完結済 短編 現代世界 / その他

オーロラの雨

公開日時:2023年9月28日(木) 09:00更新日時:2023年9月28日(木) 09:00
話数:1文字数:1,785
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 あんたは、クリスマスに一番忙しいのが誰か知ってるかい?

 子供じゃあない。

 子供に振り回される親でもない。

 

 そう言うとだいたいのやつは「サンタだ!」なんて言うが、とんでもない勘違いだ。

 あいつらは派手なだけの飾りで、ふんぞりがえってるだけの役立たずだ。


 祭日にまで職務に忠実な警官が、職質してきたとする。


「わたしはサンタだよ! 子供たちに恨まれたくなければほっといてくれ!」


 そう答えるだけの簡単な仕事。

 それ以外の九十九パーセントの仕事は、俺たちトナカイがやるのさ。

 

 何度も言うが、あの赤くて派手な爺どもじゃあない。


 まあ、少しマシな爺もいる。

 ちょっとばかり手伝ったり、「いつもありがとな」なんて声をかけてくれるやつ。

 そういう気持ちって大事だろ?

 何事にもモチベーションが必要なのさ。

 トナカイは無給なんだぜ。


 だが、ここ数年俺は運が悪い。

 毎年同じ爺が来る。

 この爺が本当にツカエナイんだ。

 口を開けば「トナカイのくせに」が口癖で、黙ってる時は居眠りだ。

 一昨年なんて、職質に来た警官を怒らせて連行されちまった。

 残りのプレゼントは俺が配ったんだぜ。


 そして今年もまた、俺のソリにこの爺が座りやがった。


「なんだ、またお前か」


 俺が知らん顔してると「トナカイのくせに」なんていつもの台詞だ。

 そもそもトナカイは返事しないからな。

 人間の言葉は俺ぐらいの天才ならわかるが、しゃべるのは無理だ。

 お前らみたいな猿顔じゃなく、もっとスマートな馬面なんだ。

 同じようにしゃべれるわけないだろ。


「最近は子供が減ったのか。えらくプレゼントが少ないな」


 どうせ運ぶのは爺じゃないだろ。


「あの子があんなに大きくなってるなんてな。もう来年にはサンタなんて信じてないかもな」


 いつも居眠りしてたくせに、子供だけはいつも見てるんだったな。

 俺がめずらしくプレゼントを渡す相手を間違えた時に、爺はそれに気づいて助かったことがあった。

 気まずくて礼も言わなかったが、それは少しだけ、ほんの少しだけ後悔している。


「星が綺麗だな」


 酔っぱらってるのか?

 妙に饒舌な爺に気持ち悪くなってきた。

 いつもはそれほどしゃべらない、無口な爺なのだ。

 

「お前はトナカイのくせに……」


 いつもの言い方にムッとして、速足で夜空を駆けた。

 爺は舌を噛みそうになって、それっきり黙っちまった。

 いい気味だ。


 爺に邪魔されなくなった俺は、素晴らしい速さでプレゼントを配り終えた。

 それなのに褒めるどころか残念そうな顔をする爺に、よけいに腹がたつ。


「おい……」


 爺の呼びかけを無視しながら進むと爺がさらに声をかけてきた。


「隠れ家に寄ってくれないか」


 俺の足はピタリと止まってしまった。

 後ろを振り返ると、プレゼントの無くなったソリの上で、ポツリと爺が座っている。

 俺は何も言わず、いつもと違う道を進みだした。


 サンタには隠れ家がある。

 とても美しいオーロラが見える丘の上で、ここに行けるのは一度だけ。


 最後の夜だけだ。


 サンタとして最後の年、帰りに爺たちは隠れ家へ立ち寄る。

 一番気に入ったトナカイを連れて。


 俺は何も言わず、爺を隠れ家に連れて行った。

 丘の上にぽつんと立つ小屋は、とても居心地がいい。

 それなのに爺は年代物のワインを片手に、わざわざ寒い外に出てくる。

 俺の横にイスを置くと、ワインをチビチビ舐めながら俺の背中を撫でた。


「今まで、ありがとうな」


 何言ってるんだ?

 そう言う事はもっと早く言えよ。

 今日が最後なのに、俺は台無しにしちまった。

 あんたが「最高のクリスマスだった」と言えるように、できなかったんだ。


 俺は後悔していた。

 別に爺が嫌いだったわけじゃない。


 嫌いじゃないんだ。


 俺が罪悪感に身悶えしてるってのに、爺は幸せそうにワインを飲んでやがる。

 爺の手のぬくもりが、俺の背中から伝わって、俺まで幸せな気分になってきた。


 夜空にオーロラが、美しいカーテンをつくる。


「美しいな」


 俺は、うなずいた。

 うなずくことぐらいしかできなかった。

 

「最高のクリスマスだった」


 思いもかけない言葉に、爺の横顔を見る。

 そこには嘘偽りのない、老人の幸せそうな顔があった。

 

 目の前が急にぼやけて、せっかくのオーロラが良く見えない。

 きらめくガラス越しに見ているようで、まるでオーロラの雨だ。


「お前、トナカイのくせに泣いてるのか?」


 いたずらっぽくつぶやく爺の声を無視して、尻尾を振ってやる。

 爺は優しく俺の背中を撫でるから、雨はなかなか止んでくれなかった。

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