「ケセラさん、私にお菓子を下さい」
夕暮れが机を照らす放課後の教室。
私は両手を差し出し、ケセラさんからのご褒美を待ち構えています。
身体中、切り傷だらけで包帯をグルリと巻いた痛々しい私には脳への栄養素が必要です。
「その格好は?」
「ちょっと排水溝に足をとられまして」
「嘘つけ、校内にそんな場所ないし、今日の日にちなんだハロウィンの衣装やろ?」
ケセラさんに本音は通じないかもですが、下も向いて歩かなかった私も悪いんです。
こんな非常時のために包帯とハンカチを持参して良かったです。
あっさりと見抜かれた悔しさで涙が溢れてもいいように……。
「それにお菓子なら、この前、ウチの家で山ほど食べたやろ?」
「いえ、あれはこの後の物語りですので」
「はあ? 意味分からん。ウチらも流行りの異世界転生でもしたん?」
「いいえ、ちょっと違いますね。監視官のジーラさん、出番ですよー!」
『シャアアアアー!』
車輪の回る音が近づき、教室へと黒いスケートボートで滑り込むジーラ。
うつ伏せにスケボーに寝そべったジーラがミクルたちに対し、クールにピースサインを決める。
「……キノコ、タケノコ、温泉玉子ー!!」
「きゃあああー! ジーラさんカッコ良すぎです!」
ジーラさんがそのまま教室を突っ切り、ブレーキをしようと体を傾けてこちらに向かいます。
『シャアアアアー、ドカーン!』
「のあああぁぁー!?」
「ジーラさん!?」
『どんがらがっしゃーん!』
カーブを曲がりきれず、スケボーごと掃除用具入れのロッカーに衝突するジーラ。
そして古びた雑巾やホコリを頭に載せた無表情のジーラがゆらりとケセラの元に歩み寄る。
「……ケセラ、なぜ止めてくれなかった」
「いや、ジーラが勝手に乗ってきたんやろ?」
「……選択肢によっては自分が命を落とさないハッピーエンドのルートもあった」
「何言ってんの、無事に生きとるやろ?」
冷酷なケセラさんが無感情なジーラさんに冷たい言葉を投げかけていますが、二人とも熱くならず至って冷静です。
普通なら『今ので足の骨が折れた、お前さん治療費払え!!』とか言いそうなのですが?
えっ、私は黒服のこわーい仲間じゃないですよ?
「ジーラ、大丈夫!? もの凄い音がしましたけど!?」
そこへ血相を変えたリンカが立ち寄り、ジーラの肩を優しく抱く。
「……リンカ、自分がいなくなってもペットの金魚の餌やりを頼む」
「ジーラ駄目よ、リンカには水槽の水の入れ替えという高度なテクは出来ませんわ」
「……迷った時は自分が書いたマニュアルを見るといい」
「えっ、あの絵日記帳は何もかも真っ白ですわよ」
「……目で見える物が全てではない。心の目で見るのだ……ぐぶぅ!」
「ジーラァァァー!」
ジーラさんとリンカさんの消えゆく絆が私たちの心にもじんわりと伝わってきます。
ああ、刺激を求めてピリ辛なカレーライスが食べたい気分ですね。
****
「──それで気は済んだか?」
「ええ、感無量ですわ」
「……よかよかw」
ケセラが二人による感動のフィナーレを見届けたことを確認し、いよいよ本題に入る。
「例の異世界転生の件なんやけど」
「……チケットは何枚ある?」
「いや、件なんやけど」
「……銅の剣は斬るものではなく、叩き斬るもの」
「ふざけんなやー!」
「……どうどう」
ジーラが怒り狂ったケセラを宥める中、リンカが説明をする。
「要するに勤労感謝の日は11月なのに10月のハロウィンが後という設定になってる点がおかしいのですよね?」
「そうなんや、だからウチらは転生してるのかと」
「……異世界転送?」
「それもありえるけど、送り主が分からんと……」
──ケセラが一人で悩んでいるとき、ミクルは窓から見えるコスモスに心を奪われていた。
ああ、細い体に反して、あのパワフルな咲き乱れ。
秋桜の漢字だけあって、いつ見ても素敵ですね。
「ちょっとミクルも聞いてるん?」
「ええ、見るだけじゃなく、漢方として健康維持にも最適ですね」
「コスモスを見ながら言うな」
あんなにも綺麗なのに、ケセラさんには花の魅力というのに心を揺り動かさないのでしょうか……。
「──うーん。こんな風に毎日平凡な日常を送るケセラちゃんが突然命を亡くして転生なんてまずないでしょうし」
「……となると転生じゃなく、こういうパターンも思い浮かびますわね」
「おおっ、その答え、詳しく聞かせてや」
ケセラさんが律儀にも体育座りをして、その答えを待っています。
真相を知らない私も続きが気になりますね。
「この狂った時系列。ただ単純に作者さんが後付けで付けたシナリオなのではないでしょうか?」
「はあ? ということは?」
「リンカたちは作者さんの手のひらで転がされてるのに過ぎないのですわ」
つまりキャンプファイヤーみたいなノリで作者さんのご都合で作っているというシナリオですか。
今夜も踊り明かそうぜ、ろくでもないビューティーフルなライフですね。
「……グリーンピース」
「いんや、レッドホッドチキーンにしたい気分やで」
『レッドカードとも言いたい所やけど、常に勉強と隣り合わせの学生は、すぐに腹が減るもんや』とケセラさんが呟いていますが、私もお腹減ってます。
ぐうぐうとぐうの音のようにお腹が鳴っています。
「とりあえず、早くお菓子をくれませんか?」
「ミクルには空気を読む雰囲気をあげんとな」
空気ならいつも吸っていますが、どういう意味なんでしょうね?
「じゃあ、もう遅いから帰ろうや」
「だから、あの……お菓子を……」
「ミクル、女子高生がお菓子に金を注ぎ込むような大金持ってるわけないやろ」
「……あうあう」
「まあ、帰りのコンビニで肉まんくらいなら奢るわ」
「ありがとう」
えへへ、ハロウィン、ウィンウィン。
コーディネートはともかく、やっぱりハロウィンの締めはこうでないとですね。
作者の身勝手な都合で(忘れてた?)前作より一ヶ月前にあたる、ハロウィンネタです。
お菓子に始まり、おかしく(楽しく?)終わるという設定にしてみました。
ジーラがスケボーで乗り込んで、掃除用具入れのロッカーに衝突する部分は、お馴染み、ある人気作品からのパロディともなっています。
ちなみにスケボーでも、未成年での飲酒運転は駄目です。
ルールを正しく守って、節度ある運転を。
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