魔王、勇者になる。

~相棒は銀髪金眼の美少女賢者でした~
白居 漣河
白居 漣河

第三話 MEGALOMANIA

公開日時: 2020年12月29日(火) 12:00
文字数:2,547

 狂いの森。


「あ、ゼルス、荷物出しっぱなしじゃない」

 ロロは立ち上がり、彼女が呼びかけるまで「ゼルス」がいた場所へと移動する。


――ん? あれは?


 ロロの座っていた場所に巻物スクロールが置かれていた。


――これは……転移魔方陣だな。万が一の時には、これを使って安全に退却できるというわけか。

 どこに繋がっているのかは分からぬが。何かに使えるやも知れぬ。


 彼が巻物スクロールを懐に隠し、自分の座っていた場所へ戻ったその時。

「ねえ」

 戻って来たロロが彼に呼びかけた。


「ギルの最期の言葉、覚えてる?」


 彼女の瞳は、明らかに仲間に対して向けられるそれではなかった。

「……いきなり何を言って――」

「5、4、3」

 ロロは彼に杖を向け、秒読みを始める。


――ちぃっ、なぜ急に気付きおった! 


 しかし、その杖の先端が僅かに震えていることを、彼は見逃さなかった。


「――よいのか、この身体が壊れれば、勇者も元には戻れぬぞ」

 ロロの秒読みが止まった。

 ここぞとばかりに彼は畳みかける。

「今、この身体に入っているのが何者なのか、知りたくはないか?」


「……なぜゼルスが持っていたのかは分からないけれど、荷物の上に置いてあったあれは『入れ替わりの鏡』。二枚で一対いっつい、『二人が互いのことを強く意識しながら同時に鏡を見る』ことで人格が入れ替わる魔道具マジックアイテム


――なるほど、そういうことか。


「食事の時から、強烈な違和感があったわ。鏡は魔族の手に落ちたと聞いていたけれど、本当のようね」

「ならば、勇者は今、魔族の身体ということだ。よいのか? 今ここで魔法を放てば、勇者は一生魔物の身体だぞ」

「それはないわ」

「何?」

「ゼルスが『意識した』ということは、私たちがはっきりと意識できる敵。つまり、ゼルスと入れ替わったのは、魔王の側近級の大物ということ。ゼルスは、必ずその立場を使って魔王を倒し、そして――」


「――その身体ごと自らも命を絶つはずよ」


 ロロの杖が光を放ち始める。


――なぜ、そんなことを信じられる!? 此奴等こやつら……狂っておる!!

 くなる上は……!!


「黒のころも

 彼の言葉に、ロロの眉間が動く。

「あれがある限り、魔王はいかなる攻撃をも受け付けぬ。そのための、『これ』であろう」

 彼は、腰にいた光の剣をロロに見せつけた。


――光の剣でなければ黒のころもを切り裂けないのは、奴も知っておろう。

 ……もっとも、あれを発動したままではこちらからも一切魔法が使えぬがな。


 ロロの杖の光が、僅かに揺らぐ。

「加えて、貴様は大きな思い違いをしておる」

「何……?」

魔王の側近・・・・・ではない。こそが魔王・ゾディオである!!」


「な――」

「ヘルズフレア!!」

 ロロの隙をついて放たれた巨大な黒炎が、彼女を包み込む。

 すかさず彼は後ろに飛びずさり、巻物スクロールを広げた。


「このっ……!!」

 弾け飛んだ黒炎の中心から現れたロロが、杖の先から閃光を放ったその時――


――彼の身体は青白い光の柱となって、宙に消えた。



――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――

 月明かりの美しい草原。その岩場に刻まれた魔方陣から、彼は地上に舞い降りた。

 彼は間髪を入れず、ロロが追ってこられないよう、魔方陣に封印を施した。


――まさに乾坤一擲けんこんいってきであったが、この身体でも暗黒魔法が使えるとはな。


 遠くに、城壁に囲まれた大都市。狂いの森からはだいぶ離れているようであった。

 彼は、城門を目指して歩を進める。


――『入れ替わりの鏡』は、姉妹でもある余の妻・セリシアと、四天王・竜巻のペロペロシアが情報伝達のために用いてたもの。

 ペロペロシアが倒された際、鏡の片割れが勇者の手に渡ったということか。


 彼は、自力で気づき得た事実を失念していたことに、深く慚愧《ざんぎ》の念を抱いた。



 城門が眼前に迫り、彼はふと、疑問を抱く。


――転移魔方陣があるにもかかわらず、なぜ、奴等は三日も食糧を口にしていないのだ?

 いったん街に戻って食糧を補給すればいいだろうに。


 門番をしていた男二人が、彼に気付いた。

「あー、申し訳ありませんねぇ、この時間はもう、中には入れないんすよ」

 背の高い男が、腰をかがめて頭を掻きながら近づいてくる。

「死ぬほど疲れている、中に入れてくれないか?」

「いやあ、規則なもんで」

「この通り、聖剣を携えて魔物を討伐し続けている」

 彼は、光の剣を抜き放った。


「せ、先輩! この方、勇者様ですよ!」

 小柄な男が慌てふためく。

「規則っすから」

「……」


「では、明日、何時にここは開く?」

 彼は、直ぐにでも目の前の男を地獄の業火で焼き尽くしたい衝動を抑えながら、問うた。

「あーっと……上の者と相談してみないと分かんないっすね」

 何故にか、男が彼を門の内に入れまいとしていることは明白だった。


「……分かった、夜分に失礼したな」

「すいませんねぇ」


――よもや、の正体を感づかれたわけでもあるまい。何故だ……?


 彼はその場を引きさがり、木の影に身を隠すと、感知魔法を使った。

 男たちの会話が、彼の耳に入る。



「先輩、なんで……勇者様、服もボロボロで、本当に疲れた様子でいらっしゃいました。今にも、倒れてしまわれそうなほど……」


「いいじゃねえか、死んだら死んだで」


「な!?」


「俺らの仕事は何だ?」


「それは……城門の警備です」


「そう。魔物がいるから、城を守るこの仕事が儲かる。もし、勇者サマが魔王を倒されたあかつきにゃ、俺らおまんま食い上げよ」


「で、でも、だからって……」


「それだけじゃねぇ」


「え?」


「数十年前に魔物がいなくなって平和になった砂漠の国じゃ、人が増えすぎて、口減らしのためにウン万人が砂漠のど真ん中に放り出されたって話だ」


「……」


「結局、魔物てんてきがいなくなりゃ、人間を殺すのは人間なんだよ。ウチの王様もそこんとこ分かってっから、魔王を追い詰めるだけ追い詰めて、最後は勇者に死んでほしいって訳さ」


 彼は、感知魔法を解いた。



 ふと、幼い頃の記憶が彼に蘇る。

 百年ほど前、魔族は最大勢力を築き、人間を滅亡寸前まで追いやった。しかし、世界征服も目前というその時、彼の父と、彼の伯父との血で血を洗う家督争いが起こった。


 僅か十年の内に、魔族はその勢力を半分ほどにまで減らした。



――魔族てんてきがいなくなれば、人間を殺すのは人間。

 人間てんてきがいなくなれば、魔族を殺すのは魔族……か。

  

  

 彼は城門に背を向け、歩んで来た道を引き返した。

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