とある孤島。
「かつて先王は言った。『増えすぎたニンゲンは、必ず身内で争いを始める。その時こそ、魔族再興の好機、と』」
幾千もの魔物を見晴らす高台の上、黒いマントをなびかせながら、その魔族の青年は語り掛ける。
「先王が勇者ゼルスに襲撃され、無念の死を遂げて以来、百三年と二百四十三日。我ら魔族は耐えに耐え、ひたすらに雌伏の刻を過ごしてきた」
青年は大鎌を地面に突き立てると、それを高らかに掲げた。
「見よ! 我が同胞の粉骨砕身の働きによって取り戻された先王の大鎌である!!」
「オオッ!!」
観衆から大地を揺らす歓声が上がる。
「今、この時をもって、余は先王ゾディオの遺志を継ぎ、魔王を名乗る! 我ら今こそ研ぎ澄ましたこの牙をニンゲンどもに突き立てる時ぞ!!」
「ウオオッ!!」
「新魔王陛下万歳!! オーセッド様万歳!!」
観衆は口々に歓喜の声を上げ、新たなる魔王の誕生を祝福した。
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「あなた、あまりお酒はお強くないのですから、無理はなさらないで……」
魔族の少女は、華奢な腕で水の入った盃を差し出す。
「なにを、いうか……おれは、まおう、なんだぞ……このくらい、のめんで……」
呂律も回らないまま、オーセッドは項垂れた。
「亡きお父上……先王陛下の遺志を継がれてニンゲン討伐に邁進なされるのはご立派ですが、あまり気負い過ぎないでください」
「ニンゲン、討伐……か」
オーセッドは、ナイフを取ると、それを胸に突き立てた。
「あなた!」
しかし、ナイフは黒い膜のようなものに弾かれた。
「黒の衣、俺はこれを父上から譲り受けて城の外へ逃された」
「譲り受けて……? ……それでは!」
「ああ、黒の衣は一子相伝。父上が勇者と戦われたとき、父上は黒の衣なしで戦われていたんだ」
「そんな……」
オーセッドは、ナイフを静かに置いた。
「同胞の士気に関わるから、誰にも、お前にも言ったことはなかったが、勇者達が攻めてきた時点で父上は……初めから死ぬつもりだったんだと思う」
「……」
「俺を城から逃がすとき、父上は言った」
『ニンゲンは魔族の敵だ。奴等に決して屈服するな。だが、必要以上にニンゲンを殺すな。世界征服など、しようと考えるな』
「……俺は、未だにこの言葉の意図を真に理解できていない。俺たちは、ニンゲンと戦わなければならない。だが、ニンゲンを討伐して殺しつくすというのは、どうにも違うんだと思う」
「そう、ですか……」
「父上の描いていた新しい魔族の在り方を、探っていく。手伝ってくれるな? ルチア」
「勿論です」
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魔王城跡。
「ねえ、やっぱりかえろうよ、ブランカ……」
「あら、怖いの? いいのよ、女の子のあたしを置いてにげても」
「そ、そんなんじゃないけど……」
カンテラを掲げながら悠々と夜の城内を進んでいく女児の後ろを、肩をすくめながら男児が付き従う。
「いい? サベル。百年前にここで魔王を倒された勇者様と賢者様のご遺体は、まだ見つかっていないのよ。それに、光の剣も。もしかしたら、この旧魔王城に眠ってらっしゃるかもしれないの。どう? わくわくするでしょ?」
「でも、見つかってないってことは、魔王を倒してから二人ともお城を出て、そのあとどこかでかくれて暮らしたんじゃないの?」
「そうね、そうであってほしいわね……でも」
ブランカは、鞄から一冊の本を取り出した。
「あたしのご先祖様が百年前に玉座の間を調べたとき、壁にべったりと人間の血がついていたんだって。致死量だったそうよ」
「ちしりょう?」
「流れたら死んじゃう血の量ってこと。その他にも、いろんなところに魔物の死骸に混じって大量の人間の血がついてたって」
「うう……」
サベルは目を強く瞑って頭を振った。
蜘蛛の巣の張った大廊下の窓から、ブランカは森を見降ろす。
「今じゃ浄化されて綺麗なあの森も、昔は狂いの森なんて言われて、体をむしばむ瘴気がただよう森だったらしいわ。勇者様も、賢者様も、ここにたどり着くころには、きっともう……ボロボロだったと思うわ」
ブランカは、腐りかけた扉に手をかけた。扉は悲鳴を上げながら、ゆっくりと開いていく。
「ここは……寝室、かしら?」
室内に残った寝具の土台から、そこがかつて寝室であったことが見て取れた。しかし、置いてあったのであろう燭台や絨毯などは、跡形もなく消え去っていた。
「ベッドのシーツがなくなってるのは、腐っちゃったのかな?」
サベルは、不思議そうに土台を覗き込んだ。
「……いや、きっと違うわ」
「ちがうの?」
「跡形もなくなるはずがないもの。たぶん……お金になりそうなものは全部持ち出されたのね」
「じゃあ、こっちも……うわっ!」
サベルは、つまずいて床に倒れた。
「サベル!! 大丈夫!?」
「いてて……」
「まったくもう、ドジなんだから……あら?」
ブランカは、サベルの足元を凝視する。
「サベル、そこの床石だけ、ちょっとズレてない?」
「え?」
ひっかけた足でサベルが床石を押すと、僅かに動いた。
「もしかしたら……」
ブランカは石に手をかけ持ち上げようと試みる。
「ほら、サベルも手伝いなさい!」
「は、はい!」
「せー……のっ!!」
どかされた床石の下には、階段が続いていた。
ブランカとサベルは、顔を見合わせた。どちらからともなく、笑みがこぼれる。
「行ってみましょう!」
「う、うん!」
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「長いわね、この通路……」
二人はかれこれ、数十分歩き続けていた。
「何のための道なんだろ?」
「いざというときのための隠し通路じゃないかしら。地上につながっていると思うわ」
「あ! ちょっと光が見えるよ」
サベルが指さす方、五六ケ所空いた針の先ほどの穴から、微かな月明かりが漏れていた。
「多分、出口を土で固めているのね……ん?」
上方ばかりを照らしていたブランカの足に何かが当たった。
「何が――」
二体の骸骨が、並んで壁にもたれ掛かっていた。
「――きゃぁぁあああああ!!」
ブランカはカンテラを投げ出してサベルに抱きつく。
「お、おば……おば……」
「落ち着いて! ブランカ!」
サベルはブランカの震える背中をさすってなだめると、カンテラを取って骸骨を照らした。
「大丈夫、ただのしかばねみたいだよ」
「ほ、ほんと……?」
ブランカは、サベルの肩を掴みながら、恐る恐る骸骨を覗き見る。
「ひっ!!」
しかし、骸骨を見るや否やブランカは首をひっこめた。
「もういいわ、サベル、早く出るわよ!!」
「え、でも」
「いいから!!」
ブランカは、涙目で土を掻き分け、出口を掘った。
「帰りましょ、サベル」
月明かりの下、何事もなかったかのように笑うブランカの足元は、震えていた。
「うん、でも、ちょっと待ってて」
「え? あ、あ……サベル!」
足元の花を二輪摘み取ると、サベルは穴の中へ戻って行った。
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「おまたせ、ブランカ」
サベルは、穴を土で丁寧に埋め直すと、ブランカの元へ戻った。
「……おそいわよ」
「ごめんね」
木々の間から青白い月光の照らす中、二人は歩く。虫や鳥たちの鳴く声に、時折ブランカのすすり泣く声まじった。
「ブランカ」
「なによ」
「手、つなご」
サベルは、ブランカの左手の甲の上から、右手でしっかりと指と指の間を握った。
「ちょ、ちょっと!」
「あはは、どっちも砂まみれでじゃりじゃりだ」
いつしか、すすり泣く声は止まっていた。
「ブランカ」
「なに?」
「あったかいね」
「……うん」
最後まで読んでいただき、本当にありがとうございます。
本作は、掲示板発祥の短編『勇者「魔王倒したし帰るか」』に感銘を受けて書いたものです。
また、お気づきの方も多いかもしれませんが、本作には様々な往年の名作RPGのパロディが含まれております。かなり色々と入れたつもりなので、お時間のある方は探してみるのも面白いかもしれません。
もし、本作を気に入っていただけたようでしたら、連載中の長編『アルス・ミゼリア』もきっとお気に召すかと思いますので、読んで頂ければと思います。(こちらは完全にオリジナルです。副題に「魔王」とついておりますが、本作とは関係ありません)。
他にも『てんどん』という料理ファンタジーも書いているので、よろしければそちらもどうぞ。
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