「もう少しだ! もう少しで倒せるぞ!」
僕は声を張り上げる。
「わかっています、リーダー!」
「最期までしっかりサポートさせてもらいますよ」
「お前の悲願だ。最期こそ叶えような!」
仲間たちが僕の叫びに答えてくれる。
ずっと一緒に戦ってきた仲間たちだ。彼らはしばらくの間、僕のもとを離れていた。しかし、今日のため、1年ぶりに戻ってきてくれたのだ。
僕たちは今、偉業を成し遂げようとしている。誰もが目指し、そして誰も達成できなかった大いなる偉業。
世界最強の魔獣種『ドラゴン』。その頂点に立つ存在である『ダークネス・カオス・ドラゴンロード』の討伐だ。
この怪物が世に現れてからというもの、誰も討伐できずにいた。ゆえに人々は、この怪物と遭遇しないような生活を強いられている。
そんな世界の脅威である存在が、僕の目の前で傷だらけになりながら足を引きずっている。全身を覆う漆黒の鱗はことごとく切り裂かれ、山をも吹き飛ばす大翼は力を失い、開くことすらままならない。
僕は走り出す。
世界最強の怪物を倒すために、磨き上げられた武器を構えて。
僕は『勇者』と呼ばれる存在だ。
剣を究め、槍を究め、弓を究め、拳を究め、魔法を究めた。ありとあらゆる技能を究めたことで、僕はこの称号を手に入れるに至った。。
この世界で、『勇者』の称号を持つものは多くない。僕はそんな限られた存在だ。
だからこそ、僕がこの怪物を倒さなければならない。
世界が最期を迎える前に……。
「リーダー! この最期の戦い、終わりにしましょう」
僕を支え続けてくれた賢者の声が聞こえる。
彼女の回復と支援があったからこそ、たとえ傷を負っても、戦い続けることができたんだ。瀕死まで追い詰められても、彼女が助けてくれた。
「とどめはあなたが……。でも、油断はしないで……」
寡黙な魔法使いの声が聞こえる。
彼女の魔法による遠距離攻撃が、敵への牽制となっていたんだ。完璧なタイミングで繰り出される魔法により、敵をかく乱することができた。
「お前が言ったから1年ぶりに帰ってきたんだ。最期の最期に、伝説に名を残すってな!」
陽気な聖騎士の声が聞こえる。
彼がタンク役として、敵のヘイトコントロールをしてくれた。だからこそ、僕は攻撃に専念することができたんだ。
仲間たちに支えられた。だから今の僕がいる。
僕は、右手に握られた聖剣に全身全霊、全ての力を注ぎ込む。
「これで……、終わりだ!」
金色に光り輝く聖剣を振り下ろす。
一つの斬撃は、世界を輝きで満たした。空間を裂き。そして、世界最強の怪物を両断した。
*
目の前には、ダークネス・カオス・ドラゴンロードの死骸が転がっている。死してなお、禍々しさを放ちながら。
「やった……。僕は……、やったんだ!」
自然と言葉がこぼれる。
緊迫した戦いから解放された安心感。偉業を達成した満足感。そして、何とか間に合ったという安堵感が、僕の心に満ちる。
「リーダー、やりましたね!」
賢者の声に振り返る。
そこには、共に戦った仲間たちが笑顔を浮かべて立っていた。
「心配しなくても、大丈夫だったみたいですね」
魔法使いは、微笑みながらつぶやいた。
「最高にかっこよかったぜ! もう少しで世界が無くなろうって土壇場で、偉業を達成するなんてな!」
聖騎士は、拳を握りながら僕に言う。
「僕一人じゃ、ここまではこれなかったよ。みんなのおかげさ。わざわざ帰ってきてくれてありがとう!」
彼らがいなければ、この偉業を達成できなかっただろう。だからこそ、僕は心からの感謝を述べる。
「リーダーの強さがあったからですよ」
「うん。流石は『勇者』ですね」
「紛れもなく、お前が世界最強だな!」
彼らからそう言われるのが、僕は心底うれしかった。
もっと彼らと戦いの余韻に浸りたいと思ったが、そういうわけにもいかない。
「それでは、私は先に帰りますね。妹たちが心配なので」
賢者はそう言うと、テレポートのスクロールを使って拠点の町へ帰っていった。
彼女には妹が3人いるらしい。妹たちの世話は彼女の担当らしいし、目を離した隙に何かあったら大変だ。そんな彼女を、僕が引き留めるわけにはいかない。
「私ももう帰りますね。明日の準備がありますので」
そう言うと、魔法使いも自分の居場所へ帰っていった。
彼女は生物学の研究者でもある。日々、世界の謎を相手に知恵で戦っている身だ。明日は研究の成果について発表する場があるという。そんな彼女を、僕が引き留めるわけにはいかない。
「それじゃ、オレも帰るわ。流石に久しぶりで疲れたからよ。ちょっと早めに休ませてもらうわ」
そう言うと、聖騎士も戦地から去っていった。
彼は丸1年のブランクを抱えながらも、ダークネス・カオス・ドラゴンロードのヘイトを一手に引き受けてくれた。すでに前線を離脱した彼を、半ば強制的に呼び戻したのは僕だ。そんな彼を、僕が引き留めるわけにはいかない。
仲間たちは帰っていった。自分の帰るべき場所へ。
そんな中、僕は独り、ダークネス・カオス・ドラゴンロードの死骸の前に立っている。
「最期の最期に、お前を倒せてよかったよ……」
僕はそう言うと、自分の右手に握られた聖剣を眺める。
「僕は……、勇者だ……」
噛みしめるように言う。
そして世界は静止し、目の前は真っ暗になった。
◇
ふと意識を取り戻す。
しばらくして、僕は深呼吸をする。そして、天を仰いだ。
見えるのは見慣れた天井。毎日目にする、僕の部屋の天井だ。
「最高の……、最高の世界だったよ……」
そう呟いた僕の頬には大粒の涙が流れていた。
「無くなった世界の勇者、か……」
最後にそう言った僕の手には、使い込まれたコントローラーが握られていた。
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