「『エレファントノフ クリスタ1610』」
初老の執事がモノクルに白い手袋をした手をやりながら恭しく言った。
「ふうん」
言われた、派手な顔の造りをした派手なドレスの女の返事は、忙しい時に子供が熱心にお気に入りの騎士物語に出てくる怪物の話をしてくるのを適当にあしらっておくような素っ気ないものであった。
「お嬢様、これは普通のケヱスと違いまして 」
「あー、ケヱスであることは間違い無い?」
「それはもう!あの、『クリスタ』ですよ?」
執事が反対に常識を知らない生徒を咎めるように聞き返してきた。
「いや、知らんがな」女は、節度を忘れるくらいに突然熱くなりだした自分の執事に弱冠引いてしまい、思わず故郷の地の言葉が出そうになったところへ、
「あの‥、皇室警備団と帝都守護部の方が 」
閉めていた寝室のドアが少し開き、地味な面立ちの女性が遠慮がちに告げてきた。
「失礼します」
その女を脇にどけてドアを開けて、グレーに金の縁取りをかけたような制服に身を包んだ大柄な髭面の壮年の男が入ってきた。
「失礼」
ドアの脇で縮こまった女に声をかけて、紺の制服の眼鏡をかけた痩せた背の高い男が続いて入ってきた。
中にいた女と男達の目が合った。男達は女に話しかけようとしたが、女と執事がそれより先に脇に退いた。ベッドの死体が露になり、男達は近付いて遺体に対して十秒ほど黙礼した。
「第八皇女エラグラス・アズアズジャンピング様で間違いない」黙礼を解いたあとに制帽をかぶり直してから、金の飾緒と肩章が付いたグレーの官礼服の男が言った。「私は皇室警備団士長ガマシル・イッター」赤いドレスの女に言った。
「私は、帝都守備部改役隊ノノパン・ノノープス一士であります」
「改役隊士の方 。初めて見ますが随分お若いようです」赤いドレスの女は“まあ”という風に眉を上げてみせた。「一士というと、百人隊隊長クラス以上 だった?」
「間違いはありません。ベレニケ・アナスタテミル様」ノノパン・ノノープスが頭だけを軽く下げた。
「その若さで大したものやね」
「恐縮です」
「男前なところも」
「‥‥‥」ノノパンは口の端をややあげるだけで答えた。ベレニケは口許を手で隠して目だけで返した。
「んんんっ」皇室警備団士長ガマシル・イッターの咳払いだった。「凶器というか、死因と見られる窒息の原因はやはりあれなのか、ノノープス一士?」
「はい。堰塔に詳しく調べさせますが、少なくとも皇女エラグラス様の命を奪った一因にはなっているでしょう」ノノパンは一度眼鏡の位置をブリッジに指を当てて直し「この手の事故は稀に起きているのです」腕を下ろしてノノパンは白い遺体を見て「特に若い内は」
「それが問題なのだ」ガマシルは見事な口髭に手をやり、それから撫でるように顎まで下ろしてから「全くなんという事だ」大きくひとつ溜め息をついた。
読み終わったら、ポイントを付けましょう!