魔王城。
「陛下……ゆ、勇者めらは、すぐ……そこまで……」
伝令は、ゾディオの前で大量に吐血して息絶えた。
――陣頭で指揮にあたっていたセリシアも逝った。たかが二人でこの魔王城に攻め込み、本当にここまでくるとはな。
ゾディオは玉座の傍らに掛けた大鎌を手に取り、肘掛けに頬杖をつくと、笑みを浮かべて誰にともなく呟いた。
「是非もなし」
間もなくゾディオの耳に何かが炸裂するような音が聞こえ――
「ぐぎゃぁあああ!!」
――玉座の間の扉を守護していた側近の悲鳴が轟いた。
カツン、コツン。
人間の眼には何も視認できないような暗黒中、二つの足音だけが広大な空間に木霊する。
「よくぞここまでたどり着いたな、勇者ゼルス、賢者ロロよ」
ゾディオの声と共に、一面の燭台に青白い炎が灯る。
「余こそが、魔王ゾディオである」
ゾディオは床に勢いよく大鎌の柄を突き立て、湧きあがるように玉座から立ち上がった。
眼前に立ちふさがる二人の装備はほとんど装備としての機能を失っており、身体の至る所から血が滲んでいた。
――体力も、魔力も、もう殆ど残ってはおるまい。
「御託はいい、死ね」
二人は一斉にゾディオの左右に分かれて跳ぶ。
――挟撃するつもりか……だが!
ゾディオは迷うこなく賢者を背に、勇者へと向き直った。
――賢者の魔法で余の黒の衣は打ち破れぬことは奴等とて承知の上、まずは勇者が光の剣で衣を剥ぎ取りに来るはず!
「ヘルズフレアっ!!」
正面にかざしたゾディオの両掌から地獄の業火が放たれた。しかし――
「マジカーン」
――黒炎は、詠唱とともに勇者の前に出現した光の壁に当たって反射した。
「何……!?」
あらぬ方向へ飛んでいった黒炎を眺めながら、ゾディオは困惑した。
――反射魔法は超高等魔法、そのような魔法をなぜ勇者が……
「……!! まさか!」
ゾディオは咄嗟に後方へ振り向くと同時に、大鎌で薙ぎ払った。
『賢者』は即座に身を屈めて攻撃を躱す。
「貴様ら、入れ替わって……!!」
「遅い」
『賢者』の懐から放たれた光の剣が、ゾディオの右脚の付け根を深く切り裂いた。青い血を傷口から噴き出しながら、ゾディオは膝をつく。
「ぐっ……小賢しいわっ!!」
ゾディオの左腕から放たれた痛恨の一撃に、『賢者』の身体は壁に叩きつけられた。薄暗い広間の壁に、紅い花が咲く。
――!!
ゾディオが『勇者』へ振り返ると、『勇者』は一方の鏡を覗き込み、もう一方の鏡を己の正面の壁に向けて掲げていた。
「終わりだ、ゾディオ」
ゼルスは二枚の鏡を地面に叩きつけて割ると、懐から鋼の剣を抜き放って突進した。
「く……そっ!!」
大鎌を振るおうとするも、ゾディオの右脚は動かず、力を入れることが出来ない。
彼の眼に映ったのは、左肩を目掛けて斬り込むゼルスの姿であった。
「ぐわああああっ!!」
袈裟懸けに斬り裂かれたゾディオは、肩口から青い飛沫を飛ばして俯せに崩れ落ちた。
――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――
「終わったん……だな」
ゾディオの返り血を袖で拭いながら、ゼルスは辺りを見回す。
狐火が照らす広間は、ひたすら静寂に満たされ、己の他に動くものは、何一つ見当たらなかった。
「魔王め、最後の最後に足掻いたな」
ゾディオが間際に放った大鎌は、ゼルスの左腕の肘から先を斬り飛ばしていた。
「ロロ……俺も……」
身体を引きずりながらゼルスが足を踏み出したその時――
ガギィン!!
――硬質な何かが強く衝突する音が鳴り響いた。
咄嗟にゼルスは剣を構え直し、音の方へ振り向く。
「くく……安心するがよい、勇者よ……直に、余は息絶える……」
足元に池のような血だまりを作りながら、大鎌の柄を杖にゾディオが身を起こしていた。
「勇者ゼルスよ、よくぞ余を倒した……」
「……」
ゼルスは、死にゆく魔王を、ただ黙して見据えた。
「光あればこそ、闇は生まれる。闇がなければ、光などない……どちらか一方を消そうなどと、愚かなことだ……そうは思わんか? 勇者よ」
「俺は、勇者だ。俺が俺であるために、闇を消す」
「そう、か……そう、だろう……な……」
「闇は……生き、続ける……光……ある、限り……」
ゾディオは足元に転がった光の剣を見つめながら呟く。
「ふふっ……つら……い、な……たが……いに……」
彼は、満足げに笑みを浮かべながら、倒れ伏した。
ゼルスは屍の傍らに転がった光の剣を手に取った。
――魔王の首を切り取り、国王に晒したとすれば、俺は英雄だ。
目の前に転がる屍。一時は自分の入っていた身体。ゼルスの脳裏には、決して想像などしたこともなかった、魔王に敗れて晒し首となる自分の姿が映った。
ゼルスは、光の剣を見つめる。
――人間と魔族の行く末、か。
「還ろう、ロロ」
ゼルスは、魔王の亡骸に触れることすらなく、少女の亡骸を両腕に抱きかかえた。
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