「勇くんは、僕と付き合うべきだと思う!」
いつもの下校路。久々に一緒に帰ることができた幼馴染の日笠勇耳《ひがさゆうじ》に向かって、僕は勇気を振り絞って言った。それから、恐る恐る、隣にいる勇くんの方を窺う。
純日本人という感じの黒髪が無造作に整えられ、焦げ茶色の瞳がクラリンと輝いている。やや吊り上がった目尻が鋭い印象を与える一方で、どことなく優しげな雰囲気も漂っていて、ベストマッチだ。
最高にかっこいい勇くんは、二年生であること示す青いネクタイをグイグイっと緩めながら、大きく溜息を吐いた。
「俺のあまりのモテなさが、とうとう歩《あゆむ》にまでそんなことを言わせちまうとはな……」
心底嘆かわしそうに、勇くんを言う。心なしか眉間に皺が寄っていて、これはこれでグッとくる。真剣な顏の男の子って、イイよね!
なお、歩とは僕のことである。如月歩、だ。二月に生まれていないことが悔やまれる。
閑話休題。
勇くんは、自分がモテないことを嘆いている。でも、こんなにかっこいい勇くんがモテないはずがない。だって勇くんはかっこよくて……じゃなかった。今言うべきは、そこじゃない。
「むぅ……別に、勇くんに気を遣ってるわけじゃないよ?」
「気を遣ってないなら、なんだ?」
「言葉通りだよ!」
あまり大きな声を出すと目立っちゃうけど、聞き分けの悪い勇くんを納得させるにはこうするしかない。お腹から声を出すと、勇くんは目を丸くした。
「言葉通りっつうと、俺と歩が付き合うってことか?」
単刀直入だった。いや、僕は端から単刀直入だったけど。でも、目力の強い勇くんにはっきり言われてしまうと……その、ほら、ね? 恥ずかしくなってくるというか……。
春の涼しい風を以てしても冷えないほどに、ほっぺが火照っていくのを感じる。というか、どうしよう、これ。恥ずかしすぎて勇くんに顔を見せられない。
「ぁぅ……」
ここは僕もはっきり答えなきゃいけない場面なのに、つい顔を逸らしてしまった。まったく、僕は本当に意気地なしだ。ちゅぺっと自分の手で顔を包んで、少しでも火照りが取れないかとマッサージしてみる。
「おい。何だよその反応」
「な、ななな何でもないもんっ! ちょっと待ってて!」
「お、おう……」
ふぅ、ふぅ、ふぅ。
これでも、結構僕は頑張ってるんだよ。恥ずかしすぎてキャパオーバーになりそうだ。勇くんに肩を掴まれたせいで、そっちの方からも熱が伝わってきてる感じがするし……。
――でも。
ここでギブアップしたら、今後も逃げ癖がついちゃうに決まっている。逃げるは恥だし、役にも立たない。命短し恋せよ乙女、常時背水の陣なら無敵だぞ。
「ふぅ。ごめん勇くん、待たせたね」
「いや、別にいいけどな。ほれこれ」
何てことない様子で首を横に振ってから、勇くんは僕にペットボトルを差し出してきた。250mlの、甘いミルクティー。僕が大好きなやつだ。
「顔赤いし、体調悪いんじゃないかと思ってな。生徒会の仕事、忙しかったんだろ?」
「う、うん」
どうしよう勇くんがかっこよすぎるよ。大大大大大好きっ!
確かに僕は、新年度が始まることもあって生徒会の仕事で忙しかった。つい先日行われた一年生向けの部活紹介の取り仕切りとか、ちょっとむっとなるくらい大変だったんだ。けど、それを勇くんが見ててくれるなんてっ!
「ゆ、勇くんは何なの? イケメン共和国の公使なの?」
「そこはせめて大使がよかった」
「大使のやりとりはしてないの! 勇くんのかっこよさが明治時代級だから」
「喩えが分からなすぎる」
「むぅぅぅ」
伝わらないよ、この気持ち。勇くんのかっこよさを共有できるのは、やっぱりあの子たちだけなのか……悔しいけど、本当のかっこよさは本人には見えないようにできてるものだしねっ。
こめかみに手を当てて困惑の色を浮かべる勇くんは、それはそれでかっこいい。でもでも、このままだと僕がやられっぱなしで本題に入れないのでスルーです!
「こほん。と、とにかくお茶は貰うね。ありがと、勇くんっ!」
「…………」
おかしい。勇くんが、そっぽを向いてしまった。さっきの僕よりはマシな状態だけど、唐突のことすぎて謎だ。
「勇くん、どうしたの?」
「…………いや、別に何でもない。うん、何でもない。むしろ何かあったらダメなんだ」
「そうなの? 別に何にもないならいいけど」
勇くんは、咳払いをしてから僕の方を向いてくれる。ちょびっと様子が変な気もするけれど、体調は悪くないと思う。なら……あ、そっか。
僕はペットボトルを開けて、勇くんに差し出す。
「はい、勇くん。これ飲んだら、少しは落ち着くかもよ?」
「ん、そうか。そうだな、貰うわ」
「うん! まぁ、勇くんがくれたやつだけどね」
貰い物で人助けをするなんて誇れることじゃないけど、甘いものを飲んでリフレッシュしてほしいと思う。
勇くんが、ペットボトルに口を付ける。ごくり、ごくり。男の子らしくミルクティーを飲んでいく様は、なかなかに絵になる。
「さんきゅ、少し落ち着いた」
「ううん、落ち着いたならよかったよ」
勇くんがペットボトルを返してくれる。流石はミルクティーだ。この調子で、僕も本題に踏み切るためにミルクティーを――
「ちょ、ストップ!」
「うわっ。どうしたの?」
「どうしたの、じゃなくてだな。それを飲むと、ほら。間接……だろ?」
「間接?」
間接って、なんぞ? 勇くんは顔をまたさっきみたいに様子がおかしくなってるし。とりあえず、ミルクティーを飲むとまずいってことは分かったんだけど。
ヒントはペットボトル、ミルクティー、間接。ここから導き出される答えは――って!
「かかかかか間接キスっ!?」
「おま、大声で言うなよ」
「う、うぅぅぅ。だって、だってぇ!」
僕はとんでもなく大胆なことをしてしまった。そりゃ、間接キスはあくまで間接だ。高校生にもなってそんなことで騒ぐのなんて子供っぽいことかもしれない。でも、僕や勇くんのような初心初心高校生にとってはメガトン大きい。
「恥ずかしいよぉ」
「ま、まだ飲んでないんだしいいだろ?」
「そうだけどさぁ……」
未遂でも、恥ずかしいものは恥ずかしい。それが恋する僕なのだ。
でも、僕はそこでふと気付く。僕はともかく、勇くんまで恥ずかしそうなのはなんでだ……?
興味がない相手との間接キスでドギマギしたりはしないはずだ。男子高校生にはそういうところがある。普段は友達とはペットボトルの回し飲みを平気でするくせに、意中の相手との一回の間接キスには頭が真っ白になっちゃうのだ。
ということは、だよ?
勇くんは、僕のことを少し意識してくれてるんじゃないか?
「こほん。勇くん、ここからは真面目にお話をするとしましょう」
「何だ、いきなり。さっきまでの大混乱な態度はどうしたよ」
「うっさい! それは勇くんも同じでしょ」
勇くんは意地が悪い。そういうところも好きだけど、よくないと思うのです。まぁ、それはともかく。
少しだけ背筋を伸ばした僕は、改めてさっき言ったことを繰り返す。
「勇くんは、僕と付き合うべきだと思う」
「……は?」
勇くんは、顔を顰める。でも、ここは止めずに押せ押せGOGOするのだ。
すぅ、と深呼吸をしてから続ける。
「いい、勇くん。僕は勇くんの幼馴染だよね?」
「そうだな。幼稚園の頃からの付き合いだ」
「そうそう! 夏ヶ丘幼稚園のほしぐみ!」
それから、小・中・高と僕らは一緒だった。だから僕らは正真正銘の幼馴染だ。昔の勇くんのことも知ってるし、家族ぐるみでの付き合いだってある。
「でもって、僕は勇くんの婚約者だよね!」
「うん? 歩、何言ってるんだ?」
「何って、幼稚園の頃の話だよ!」
むぅ。
勇くんは忘れてたらしい。確かにすっごい前のことだけど、だからってこんな大切なことを忘れられたら悲しいよ。
「幼稚園の頃に、婚約?」
「うんうん。あれはそう、皆でキャンプに行った時だよ」
――僕と勇くんと、それぞれの家族とで行ったキャンプ。
その時に、こんな話をした。
『ねぇねぇ、ゆーくん! おっきくなったら、ぼくとけっこんしよ!』
『ふふーん、いいぜ! あゆむはかわいいからな。おれがおまえのだんなさんになってやるよ!』
『やったっ! ゆーくん、だいすき』
それを聞きつけた僕の家族と勇くんの家族も、ノリノリで僕らのことを応援してくれた。そして、僕らは婚約をしたのだ――
「いやそれ子供の頃の話だろ!?」
「ちっちっち。小さい頃からの婚約だなんて、青春ラブコメではありがちな展開だから有効だよ、有効」
「ぐっ……俺も婚約者キャラ好きだから文句言えねぇ」
婚約者が好きだって!!!!!
気分は今すぐその場に跳び回りたいけど、僕は我慢する。何せ、僕にはまだとっておきの切り札が残されているのだ。
「更に! 僕は勇くんの元恋人だ――」
「おい待てこらぁ! そ・れ・は、小学校の時だろ?」
「でも立派な事実だもん。勇くんと付き合ってた一か月、僕は今でも忘れはしないよ」
それはそう、小学二年の夏休みだった。少しずつ友達が色恋の話をするようになった頃に、僕らは付き合ってみることにしたのだ。
もちろんその頃はまだ子供で、折角付き合ってるっていうのに何にも特別なことをしなかったわけだけど。
しかし、どうも反応が悪い。最後の最後、イカサマ級の隠し札を僕は使うことにした。
「加えて、僕と勇くんは義理のきょうだいだよね?」
「……そうだな」
勇くんは少しだけ曖昧そうな顔をする。その理由は分かってる。僕に気を遣ってくれてるからだ。本当に優しい。
僕のお父さんは僕が小学校高学年の時に、家を出ていった。不倫だ。当時の僕は、お父さんへの怒りを感じていた。でも、それを変えてくれたのは勇くんのお父さんである。
勇くんのお母さんは、勇くんを産んだと同時に亡くなった。シングルファーザーで勇くんのことを育てていた勇くんのおじさんは、僕のお母さんを支えてくれたのだ。そして――なんとつい最近、ちょうど僕らが高校二年生となる頃に再婚したのだ!
そんなわけで、僕はもうなにも気にしていない。勇くんのお母さんには心からお祈りしたいけれど、マイファーザーについては知らんぷりだ。ついでに、勇くんと義理のきょうだいになれたので、勇くんのお父さんにはサムズアップしまくりたい。
なお、流石にこのタイミングで苗字が変わるのは複雑な家庭状況を如実に表してしまうので、僕はお母さんの旧姓、如月のまま学校に通っている。
「僕は別に気にしてないからいいんだよっ? むしろ、勇くんと義理のきょうだいになれて嬉しいんだから」
「うっ……オッケー、分かった、もういい。それで何なんだ?」
ふふふー、ちょっと照れてる。誕生日的には勇くんの方が弟だからね。照れるがいいのですよ!
閑話休題。
「だからね、幼馴染で婚約者で元恋人で義理のきょうだいっていう、『それまで負けヒロインだと思われてたけど最近、むしろ勝ちヒロイン化している属性』を兼ね備えてる僕と、付き合わないなんて選択肢なんてないと思うの!」
オタクカルチャーに於いて、特に青春ラブコメでは『負けヒロイン』と『勝ちヒロイン』が明確に存在する。そして僕が兼ね備えている属性は全て、今までならば前者が持っている属性だった。
でも時代は変わった。幼馴染を愛する者は幼馴染が絶対に負けないようなラブコメを書くし、婚約者の尊みを知る賢者は婚約者をメインヒロインに据えて物語を紡ぐ。元恋人っていうそれまでならヒロインにすらなれなかったキャラですら、今やメインヒロインになる時代だ。義理のきょうだいなんて、当然のように勝つる。
ならばこそ、僕はスーパーかっこいい勇くんと付き合うのにふさわしいのです!
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