「あーあ、びしょびしょに濡れちゃったね」
「ええ、偶然にも部屋が空いていて良かったです」
ついに来てしまった。
この状態でこういう店に入ってしまうとは……。
指先で軽く髪を触りながら思う。
結構濡れたせいで髪型乱れてないかな……?
まあ、どうせ声出して動いていれば乱れるか。
「ねえ、ジーラさんもそう思わないですか?」
「な、なななななっー!?」
ミクル、顔が近すぎ。
驚きのあまり、声にもならない悲鳴。
もう一緒にするなら、部屋に入ってからにしてくれ。
「それにしてもさ、リンカって意外やね。お嬢様育ちだからこんな所には来んと思ったわ」
「心外だわ、ケセラちゃん。リンカはここに来てしょっちゅうやってるわよ」
「リンカさん、家では満足できずにこのようなお店で……大人ですね」
「そうやな。ミクルと来るのは問題やけどな」
「ああーん? ケセラさあーん?」
ミクルの逆ギレはともかく、リンカはそれなりに小遣いを貰う小金持ちだからね。
こういう場所でも余裕でお金出してくれる……ありがたやー。
「いらっしゃいませ。四名様でよろしいでしょうか?」
「はい、そうですわ。みんな揃って一つの部屋で」
「かしこまりました。こちらの帳面にサインをお願い致します」
女性店員の指示通り、リンカが慣れた手つきで帳面に名前を記入する。
四人で一つの部屋を共有とはいえ、このような場所は意外とお金かかるし、高校生が中々入れる場所じゃない。
ここにイキ慣れたリンカだからこそできる芸当だ。
「お待たせ致しました。それではこちらがお部屋のキーになります。ごゆっくりどうぞ」
リンカが長細い棒に付けられたキーを手にして、先頭となり、部屋を案内する。
「ここよ、入るわよ」
リンカが部屋に入るなり、自分もドキドキしながらみんなと部屋に入る。
ついにみんなとの密室での遊びが始まるんだー!
****
「さあ、ミクルさんも一緒にどうですか?」
ミクルが先端が丸い黒い棒を自分に突き立てる。
いや、その場のノリでここに来たわけで、今の自分はそんな気分じゃない。
「ジーラもノリが悪いわね。リンカなんていい声出してるのに」
「……自分で言うんか、このお嬢」
「あら、悪いかしら?」
リンカがテーブルに腰を下ろして、リンゴジュースの入ったストローをすする。
「そう言いながら声がガラガラやわ、リンカ」
「あははっ。ケセラちゃんの言う通りだわ。ちょっと叫びすぎたわね」
リンカがハスキーなボイスで自分たちに笑いかける。
あまりの気持ちよさに天にも昇る心地で叫んだことに後悔は微塵も感じないようだ。
「リンカさん、次は私が歌ってもいいですか?」
「ええ、ミクルちゃん。よろしいわよ」
そう、自分たちはカラオケボックスに来てる。
朝方はよく晴れていたのに、下校時に突然の大雨で制服が濡れ、仕方ないから近くの店で雨宿りの目的で来たのがここだった。
最近、晴天続きだったけど、まだ梅雨は終わりじゃないらしい……。
えっ、紛らわしい?
何を想像してる?
ここは全年齢対象の小説だ。
そう言う小説の話ならミットナ……(自主規制)
「……もう、水○納豆でいいのだ」
「えっ? ジーラさん?」
「……いや、何でもない」
大丈夫、自分が普通の人と違ってハズレているのはいつものことだ。
備え付けのタブレット端末を持って、いそいそと軽食の注文をする自分。
「ケセラさん、私たちも何か注文しませんか?」
「ミクル、そんなんより次の曲来るで」
「あっ、私の出番でしたね」
ミクルがマイクを両手に握りしめたまま、大きなスクリーンに体を向ける。
流行りのジエーポップというビールの銘柄みたいな曲を好むリンカや、ガールズバンド好きな子ギャル満載なケセラときて、この娘はどんな曲を歌うのか?
自分の興味は歌よりもそこにあった。
『チャラララー、チャラララー♪』
へっ、この緩やかで哀愁漂うメロディーは……。
「草野駅のー、新幹線ー、乗った時からあー♪」
あの清純派女性なミクルが、まさかのバリバリの演歌かよ!?
「山森駅はあー、海のおー、中あぁぁーん♪」
しかも音程がバラバラでド下手……。
スピーカー越しからの歌声に頭の中がおかしくなるぅ!?
カラオケの醍醐味とは何だ。
好きな歌を自由に歌えるからか?
それは時に大いなる反響を生み、時にこのような大きな反響音を呼ぶ。
「……地獄絵図」
「ミクルちゃんも中々やるわね」
「だからウチはここに入るのは止めたんよ」
ここに入る前に言ってたあの二人のやり取り、冗談かと思っていたけど……。
「凍えてるぅー、アヒル眺めぇー、叫んでましたぁー♪」
ああー、アヒージョどころか、こっちの方がアヒーと叫びたくなる。
自分らはミクルの暴走機関車を前に、ただ耐えるしかなかった。
「……次回は耳栓必須」
「いんやジーラ、こんな爆音じゃほとんど効果ないんよ。だから普段はミクルとは歌うために店には来んで……」
「特に密室なんで、逃げ場とかないしな……」
だからミクルが言っていた自宅でカラオケが主流だったのか。
「ケセラちゃんも苦労してるのね」
「……うるうる」
「おい、春から来たばっかの転校生が分かったように泣くな」
「青春ですわねー」
「おい、リンカ。青春はやめろ」
自分はミクルサウルスの奇声を聞きながらつくづく思った。
次からはカラオケボックスに行く時はミクルがいる場合はノータッチで、ずぶ濡れになってでも家に直行しようと……。
タイトルからも察する通り、今回はちょっと色気を交えたお話にしました。
ここでいつもの作風でいけば、アダルトな展開になりそうですが、この作品以降から万人向けの作品作りのスタイルに変え、実はカラオケボックスという設定にしています。
四人のキャラがそれぞれの持ち歌を披露する場面は作品を作るうえでやってみたかったことでもあり、比較的楽に執筆できた内容でした。
当初はミクルが歌が上手すぎるという設定でしたが、それでは他の三人と被って面白味がないという理由から音痴な方向性に変えました。
しかも曲はバリバリの演歌ときたものです。
ミクルの新たな一面が発掘できました。
前半はアダルトっぽく攻めて、後半はそれを裏返すお笑いな二層の展開。
中々面白いお話に纏まって良かったなと実感しています。
読み終わったら、ポイントを付けましょう!