「私、私の名前は……」
センター試験、合格発表当日。
校内のお昼休みにて。
カレーでも左利きでもなく、ネットにて受かったかどうかをスマホで確認する渋い顔つきのミクル。
初めは好奇心旺盛な目で画面を追っていたけど、段々と落ち込んだ目線になるミクル。
そして画面を眺めたまま、パソコンのフリーズ状態のように数分間、固まっていた。
ミクルソフト様?
ミクルソフトトラブルシューティング?
「ミクルどうしたん?」
「ケセラさん、私、私!!」
ミクルが朱色に染まった顔で言葉にならない私の声を連発する。
ミクル少尉様?
ミクルサブマシンガントーク?
「そう興奮せんでもいいやん。もしかして受かったん?」
ミクルが浮かない顔でウチを見つめてくる。
いや、逆光でそう見えるだけであって、ウチの思い違いかな?
「それはもう見事に……」
「見事に?」
「見事に……落ちました」
「なんやってぇぇー‼」
今のウチの声は宇宙一大きかったに違いない。
俗に言うハイトーンボイスや。
ドラムの音色がドンドンドン‼
(ヒューマンビートボイスでは?)
「まあ、不本意ながらミクルならダメだろうと思ってた」
「えー、それはあんまりですよ……」
ミクルがガックリと細い肩を下ろして、実った稲穂のように頭を垂れる。
あれ、ミクル、天然にも関わらず、いつにも増して落ち込んどるね?
牛丼、飯だけマシマシで肉の量はそのままみたいな。
トッピングの紅しょうがは多目にや。
「ケセラちゃん言い過ぎですわ」
「……ケセラの人でなし」
「なあ、ウチは人ですらないんか?」
「……この家畜め」
「それを言うなら鬼畜じゃないんか?」
「……ブヒブヒ」
いや、リンカにジーラよ、スルメのような会話でもよく噛み砕いて理解して。
だってファミレスのメニューでは定番でもある簡単な英単語の意味すら分からん娘が大学に行くんやで?
しかも受けた場所は難関な東大。
医者を目指すものでさえ、猛勉強せんと入学できない場所や。
もしミクル程度の学力な人物が入学したら、世の中の医療機関は狂ってしまうで?
そうやな、例えるならば手厳しい手術中に執刀医にメスとか訊かれても『私は女だから当然とドヤ顔で答えてきそうやな。
『無理に強調しないで、お嬢ちゃん言われないと分からない? 私はメスよ?』と後輩の看護士を手玉に取るやろうな。
そうなったらもう手術室も荒廃するな。
今は百合の花より、バイパスを繋ぐ人の命が優先だってばー!
モリナカアイスバー!
「ケセラちゃん、大丈夫? 冗談抜きで顔が普通じゃないのですけど?」
「……ケセラの化粧崩れ」
「いやウチはほとんどノーメイクやで?」
「……迷惑にもほどがある?」
「だからどういう耳しとん、メイクや!!」
とりあえずジーラを縛って、全国の女子高生の前に座らせて、この世の理とやらを教えたい。
「メイクはハッピーというものですね」
「自分もハッピーダーンは好き」
「魔法の粉をまぶした病みつきな中毒になるお菓子ですわね」
病みつきの粉とかチョークの粉みたいなこと言ってるけど、あれは石灰やからね。
お節介ですみません。
「おい、お三人さん、話が噛み合ってないで」
この世の言葉に三人寄れば文殊の知恵という有名なことわざがあるけど、三人揃ってもタメになる知恵どころか、話の筋道がおかしな路線でもある三人組もおるということや。
別にハッピーダーンの悪評やないで。
ウチもあの甘辛い煎餅好きやし、好きすぎて好きすぎて、食いながらバク転するという事態も起こるかもな。
それでもって行動力とマジックポイントを消費し、ターンエンド。
まさしくズボラ大戦や。
食事も買い出しもハッピーダーンの購入も執事にやらせるんやで。
食い気のあるミクルらしくめいれいさせろで食い物関連の命令ばかりやな。
多分、そんなミクルの暴言に長続きする執事はおらんやろうな。
おるとしたら食に関心がある彦マロウくらいで『これは七色の宝石箱やー』とハッピーダーンをドカ買いしそうや。
中国の富裕層は煎餅がお好きみたいな。
どんだけ買えば気が済むんや?
「でもまあ良かったやん。これで夢から覚めたやろ? 東大なんてそう簡単には入れんで」
「どうしてですか? 漫画の主人公は底辺ながらも猛勉強して東大に合格したんですよ?」
「あのなあ、勉強の次元が違うわ」
「……フッ、射的の腕が鳴るぜ」
「ルバン・ザ・サード、お祭り屋台バージョンですわ」
いや、次元大スケスケどころではなく、英単語ごときで苦戦してる勉強法とはわけが違う。
冷静に読み返してみ?
笑いあり、涙ありと、漫画の主人公も合格するのに必死やったんや。
夢を叶えることはそう簡単にはできないことや。
簡単に夢を叶えることができたらサラリーマンという職はないはずやで。
「……ミクル、そう落ち込むな」
「ジーラさん」
「……自分も試験に落ちたから問題ない」
「旅は道連れ、世は情けですわ」
「うわあああーん!」
あーあー、心を追いつめるようなことを言うからミクルが大泣きしてるやんか。
同じ友人として情けない気持ちでいっぱいや。
ちなみにジーラは筆記試験は合格やったけど、その後の実技であるパンを作る試験で不合格になった。
リンカに訊いた話によると仲間の受験生たちが作った出来立てのパンを問答無用で食べ尽くしたとか……。
パンの焼き立ての匂いに誘われて、朝食抜きが余程堪えたらしい。
「まあ、リンカは余裕で合格したですわ」
「……流石、底辺校は違う」
「ジーラ、その発言は何ですの? リンカをバカにしてますの?」
「……猿も木から落ちる」
「ムキー‼」
ジーラの挑発にのったリンカが怒って、ジーラに掴みかかる。
そりゃ、そんだけ毒づいたら仲良しこよしでもそうなるわ。
ウチも大学に受かったんやけどと言いたかったけど、言うタイミングを逃したわ。
逃がした魚は大きいで。
あっ、これは肴か……。
ミクルが大学受験に落ちたという強烈な展開から始まった内容でした。
書き始めはものの見事に東大に合格でしたが、あれだけ遊び呆けて余裕で通るなんておかしいのでは? と思いながら、このような流れにしました。
なお、ジーラも受からないのですが、彼女の場合は実技試験が駄目だったという内容にしています。
紙切れの試験よりも食欲に勝るものはなしと思ったのでしょうか。
最早、ヤギさんです。
読み終わったら、ポイントを付けましょう!