『ミーンミーンミーン!』
「今日も暑いですわね」
セミの内なる叫びが響き渡る夏の校内。
私たちはリンカさんの発言を筆頭にお昼休みを前にして、あまりの熱気でダウンしていました。
「こんな時こそ、クールダウンというべきなのでしょうか?」
「ミクル、それ筋肉を休めるという意味やから」
「えっ、脳を休ませるのでは?」
私は意味も分からず、首を傾げる。
脳への栄養源にはブドウ糖のみということに気づいてはいたけど……。
「クールダウン」
私は思いを噛み締めるようにもう一度そのワードを口に出す。
「……横川きよしとクール○ァイブ」
「ジーラ、いつの時代の歌手よ。あんた本当に高校生なん?」
「……ナ○サキは今日も空だった」
「勝手に天空城にするな!」
えっ、都市が宙に浮いたら何が悪いのでしょう。
宇宙空間の無重力による体幹機能の低下、カルシウムの欠乏。
なるほど、ケセラさんの心は年中飛んでいるんですね。
「それよりもケセラさん、私たちは四人ですから、ファイブではなく、クールフォーが正しいかと?」
「はあ……、狂うかなんか知らんが、もう好きにしいや」
皆さん、やりました!
ついにケセラさんの魔の呪縛から逃れ、私たちは自由になったのです!
「……ケセラにきよしの一票を」
「きよしこの夜なクリスマス気分かよう分からんけど、ウチを小馬鹿にしてるのは確かやな」
「……母は強し」
「ウチは未婚やで」
ケセラさんの体から殺気がみなぎっています。
さっきコンビニ限定のうなぎパンを食べたからでしょうか?
「じゃあ、ケセラちゃんこうしましょ。この学校の七不思議でもあるツチノコちゃんに求婚するという形で」
「それ、ウチが追いかけるん?」
「ええ、シャベルと生命保険はこちらで用意するわ」
「何で生命保険もセットなん?」
「ケセラちゃんにも温かい家族がいると思いましたら、ついつい……」
「そんなハードなツチノコ探しなら即座にやめるわ」
ケセラさんがリンカさんから手渡しされたプリントを投げ捨てています。
燃えるゴミはくずかごにお願いします。
「……それにしても暑いですわね」
「あー、リンカ。折角、暑さから気を反らそうと今まで必死にトークを考えてたのに……」
「……逃れられない無人島」
そう、一人で気楽そうに思えて、無人島生活も必死ですもんね。
ジーラさんが喉の奥で唸りながら、島がどうこう言っていますが、リンカさんの援助のもとで島ごと買い占めるのがオッケーかと思います。
「いや、ここ学校だから。ここではウチラ以外に人がいないと見せかけて、実際には生徒はウヨウヨいるから」
「……筆者の力量不足」
「うーん、ちょっと難しい説明やね。その計算式、今出せる?」
「……うむうむ」
ジーラさんが机の引き出しからノートを取り出して、ケセラさんを交えながら、何やら円グラフとかを書いています。
その計算式、私も知ってますよ。
サイン、コシラエ、ターンオブデッドですね。
dead(デッド)くらいですから、血の色みたいな真っ赤なトマトジュースで乾杯でしょ?
「力量不足なら野菜もたんまり食べないといけませんね。きっちり350グラム分」
「ミクル、それ誉め言葉のつもりなん?」
「……趣向が片寄ったカタツムリ」
「そりゃ、ジーラやろ?」
「……デンデン無視ムシ」
「シカトするな!」
ケセラさんの激しい攻撃を前にしてジーラさんは固い甲羅の中に身を潜めてしまいました。
お金がないので緑のマジックで塗った段ボールが甲羅がわりです。
「しかし、暑いですわね……」
リンカさんの言葉で現実に戻る私たち。
「あー、結局そう戻るんかあ」
「……人生とは戻るの繰り返し」
「一歩も進まんのかい!」
千里の道も一歩からの言葉通り、人間とは歩むことによって成長する生き物である。
ケセラさんの千里とは一体……。
『ミーンミーンミーン!』
セミの魂なる声が校内に夏の暑さを伝えてくる。
照らされた太陽、汗ばむ空気。
梅雨は明けたみたいですが、私たちの心はジメジメしたままです。
「しかしエンガワセンセーも厳しいよね。節電だからって授業中しかエアコンつけてくれないなんて」
「……職員室は冷房効き放題」
「そうそう。何なん、この待遇の差は? 貧困層に救いの手すら差し伸べんの?」
「ケセラさん、後ろに……」
「何なん? スズメバチでもセアカコケグモが来たって怖くないで」
ケセラさんは毒を持った相手でも怯むことはないんですね。
「ほお。散々、ワシをコケにした挙げ句にこちらから出てきたら知らぬふりと?」
「えっ、コケコッコなエンガワセンセー!?」
「うむ。残念ながらニワトリではないが、まさかの先生の登場じゃよ」
でも今回は相手が悪かったようです。
ケセラさん、強く生きて下さい。
「そんなにエアコンが浴びたいのなら職員室で今後の方針とやらを色々と語ろうではないか。今年は受験生でもあるからの」
「いやー、ロリコンセンセーに拐われるー!!」
「ほお、家族持ちのワシにそのような言葉を放つとは。ちょっと説教タイムじゃな」
「嫌あー、タイムを計るならグラウンドにしてぇー!?」
ケセラさん、こんな暑い日に世界陸上なんかやったら、それこそ倒れますよ。
『ミーンミーンミーン!』
セミは無慈悲に鳴いている。
ケセラさんに最期のお別れを告げて……。
「今生の別れみたいなこと言うなやー‼」
「……ククク、根性」
「高校生ならぬ、その誤字の多さ。今度、漢和辞典でボコるでー!」
こうしてケセラさんは職員室に連れていかれ、昼休み終了のチャイムが鳴るまで帰って来ませんでした。
本人の話では一杯食わされたらしいです……モグモグ……。
エアコンが効いてない休み時間の教室がテーマな物語でした。
今でこそ、ほとんどの学校はエアコン完備となっていますが、一昔まではそんなものはなく、窓からの空気と下敷きで扇ぐ人力な空気だけが頼りでした。
──そんな中、近年、温暖化の影響で異常気象が続き、校内でも熱中症になる生徒が増加しました。
それにより、続々とエアコンが校内にも設備されていったという状況です。
しかしながらエアコンだけに使うほどに電気代がやたらと上がるため、使用は授業中だけに留めるという学校も少なくありません。
勉学に励む生徒もですが、学校を運営する先生側も大変です。
さて、今回のシリーズではエンガワ教師が大活躍で、ありとあらゆるところで登場します。
元ネタはとある恋愛作品からですが、そのままだとただの枯れ系おじいちゃんになってしまうため、個人的にイカしたイメージでアレンジし、何年経っても元気バリバリのおじいちゃんをイメージしたつもりです。
いわゆるサイボーグジーちゃん的なイメージでしょうか。
しかし、現実ではその設定を上手く生かしきれず、ただの口うるさいおじいちゃんとなってしまいました。
キャラ造りの難しさを改めて知った作品でもあります。
リアルの人付き合いと同じく、人間関係は創作の中でも難しいものですね。
読み終わったら、ポイントを付けましょう!