彼女を、こうやって支えたのです」ベレニケ・アナスタテミルがソファから半立ちになって、両手を宙に出して、武勇伝を語るみたいに言った。
「あのときは失礼いたしました」コホンと空咳をしてネッキイが言った。「そこで『どうしたの?』とアナスタテミル様に抱き止められた私は、ロリエッタさんが倒れていたことをお話ししました」ネッキイの薄いそばかすがほんのり染まった頬に沈んだ。メイドの口調の微かな変化に、フアレス嬢は少し顔をあげた。
「わたくしは一緒にいたパトラーを先に行かせました」ベレニケはノノパンを向いたまま、手のひらで後ろにいる執事を示した。ネッキイがうんうんと頷いていた。
「適切な処置であったようです」ノノパンがやっと口をはさめた。「感謝します、パトラーさん」
「いえ。このようなことになっていては 」パトラーが重々しく言った。
「パトラーさんがロリエッタさんの所に来た時には、このお二人は既にいませんでしたか?」ノノパンがヒメネス・ローリングスとフアレス・サラマンカの方に手を向けて言った。
「ええ」パトラーが頷いた。「ジラスさんがロリエッタさんの様子を見ておいででした」ジラスがそれに首肯した。
「そのあとにわたくしとネッキイさんが着きました。パトラーは手当てを始めていました」ベレニケがまた割り込んできた。ノノパンは流れにまかせた。「銀色のメイド服を見て“おや?”と思いましたわ」
「私もその事には気付いていましたが、でもまさかって 」ネッキイも続いた。
「ねぇー」ベレニケが同意を促す。うんうんとネッキイも返す。「ジラスさんから、そのお二人がこの部屋に入って行ったというのを聞いて」ベレニケがヒメネスとフアレスを見て「わたくしもすぐにこの部屋に行こうとしたら悲鳴が聞こえてきたのです」
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