一月半ば、大学センター試験の日がやって来ました。
この日は危うくも大雪に見舞われましたが、試験会場からの延期のメールなどは送られて来なかったので、予定通り開始するようです。
毎年思っていたのですが、センター試験の日は大抵、大雪に遭いますよね?
雪女の加護でも受けてるのでしょうか?
「あーあー、そんなことよりも急がないと大変ですー‼」
食パンを口にくわえて慌てて髪をブラッシングをする私でしたが、こんな時に限っていつもより寝癖が激しくて中々纏まらないのはなぜでしょう。
私が慌てているのも分かるでしょうか。
時刻は8時過ぎ、どう考えても遅刻だからです。
夜の8時じゃないのが光栄でした。
この前、友達と横原の中華街に遊びに行きましたが、私は時差ボケではないようです。
えっ、そこは海外じゃなくて日本の街やで? と言うケセラさんのツッコミが返ってきそうですが……。
あと、このままだと食パンが食べれないんだけど、漫画のヒロインはどうやってこの食パンをくわえたまま、食すのでしょう。
玉入れのように空中に投げて、口の中に入れるのでしょうか?
それともくわえたまま、消化液というものでジワジワと溶かしていくのでしょうか?
そうなるとすでに人間じゃなくてエイリヴァーンなホラーモードですね。
今度、この恋愛漫画を貸してくれたジーラさんに尋ねてみましょう。
「ミクル、早く下りて来なさい。父さんが車を出すから」
──ミクルの父親がミクルの異変を察したのか、一階から大きな声が響いてきた。
声は大きくてよく通るが、ミクルの父親らしく口調は穏やかである。
「はーい、ちょっとお待ちを‼」
ミクルは親のありがたみに客対応みたいな感謝の返事をしながら、制服のブレザーの上からクリーム色のカーディガンを着込む。
今日は雪だし、試験会場もさぞかし冷えるだろうと彼女なりの策でもあった。
肝心の問題を解くときに寒さ対策をしてないと試験に集中できない恐れも考慮してだ。
また、寒さでお腹が冷えて調子を崩すこともある。
その対応として、お腹にはお洒落なピンクの腹巻きを着けていた。
学生生活で色々なテストを受けてきたミクルなりの経験上である。
ミクルは髪のセットを半端諦めて、黒のニット帽で誤魔化し、手提げバッグに筆記用具やノートなどの荷物を入れて、部屋から一目散に飛び出す。
部屋の中に自分の持ち金を置き忘れたまま……。
****
「……ハアハア……。おっ、お父さん、お待たせ」
「おいおい、そんなに息を切らして大丈夫かい? そうまでして切羽詰めなくても、車なら十分に間に合う時間だが?」
お父さんの言うことも納得だけど、会場でギリギリまで勉強したい気分が勝っていた。
私が受ける大学は狭き門でもある東大。
変な引っかけ問題は少ないが、問題は一部を除いてマークシートではなく、その分、解く実力が試される。
生半可な思いでは向き合えない難関な学校でもあった。
──ミクルの父親が車のハンドルを切り始めて車庫から出る瞬間から、ミクルは英語の単語帳とにらめっこしていた。
彼女は勉強の中でも英語が一番の苦手分野でもあった。
正直、『Take out ok』の読み方も詳しい意味も分からないほどだ。
「これはタケアウトオケな芸人さんの名前ではないですか……ブツブツ」
「……はあー。その調子で本当に大丈夫かね」
──ミクルが小言を出しながら単語帳を捲るのを横目に父親として不安を隠しきれない。
どこを読んだら芸人の英単語が出てくるのだろうか……。
今までミクルの意見を尊重し、自由な方法で彼女を育ててきたが、まさかあの東大に通うと言い出すとは……。
始めは友達から借りてきた漫画の影響だろうと大人しく見守っていたら、彼女の本当の意思の強さに気付いてしまい、このようにため息しか漏れてこない。
ミクルが幼い頃に母親が病死してから、父親として娘との接触に悩みながら、彼女の好きなようにやらせてみればこれだ……。
私は父親失格なのかも知れない……。
父親としての威厳も出来ずに、ただ寄り添って作り笑いを浮かべるだけで……。
「お父さん、お父さん」
「何だね、まだ会場には着いてないが?」
「ちょっとあのコンビニで停めて……」
ミクルがモジモジと顔を赤くしながら父親に催促してくる。
ああ、言わなくても知ってる。
女の子は色々あるんだろ。
母さんもそうだったもんな。
「分かったよ。お手洗いかい。今は間に合っても、場合によっては時間が迫る恐れもあるから手短にな」
父親がハンドルを右に切り、雪道にも関わらず綺麗にドリフトをかけながら、狭い駐車場に器用に停めた。
最近のスノータイヤとやらは便利なものである。
すると今度はミクルが両手を握り締め、父親の前にぐぐっと迫ってきた。
「お父さん、お願い」
「こっ、今度は、なっ、何だい?」
「お父さん、お財布ちょうだい。朝ごはん買うから」
「ははっ……当てが外れたか……」
この歳にもなって娘からの告白もないかと思ったミクルの父親は、髭面のあごをポリポリと掻き、苦笑いをしながら手持ちの長財布を手渡す。
バレンタインまで一月もあるしな。
でも正直言わせてもらうが、自分の子供なのに娘の考えていることが分からない。
最近は特にだ……。
「あと……」
「何だい? 財布には多目に入れてるから好きなだけ朝ごはんを買ってきなさい」
そう、私的には娘は頑なに縛らずに自由な方針に育てたい。
私自身が幼少の頃に厳しく育てられたのも理由だし、何より女の子だから、のびのびと育てたかった。
それが今さらになって無謀に思えてしまう。
やっぱり放任主義という考えは時代的にも古いし、失敗な育てかただったのか?
(冴えない娘の育てかたより)
「えっと、お昼ごはんとオヤツも買っていい?」
「……」
私は呆れて声も出ない。
ああ、色気よりも食い気な年頃だったな。
もう我が娘よ、煮るなり焼くなり好きにせい……。
****
「──それでは問題用紙を伏せたままで解答欄に自分の名前の記入をお願いします」
「ううっ……」
どうしよう……。
ご飯の食べ過ぎでお腹が痛いです。
校内の売店には薬も販売してましたが、財布も家に置き忘れたままですし、お父さんに買うのをお願いしても試験中はスマホも使えないし……これは詰みました……。
どうなる、私の運命ー‼
ジャジャジャジャーン‼
(ベントウベン交響曲、運命)
前回の話より、一ヶ月前にあたる大学のセンター試験の内容です。
この話では四人で仲良くお笑いトーク? をする流れではなく、ミクルとミクルの父親との会話がメインとなっています。
ここで百合小説に混じって、新たな男性陣が絡みますが、まあ、父親だからオッケーだろうと思いながら執筆しました。
その結果、いつも以上に筆がノッて、さほど苦労もせずに書き上げました。
ちょっと過保護な父親ですが、娘に弱いのはしょうがないということで王道なパターンですね。
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