(見えた!《カガラミ》!)
ヘイルたちは別荘が見える位置までたどり着いていた。
「何で応援が来なかった」ハルサメが言った。
「皇族の避難に取られた?」キリが答えた。
「クレスタ様がいるんだぞ。誰か来るだろ」
「分からないけど今は急ごう。ヘイル大丈夫?」
「大丈夫。余裕ある」
「さすが」キリはヘイルにしがみついている少女に言った。「クレスタ様、ヘイルを信じていれば大丈夫です」
「知ってる」
「そうでしたね」
「気ぃ抜くなよ」ハルサメが先頭に出る際に言った。
「うん」
パン!
強く頷いたヘイル視界からキリが流れ去っていった。
「キリ!」
キリが前のめりに倒れていく。
「ヘイル!止まるな!」
「っ!」
ヘイルはクレスタが自分にしがみついていると思っていたが、より恐怖に捕らわれていたのは自分の方だったと知った。クレスタを抱く腕に力が入る。祈りを捧げる時にネックレスを強く握るみたいに。
(クレスタ様だけはなんとしても )
森から出て《カガラミ》の近くに来た。回りに人の気配が無かった。ハルサメと目があった。真っ赤な閃光と熱風を頬に感じたことまでヘイルは覚えていた。
ナイトロ爆弾の衝撃によりクレスタを抱いたままヘイルは近くの木に叩きつけられた。気を失ったヘイルの腕からクレスタがふらふらと歩き出していた。その様子を意識を無くす寸前のハルサメが見ていた。
炎上する《カガラミ》の上空に濃緑の飛行船があった。何本ものロープが垂らされ、降下と懸垂が繰り返された。短い銃撃戦があった。警備部の火力では高所からの攻撃に為す術が無かった。
タチバナ駅からも爆発の煙が見えた。キラメク達が乗車するや列車は今度は直ちに発車した。
「お母さん」
「お父さんは」
「クレスタは帰ってくる?」
三つ子がそれぞれに聞いてきた。
「大丈夫よ。ランティスたちもいるもの」
母親は子供たちを安心させるために優しく微笑む。そしてベリーサの方を向いて同意を求める。ベリーサは軽く頷く。
御用列車は一度も止まることなく帝都へ入った。
《カガラミ》の消火にあたったタチバナ消防緊急局によると、死者が六人、重症者は八人、行方不明二人だったという。行方不明のうち一人は数時間後に発見されている。クレスタだった。そしてもう一人はビューブルーであった。
死者の中にはキリもいた。比較的軽症だったヘイルとハルサメは共に病室のベッドでそれを聞いた。ランティスが重症だということにもショックを受けていた。
事件の直後からタチバナへの道路、鉄道全てが封鎖された。当時タチバナに居た者は当分のあいだ外に出られなくなった。入ってくることも許されなかった。徹底的な箝口令がしかれた。
事件から二日後、ヘイルとハルサメの病室に警備部の捜査員が来た。四人部屋の病室に、入っているのはヘイルたちだけだった。
キリが警護の情報を外に漏らしていた疑いがあるという話を聞かされた。キリの父親は長いあいだ病気で、金が必要だったという。実際、キリの自宅から多額の現金が見つかったという。
「そんなわけない!」
確かにキリの家は裕福とは言えず、父親が弱っていたのは知っている。そのせいで恋人と別れる事にもなったと昔聞いた。だからといって、そんな境遇キリだけじゃ無いだろうし。それだけで、疑うなんて‥‥。
「私たちは一緒にいたんです!だから分かります。キリがそんな‥‥」
「証拠が出てるしね」
「お金があったってだけだろ!そんなの直接的な証拠になるかよ!」ハルサメが掴みかからんばかりに吠えた。「お前らあたしらがノーザンだからって好き勝手な事言ってんじゃねーぞ!」
つかの間ハルサメと捜査員の視線がぶつかった。
「そんなくだらないことで時間を無駄にするわけない」ため息とともに先に捜査員が視線を外した。「ただビューブルー様を早く見つけたいだけだ」
「だからって、キリを犯人にすんのかよ」
「証拠があがってきてる」
「勝手にそう解釈してるだけじゃんか!状況証拠ってやつだろ!」ハルサメはベッドから降りてふらふらと立ち上がった。「キリは、あたしらの目の前で死んだんだよっ!」
「‥‥‥」
がたっとハルサメが膝をついた。ううううと嗚咽が結っていない髪が垂れた間から聞こえた。捜査員は手を貸そうとした。
「触んなっ!」ハルサメはその手を強く払った。「さわんなよ‥‥‥」はああと息を吐くと床に尻をついて、うう、うええええんと子供のように泣き出した。
ベッドにいたままのヘイルを一瞥したあと捜査員は部屋を出ていった。
ベッドから出たヘイルはゆっくりとハルサメの側に行った。
ヘイルはハルサメみたく泣けなかった。
キリのことは一分も疑っていない。
悲しみよりも怒りの方が大きかった。
そのうちほんとの犯人が分かるはずとも思っていた。
クレスタが生きていたことにほっとした。
自分は少しのんびりし過ぎなのかもと考えた。
いつの間にかヘイルも一緒になって泣いていた。
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