魔王、勇者になる。

~相棒は銀髪金眼の美少女賢者でした~
白居 漣河
白居 漣河

第六話 アリア

公開日時: 2020年12月29日(火) 15:04
文字数:2,127

 魔王城。


「――っ!! の、身体……」

 ゾディオは、己の両手を閉じたり開いたりしながら眺める。


「!! 鏡は……」

 彼は部屋の中を見渡すが、特に鏡は見当たらない。


――は、先ほどまで、窓の外を眺めていた。と、すると……


 ゾディオは身を乗り出して窓の外を見渡す。

 しかし、暗闇をも見通す魔王の眼をもってしても、鏡らしきものは見つけられなかった。


「勇者め、城下町のどこかに鏡を隠したか……」

 彼は苦々しく舌打ちをすると、身を翻し、歩き出した。


――鏡は後で探せばよい。それより、まずは城内に異常がないかを調べるのが先決だ。


――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――

「――では、こちらも特に異常はないな」

「はい」

 ゾディオが城内を調べて回った限り、特に異常は見られなかった。


――間抜けなことにもが暫しの間、勇者と入れ替わっていたなどと言えば、城内に混乱を招くだけだ。これ以上の詮索は無意味。

 ……最後の仕上げだな。



 自室に戻ったゾディオは、妻・セリシアと息子・オーセッドを呼び寄せた。


「お呼びですか、あなた」

「うむ」

 幼い手を母に引かれ、オーセッドは父の顔をじっと見つめる。

「……ああ、戻られた・・・・のですね」

「何?」

「あなた、配下と入れ替わってらっしゃったのでしょう?」

「……そうだな」


――なるほど、勇者はそのようにして取り繕ったのか。


「セリシア」


 ゾディオは、妻に耳打ちをする。


「――本気、なのですね」

「ああ」

 セリシアは、一度まぶたを閉じるとゆっくりと目を開け、その燃えるような赤い瞳で真っ直ぐにゾディオを見据えた。

「承知いたしました」


 ゾディオは、唐突に妻と息子を両腕に抱きしめた。

「あ、あなた?」

「ちちうえー?」


「……不憫ふびんな思いをさせて済まぬ。不甲斐なき王を、どうか許してくれ」


「……はい。わたくしは、いつまでもあなた様のおそばにおりますよ」

 セリシアは、魔王の震える肩を、そっと抱きしめた。



「オーセッド」

「?」

「今から、お前に大事なことを話す。よく、聞いておけ」


――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――


狂いの森。


「……ロロ」

 辺りを見渡したゼルスは、そこに彼女の姿を認めた。


「還って、来たのね」

 彼女の眼は、ゼルスの顔を映した途端に、何かの糸が切れたかのように緩んだ。しかし、落ち窪んだ眼窩がんかのせいだろうか、その金色の瞳には一抹の翳りがあった。


「ロロ、今更、申し開きをするつもりはない」

 ゼルスは、俯きながら鏡を手に取った。

「え?」

「この鏡、竜巻のペロペロシアを倒したときに手に入れたことを、ずっと、お前とマオに言っていなかった」

「ゼルス……」


 ゼルスは鏡面を伏せ、自分の顔が映らないようにしながら、鏡をロロに見せる。

「あの時、俺は、ギルのことでお前とマオとが口もきけない関係になったことを、知っていながら……知っていながら、それでも目を逸らした」

「うん」

「鏡を手に入れたときも、余計ないさかいを起こすのが嫌で、それで、黙っていたんだ」

「うん」

「俺は、疲れていた」

「……うん」


 ゼルスはロロの瞳を見つめ、うすら笑いを浮かべる。

「入れ替わっている間に、魔王妃に見つかってな。危うく入れ替わってることを見破られそうになった。でも、俺は魔王配下の魔物だとごまかしたら、魔王妃は、あっさりとそれを信じたんだ」

「……」

「俺、魔王と同じをしてるってさ」


 ロロは背後の魔王城を見るともなく眺め、おもむろに口を開いた。

「私も、魔王と話した」

 彼女は、ゼルスの方へと向き直る。

「ギルとマオがどんな最期を遂げたか、四天王とどんな戦いをしたのか、話したら、ただ黙って聞いてた」


「確かに、同じをしてた」

「……そうか」


――ロロの言いたいことは分かる。きっと、魔王も……

 だが、その先は言ってはいけない。ロロも、それを分かっているから、言わない。


「ゼルス」

「何だ?」 

 

 少し躊躇ためらって、眉をひそめるロロのその顔は、賢者の顔ではなかった。

 それは、既にゼルスの記憶の片隅に追いやられていた、少女ロロの顔であった。

「もし……もし、ゼルスが勇者じゃなくて、私が賢者じゃなかったら――」


 潤み、黄玉トパーズのような輝きを湛えたその瞳に見つめられたゼルスの網膜には、想像したこともなかった――いや、想像しようとするたびに振り切ってきた、勇者として以外の自分の生が映った。


――俺が、もし、勇者じゃなかったら……そうだな、鍛冶屋にでもなって、毎日汗だくで剣を打って、顔中すすまみれになって、たまの楽しみに酒でもひっかけて……

 ロロはきっと、大きな図書館で司書でもやってて、俺にとっては高嶺の花で、でも、きっと何かのきっかけで出会って、そして――


 ゼルスは、目の前の少女を見つめた。



――可憐な一輪の花の背には、ひたすらに夜が続いていた。



 勇者は、少女の双肩にそっと手をかけた。

「ゼルス……?」



「――でも、それでも……俺は勇者で、お前は賢者なんだ」



 ロロは我に返ったように目を見開き、すぐに閉じた。

「そうよね、ごめんなさい、さっきのは忘れて頂戴」

 再び目を見開いた彼女は、まぎれもなく賢者ロロであった。


「ロロ」

「なにかしら」

「両手を出してくれ」

「手?」


 ロロは不思議そうに首を傾げると、言われたとおりに両手を差し出した。

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