あんたは、クリスマスに一番忙しいのが誰か知ってるかい?
子供じゃあない。
子供に振り回される親でもない。
そう言うとだいたいのやつは「サンタだ!」なんて言うが、とんでもない勘違いだ。
あいつらは派手なだけの飾りで、ふんぞりがえってるだけの役立たずだ。
祭日にまで職務に忠実な警官が、職質してきたとする。
「わたしはサンタだよ! 子供たちに恨まれたくなければほっといてくれ!」
そう答えるだけの簡単な仕事。
それ以外の九十九パーセントの仕事は、俺たちトナカイがやるのさ。
何度も言うが、あの赤くて派手な爺どもじゃあない。
まあ、少しマシな爺もいる。
ちょっとばかり手伝ったり、「いつもありがとな」なんて声をかけてくれるやつ。
そういう気持ちって大事だろ?
何事にもモチベーションが必要なのさ。
トナカイは無給なんだぜ。
だが、ここ数年俺は運が悪い。
毎年同じ爺が来る。
この爺が本当にツカエナイんだ。
口を開けば「トナカイのくせに」が口癖で、黙ってる時は居眠りだ。
一昨年なんて、職質に来た警官を怒らせて連行されちまった。
残りのプレゼントは俺が配ったんだぜ。
そして今年もまた、俺のソリにこの爺が座りやがった。
「なんだ、またお前か」
俺が知らん顔してると「トナカイのくせに」なんていつもの台詞だ。
そもそもトナカイは返事しないからな。
人間の言葉は俺ぐらいの天才ならわかるが、しゃべるのは無理だ。
お前らみたいな猿顔じゃなく、もっとスマートな馬面なんだ。
同じようにしゃべれるわけないだろ。
「最近は子供が減ったのか。えらくプレゼントが少ないな」
どうせ運ぶのは爺じゃないだろ。
「あの子があんなに大きくなってるなんてな。もう来年にはサンタなんて信じてないかもな」
いつも居眠りしてたくせに、子供だけはいつも見てるんだったな。
俺がめずらしくプレゼントを渡す相手を間違えた時に、爺はそれに気づいて助かったことがあった。
気まずくて礼も言わなかったが、それは少しだけ、ほんの少しだけ後悔している。
「星が綺麗だな」
酔っぱらってるのか?
妙に饒舌な爺に気持ち悪くなってきた。
いつもはそれほどしゃべらない、無口な爺なのだ。
「お前はトナカイのくせに……」
いつもの言い方にムッとして、速足で夜空を駆けた。
爺は舌を噛みそうになって、それっきり黙っちまった。
いい気味だ。
爺に邪魔されなくなった俺は、素晴らしい速さでプレゼントを配り終えた。
それなのに褒めるどころか残念そうな顔をする爺に、よけいに腹がたつ。
「おい……」
爺の呼びかけを無視しながら進むと爺がさらに声をかけてきた。
「隠れ家に寄ってくれないか」
俺の足はピタリと止まってしまった。
後ろを振り返ると、プレゼントの無くなったソリの上で、ポツリと爺が座っている。
俺は何も言わず、いつもと違う道を進みだした。
サンタには隠れ家がある。
とても美しいオーロラが見える丘の上で、ここに行けるのは一度だけ。
最後の夜だけだ。
サンタとして最後の年、帰りに爺たちは隠れ家へ立ち寄る。
一番気に入ったトナカイを連れて。
俺は何も言わず、爺を隠れ家に連れて行った。
丘の上にぽつんと立つ小屋は、とても居心地がいい。
それなのに爺は年代物のワインを片手に、わざわざ寒い外に出てくる。
俺の横にイスを置くと、ワインをチビチビ舐めながら俺の背中を撫でた。
「今まで、ありがとうな」
何言ってるんだ?
そう言う事はもっと早く言えよ。
今日が最後なのに、俺は台無しにしちまった。
あんたが「最高のクリスマスだった」と言えるように、できなかったんだ。
俺は後悔していた。
別に爺が嫌いだったわけじゃない。
嫌いじゃないんだ。
俺が罪悪感に身悶えしてるってのに、爺は幸せそうにワインを飲んでやがる。
爺の手のぬくもりが、俺の背中から伝わって、俺まで幸せな気分になってきた。
夜空にオーロラが、美しいカーテンをつくる。
「美しいな」
俺は、うなずいた。
うなずくことぐらいしかできなかった。
「最高のクリスマスだった」
思いもかけない言葉に、爺の横顔を見る。
そこには嘘偽りのない、老人の幸せそうな顔があった。
目の前が急にぼやけて、せっかくのオーロラが良く見えない。
きらめくガラス越しに見ているようで、まるでオーロラの雨だ。
「お前、トナカイのくせに泣いてるのか?」
いたずらっぽくつぶやく爺の声を無視して、尻尾を振ってやる。
爺は優しく俺の背中を撫でるから、雨はなかなか止んでくれなかった。
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