魔王、勇者になる。

~相棒は銀髪金眼の美少女賢者でした~
白居 漣河
白居 漣河

第四話 滅びし煌めきの都市

公開日時: 2020年12月29日(火) 13:02
文字数:1,969

 魔王城。


「――では、その鏡が寝室に置かれているというのだな?」

「はい」


――竜巻のペロペロシアを倒した際に手に入れた鏡、あれの片割れか。


 彼は、城内の魔物に精神だけが他者に乗り移る可能性を聞いて回り、ついに入れ替わりの鏡を突き止めた。


――ならば、もう、迷うことはない。俺の身体に憑依した魔王は、身体ごとロロが始末してくれるはずだ。


「……うぅっ」

 突然、彼と話していた魔物が目元を抑えだした。

「どうした?」

「いえ、あの入れ替わりの鏡だけは、せめて両陛下のお手元に永遠に残ることを願うばかりです」

「入れ替わりの鏡だけは・・・……? 何のことだ?」


 魔物が目元から手をのけると、そこから大粒の涙が零れ落ちた。

「もはや城内の者は皆、存じております! 両陛下が財物を食料に変えて領民に分け与え、士気を保とうと奔走ほんそうなさっていることに!」

「……」

「ペロペロシア様亡きあと、王妃陛下がいたく大切になさっていた入れ替わりの鏡だけは、せめて……」

「分かった、もうよい」

「必ず、必ずや勇者めらを討ち倒し、再び我ら魔族の栄光を取り戻しましょう!」


 その言葉に何も応えることなく、彼はその場を去った。



 彼は寝室に戻り、壁にかけてあった大鎌を手に取る。

 鎌の刃を自らの首にあてがうと、浮かんできたのは仲間たちの笑顔であった。


――ようやく……ようやく、俺は終われるんだな。

 ギル、マオ、今から俺も行く。ロロ、済まない、先に行く。……どうせお前も程なく来るんだろう。


 彼の口から笑みがこぼれる。


――さらば。


 鎌を持った右手が勢いをつけて引かれる。


 しかし、大鎌が彼の喉笛を掻き切ることはなく、暗黒の膜のようなものに弾かれた。


――っ! これは、黒の衣か……!!

 くそっ、意に反して勝手に発動するとは!


 壁に大鎌を投げつけ、黒の衣を剥がす方法を調べに行くべく、彼は部屋を出た。



「あなた! ほとんど眠っていらっしゃらないでしょう、暫く横になっておられた方が……」

 部屋を出てすぐの所で、彼は呼び止められた。

 漆黒の髪から生えた二本の角と、青い肌以外、全くもって人間と変わらない妖艶な美女であった。両手には大量の羊皮紙の束を抱えている。


――まさか、魔王妃セリシアか!


「……? あなた、何かこう、雰囲気が変わられました?」

 セリシアは不思議そうな顔で彼を覗き込んだ。

 次第に、その瞳に疑念の色が濃くなる。


「――はっ! 恐れ多くも、ただいま陛下と入れ替わ・・・・っております!」

「え……?」

「つい先日、行方知れずになっていた入れ替わりの鏡の片割れを、狂いの森にて発見いたしました。ただいま、森の視察のため、陛下と身体を入れ替わらせて頂いております!」

「……」

 セリシアは、目を細めて彼を見つめる。


――ごまかしきれないか……?


 彼の背筋に冷たいものが伝わり、胸の奥が脈打つのを感じる。それは、人間の身体で感じていたものと、何ら変わりない感覚であった。


 しかし、セシリアはにっこりと笑った。

「貴方、将来大物になるわよ」

「は……?」

「雰囲気は違うけれど、貴方――」



「――魔王と同じをしているんですもの」



「では、お勤め頑張って頂戴」

 セリシアは、足早に廊下を歩いていった。



 彼は、暫く呆然と立ち尽くしていた。

「ふっ……ふふふ」

 どこからか、笑いが込み上げてくる。


――この俺が、勇者ゼルスが、魔王と同じをしている、か。

 ……いや、当然のことかもしれないな。俺はもうとっくに――


 彼は、部屋の中に足を踏み入れ、鏡に映った顔を眺める。


――俺が鏡を見ておぞましいと思ったのは、青い肌でも、黒い爪でも、二本の角でもなかったんだ。

 そうか、魔王は、こんな顔をしているのか。




 彼は暫く廊下を歩き、ロロがいる場所から見えるであろう窓の前で足を止める。そこで作業をしていた二体の悪魔卿デーモンロードの内の一体に、彼は声をかけた。

「お前、空は飛べるな?」

「は、はい!」

 魔物は、驚きと戸惑いを露わに答えた。


「窓から外に出て、これを、あそこの屋根に置いてこい。鏡面をこちらに向けてな」

 彼は、遠くに見える城下町の屋根を指さしながら、入れ替わりの鏡を魔物に差し出す。


「か……かしこまりました!」

 魔王の命令に逆らえるはずもなく、釈然としないまま、魔物は空へと飛び立った。


――ロロが魔王を仕留めていたとしたら、この魔王城に見えるように、何か分かりやすい合図を送ってくるはず。それがないということは、仕留めそこなったのだろう。


――そして、俺の身体になった魔王に、行き場はない。奴は、必ず戻って来る。


「鏡を置いてまいりました!」

「ご苦労、もう一仕事だ」

「は……?」


「おい、お前」

 彼は、傍らにいたもう一体に声をかける。

「空中のそこと……そう、そこに留まって、合図で上と横に、同時に閃光魔法を放て。横に撃つお前は弱く、上に撃つお前は強く」


――ロロ、頼んだぞ。これが、俺の答えだ。


 彼の合図と同時に、宵闇の空に閃光魔法が放たれた。

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