最高の世界

~勇者の現実~
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世界が最期を迎える前に……

公開日時: 2020年10月6日(火) 21:16
文字数:2,281

「もう少しだ! もう少しで倒せるぞ!」


 僕は声を張り上げる。


「わかっています、リーダー!」

「最期までしっかりサポートさせてもらいますよ」

「お前の悲願だ。最期こそ叶えような!」


 仲間たちが僕の叫びに答えてくれる。


 ずっと一緒に戦ってきた仲間たちだ。彼らはしばらくの間、僕のもとを離れていた。しかし、今日のため、1年ぶりに戻ってきてくれたのだ。


 僕たちは今、偉業を成し遂げようとしている。誰もが目指し、そして誰も達成できなかった大いなる偉業。

 世界最強の魔獣種『ドラゴン』。その頂点に立つ存在である『ダークネス・カオス・ドラゴンロード』の討伐だ。


 この怪物が世に現れてからというもの、誰も討伐できずにいた。ゆえに人々は、この怪物と遭遇しないような生活を強いられている。

 そんな世界の脅威である存在が、僕の目の前で傷だらけになりながら足を引きずっている。全身を覆う漆黒の鱗はことごとく切り裂かれ、山をも吹き飛ばす大翼は力を失い、開くことすらままならない。


 僕は走り出す。

 世界最強の怪物を倒すために、磨き上げられた武器を構えて。


 僕は『勇者』と呼ばれる存在だ。

 剣を究め、槍を究め、弓を究め、拳を究め、魔法を究めた。ありとあらゆる技能を究めたことで、僕はこの称号を手に入れるに至った。。

 この世界で、『勇者』の称号を持つものは多くない。僕はそんな限られた存在だ。

 だからこそ、僕がこの怪物を倒さなければならない。


 世界が最期を迎える前に……。


「リーダー! この最期の戦い、終わりにしましょう」


 僕を支え続けてくれた賢者の声が聞こえる。

 彼女の回復と支援があったからこそ、たとえ傷を負っても、戦い続けることができたんだ。瀕死まで追い詰められても、彼女が助けてくれた。


「とどめはあなたが……。でも、油断はしないで……」


 寡黙な魔法使いの声が聞こえる。

 彼女の魔法による遠距離攻撃が、敵への牽制となっていたんだ。完璧なタイミングで繰り出される魔法により、敵をかく乱することができた。


「お前が言ったから1年ぶりに帰ってきたんだ。最期の最期に、伝説に名を残すってな!」


 陽気な聖騎士の声が聞こえる。

 彼がタンク役として、敵のヘイトコントロールをしてくれた。だからこそ、僕は攻撃に専念することができたんだ。


 仲間たちに支えられた。だから今の僕がいる。

  僕は、右手に握られた聖剣に全身全霊、全ての力を注ぎ込む。


「これで……、終わりだ!」


 金色に光り輝く聖剣を振り下ろす。

 一つの斬撃は、世界を輝きで満たした。空間を裂き。そして、世界最強の怪物を両断した。


   *


 目の前には、ダークネス・カオス・ドラゴンロードの死骸が転がっている。死してなお、禍々しさを放ちながら。


「やった……。僕は……、やったんだ!」


 自然と言葉がこぼれる。

 緊迫した戦いから解放された安心感。偉業を達成した満足感。そして、何とか間に合ったという安堵感が、僕の心に満ちる。


「リーダー、やりましたね!」


 賢者の声に振り返る。

 そこには、共に戦った仲間たちが笑顔を浮かべて立っていた。


「心配しなくても、大丈夫だったみたいですね」


 魔法使いは、微笑みながらつぶやいた。


「最高にかっこよかったぜ! もう少しで世界が無くなろうって土壇場で、偉業を達成するなんてな!」


 聖騎士は、拳を握りながら僕に言う。


「僕一人じゃ、ここまではこれなかったよ。みんなのおかげさ。わざわざ帰ってきてくれてありがとう!」


 彼らがいなければ、この偉業を達成できなかっただろう。だからこそ、僕は心からの感謝を述べる。


「リーダーの強さがあったからですよ」

「うん。流石は『勇者』ですね」

「紛れもなく、お前が世界最強だな!」


 彼らからそう言われるのが、僕は心底うれしかった。

 もっと彼らと戦いの余韻に浸りたいと思ったが、そういうわけにもいかない。


「それでは、私は先に帰りますね。妹たちが心配なので」


 賢者はそう言うと、テレポートのスクロールを使って拠点の町へ帰っていった。

 彼女には妹が3人いるらしい。妹たちの世話は彼女の担当らしいし、目を離した隙に何かあったら大変だ。そんな彼女を、僕が引き留めるわけにはいかない。


「私ももう帰りますね。明日の準備がありますので」


 そう言うと、魔法使いも自分の居場所へ帰っていった。

 彼女は生物学の研究者でもある。日々、世界の謎を相手に知恵で戦っている身だ。明日は研究の成果について発表する場があるという。そんな彼女を、僕が引き留めるわけにはいかない。


「それじゃ、オレも帰るわ。流石に久しぶりで疲れたからよ。ちょっと早めに休ませてもらうわ」


 そう言うと、聖騎士も戦地から去っていった。

 彼は丸1年のブランクを抱えながらも、ダークネス・カオス・ドラゴンロードのヘイトを一手に引き受けてくれた。すでに前線を離脱した彼を、半ば強制的に呼び戻したのは僕だ。そんな彼を、僕が引き留めるわけにはいかない。


 仲間たちは帰っていった。自分の帰るべき場所へ。

 そんな中、僕は独り、ダークネス・カオス・ドラゴンロードの死骸の前に立っている。


「最期の最期に、お前を倒せてよかったよ……」


 僕はそう言うと、自分の右手に握られた聖剣を眺める。


「僕は……、勇者だ……」


 噛みしめるように言う。

 そして世界は静止し、目の前は真っ暗になった。




   ◇




 ふと意識を取り戻す。


 しばらくして、僕は深呼吸をする。そして、天を仰いだ。

 見えるのは見慣れた天井。毎日目にする、僕の部屋の天井だ。


「最高の……、最高の世界だったよ……」


 そう呟いた僕の頬には大粒の涙が流れていた。


「無くなった世界の勇者、か……」


 最後にそう言った僕の手には、使い込まれたコントローラーが握られていた。


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