「この《アルカンタリック文字》の内容は、ケヱスの仕様書になっていると思われる」
「読めるの?」
「古代文字は難しい」ベレニケの質問にレインはその長いまつげを下ろした。
「そらみろ!“思われる”だと?ここまで言ってきてお前、やっぱりいい加減な事を言いやがって 」
ここぞとばかりにガシマルがレインに強く出る。
「ガリレオク家は代々ノーザンを治めてきていた」
「あん?」ガシマルの言葉が聞こえて無かったかのように目を伏せたまま全く違う話を始めたレインを、ガシマルが眉を眉間に寄せて睨め付けていた。ガシマルの目線からは、うつ向き気味なレインはただの気弱な少女にしか見えなかった。
その少女がわずかに顔を上げて、
「主に“ノーザン・ブルー”を管理するために」
と瞳に力をいれて言った。
「あんた 」
レインの視線の先にいた深紅のドレスの女が目を見開いていた。
「ベレニケ・アナスタテミル。アナスタテミル社の次期代表」
「は?え ?」ベレニケは狼狽えた。「え、いや、私が社長なんだけど 」そう訴えてくるベレニケを、すでにレインは見ていなかった。
「正しくは貴女は“アナスタテミル・テクノラボ”の社長」レインはベレニケを見ずに続けた。「確かにアナスタテミル・テクノラボはアナスタテミル・グループの中核企業。それでも船舶や金融にまで進出しているグループのなかのただの一企業」
「う 」
「革新的なテクノロジイによって帝国の産業をリードしてきたアナスタテミル社。その巨大企業の生産力を支える、基礎技術を産み出してきたのがテクノラボ」
「そうよ 」
「三十年前なら他社を新規格の製品で圧倒していたアナスタテミル。でも現在では世の中全般で技術革新が進んできてアナスタテミルのリードも僅か。他国の企業に追い抜かれている厳しい部門も出ている。基礎技術研究の採算性は悪く、テクノラボのグループ全体での売り上げは一割もない」
「うう~」ベレニケはもう泣きそうだった。「そ、それでも!」レインの冷ややかな眼差しに負けないように涙をこらえて立ち上がった。「テクノラボはアナスタテミルの心臓なのよっ!!」
「その通り」
「え ?」
「私たちガリレオク家は貴女を守る」
「は?」話の脈絡を無視してくる少女についていけず鼻水が涙の代わりに少し出た。ベレニケは後ろにいる執事を振り返る。「何言ってんだうね」ははは、とさり気なさを装い袖で鼻を拭いた。
「先ずはそのパトラーさんから」レインが執事の名を出したので思わず鼻に手をやったまま振り返った。「は?」さっきからこればっかだとベレニケは一瞬思った。しかし、ベレニケの“は?”はこのあとのレインの発言によって上書きされ続ける事になる。
「失礼ガリレオク殿。今のはいったいどういう意味でございましょうか?」子供の空想に付き合う大人のように言った執事をベレニケは見てから、レインの方に顔を向けた。
「そのままの意味」レインはずっと目を離さずにいた執事に言った。「ベレニケ・アナスタテミルをあなたから守る」
執事はレインの握ったこぶしを見てから片眉をあげただけだった。
「はあ?」自分を守ると宣言されて実はどきどきしていたベレニケにしても眉をひそめずにはいられなかった。他の者も同様だった。
「あの、レインさん 」ノノパンの言葉は、構わずに発言してきたレインによって遮られた。
「パトラー。パトリシア・ランクルウッド女史」
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