(……)
気が付けばベッドの上に横たわっていた。
見覚えのない部屋に、所々金の装飾がされた木造の家具、日当たりのいいカーテン付きの窓。
転生は成功したのだろう。
意識がはっきりと戻ると、急にとてつもない暑苦しさと疲労感が襲ってくる。自分の心臓の鼓動が不自然なほど伝わり、まるで悪夢の後の目覚めのようだ。
足掻こうにも、感覚で外傷では無いのは分かる。
苦しさを我慢し瞼を閉じ、全身の力を抜いているとしばらくして少し楽になった。
全く、転生早々何なんだ…
この状況を説明してくれる誰かが欲しいところだ。…そうだ、あのフェリアスがいるじゃないか。
しかし、周りを見渡すも誰もいない。それどころか、見渡す際に自分の髪がふわりと視界の端に映る。透き通るような美しい髪。
ふと、最悪な予想が浮かんだ。まさかあの女神、俺を女の子に転生させやがったか…
いや、まさかな。
その予想は、的中する。
姿見に、おそらく自分がいるであろう所に、冴えない青年ではなく綺麗な少女がペタンと座っていた。
薄く水色掛かった白銀の長髪に弱々しい細身、髪の色に合わせるような白いワンピース姿の少女だ。
(可愛い……ぇ…まさか、俺…?)
そんなバカな。
右手をあげると姿見に映る女の子は全く同じ速度で左手をあげる。逆も同じだ。何度やっても少しのズレはなく結果は同じ。
だが、どうしようもない事実だと認めたくはなかった。
確認…するべきか……?
姿はもう諦めるとしても、性別まで変わっているとは限らない。胸にちょっとした膨らみが感じられるが特異体質だろう。うん、きっとそうだ。
…確認、確認……
自分の手は障害物に当たる感覚もなく、確認を終える。
…無い。
男性を証明するそれは、跡形も無かった。
それじゃあ、声も…
「……ぁ……おぅ…」
喃語のような発音だった。これじゃあ、女子男子以前の問題だ。
「あぁ…うぇぅ……」
ダメだ。何度繰り返しても、はっきりと喋れない。
喉がおかしいのかと手で触れてみるが以上はなく、病気かと思えば痛みはないがまだ納得できた。
転生先の身体が可愛らしい少女で、しかも病気を持っている。
考えただけで絶望的だ。今は苦しいなどの症状がないのが幸いか…いや、先程起こったじゃないか。いつ、またあんな苦しいのが来るか分からない。
実は死がそこまで近づいている、なんてことも…
悪い考えが膨らんで止まらなくなる。
あの女神は俺が器だとか言ってたけど、こんな弱々しい身体で大丈夫なのだろうか…
「レルー入るよー」
自分ではない女性の声が、扉の向こう側から聞こえる。ガチャりと扉を開けて、制服姿の金髪の女性が入ってきた。
「ごめんねーレル。今日は夏休みの補習だったの。だからお姉ちゃん帰りが遅くなっちゃった。」
そう言って、自分のそばに近寄ってくる。
一見凛々しそうな人だが、笑顔に何か物悲しそうな陰りを感じた。
「もうお起きてたの?レルは学校に通ってないんだから寝ててもいいんだよ…それとも、レルも学校に行きたくなった?」
彼女は話しかけながら自分に毛布を被せてくれた。間近で見る彼女の赤い瞳には懐かしさを覚えている。
世話係…いや、家族だろうか。
「ふふっ…今日はね、魔法学の補習で学校に行ってたの。お姉ちゃん、運動は得意だけど魔法の知識はダメだから……」
姉を自称する彼女は変わらぬ笑顔をこちらに向けて、話を続ける。
夏休み、補習、学校、魔法…
話の中で並べられた単語の中に、聞きなれない言葉もいくつかあった。
当然だ。自分は記憶を消されているうえに、ここは元居た世界とは違う。つまり、言語や文化も違うということ。
しかし、言葉も分からないはずなのに、全てではないが何故か理解はできる。
あの女神の仕業…
そんな考えが脳裏をよぎるが違うような気がした。
「リース様〜昼食の準備が出来ましたよ〜」
「ありがとう、すぐ行くわ。」
また別の女性の声が扉の向こう側から聞こえる。何だか軽いというか元気な印象を受ける声だ。
『リース』という、おそらく名前であろう言葉に反応した自称姉の彼女は優しく頭を撫でてくれた。
それを最後にこの部屋を後にする。その時、
「ぁお……うぃ、ま…しぇ……」
俺は、彼女の袖を掴んでいた。まるで赤子のように言葉にならないほど、はっきりとしない発音で。
「……!」
彼女は驚いていた。石のようにピシリと固まった彼女は恐怖からではなく、奇跡の瞬間を目の当たりにでもしたようだ。
予想はついていたが、やはり喃語のようになってしまう。初めに比べ、少しはましに聞こえるがそれでもダメだ。
だが、諦めることなく言葉を続けてみる。何か伝わるような気がするのだ。
「ぉ…ねぇ……たぁん……」
お姉ちゃん。試しに呼んでみたものの、先程と変わらないぐらいの発音だったが、聞き取れないものではなかった。
「え……レ…ル……?今、お姉ちゃんって……」
よし、伝わってるっぽい。この調子なら…
「ぉ…ねぇ………っ!」
「レル!」
続けようとした言葉を遮り、彼女は急に抱きついてきた。少し痛いくらいの力が入り、お腹辺りに顔をうずくめる。
俺はその状況にどうしていいか分からなかったが、両手を彼女の肩にそっと置いた。
自分を置いて周りだけが勝手に話を進めていく。ただ、何故か、強く抱きつく彼女の姿を嬉しく思う自分がいた。
「…あ…あぁ…」
顔をうずくめて動かない彼女から、震えた声が漏れる。そして気づく、彼女の目元から冷たいものが溢れていると。
「…っずっど……うぅ…ずっと、待っで……ずっと、待ってたんだよおぉぉぉ!」
泣きじゃくる子供のように彼女は言葉を綴る。
待つとは一体なんのことか。ちゃんと喋れない弱々しい体に「魔法」というもの。さらには、女の子の体に転生…
…はぁ、まともな生活を送れそうにないな。
第2話をお読みいただきありがとうございます!
まだ、至らないところが多々ありますが、何卒よろしくお願いします!!
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