プリムスの伝承歌

-宝石と絆の戦記ー
流飴
流飴

第3曲 結びの伝承歌

第30話 追憶

公開日時: 2021年1月7日(木) 22:30
文字数:1,640

「ヴァレンス・コーネット様ご帰還でございます!」


 謁見室の重圧な扉が開かれると、金の短髪に髭をたくわえた風格のある男性が姿を現す。


 最近ルナーエ国の国境線付近で、南の隣国オリヴェート国に不穏な動きがあった。そのためコーネット卿が警備に配置された。

 小競り合いが起きるのかと思っていたが杞憂だったようだ。


 今日は国境警備の遠征から帰還したコーネット卿の報告を聞くために謁見へ同席している。

 彼は赤い絨毯じゅうたんの上を堂々と歩く。母上のいる上段近くまで来ると、うやうやしくひざまづいた。


「陛下ご機嫌麗しゅうございます。ヴァレンス・コーネット。帰還いたしました」

「コーネット卿。長い遠征ご苦労でした。楽になさい」


 コーネット卿は顔をあげると遠征の報告を始めた。

 オリヴェート国軍は国境線付近まできていたようだ。しかしコーネット卿が配備についてから一週間ほどで撤退したらしい。

 他国にも名将校コーネット卿の名は知られている。うかつに手は出せないだろう。

 その後二週間、警備についていたが何事もなく任期を終えたそうだ。


「あなたが警備についてくれたおかげで、オリヴェート国軍は撤退したのでしょう」

「もったいないお言葉ありがとうございます」

「ご家族も待っていますでしょう。しばらく休暇をとって一緒にいてあげてください」

「ご配慮、感謝いたします。陛下と騎士団長のめいでしたら、いつでもはせ参じますので、ご任命ください」


 コーネット卿の力強い言葉、堂々とした振る舞いに頼もしさと憧れを感じていた。

 父上がコーネット卿から報告書を受け取り、謁見は終了した。扉が閉まると母上は僕たちにほほ笑む。


「リア、セラ。ご苦労でした。下がっていいですよ」


 母上の言葉を聞くと、セラはルシオラをつれて足早に謁見室を出ていく。隣にいたセラは終始そわそわしていて笑ってしまいそうだった。

 セラの行動を見て母上と父上は苦笑している。


「本当、セラはコーネット卿の話が好きですね」

「リア。セラのことを見てきてくれ」

「はい。かしこまりました」


 母上と父上に会釈をして、クラルスとともにセラのあとを追った。


 セラはコーネット卿が遠征へいったときの話が好きだ。いつも謁見が終わったあとに呼び止めている。

 特に、景色や動物の話が好きでセラは目を輝かせていた。

 僕もコーネット卿の話は好きだが、気を使って遠慮していることが多い。

 さきほどのように僕がセラと一緒に出ていかないと、「セラを見てきて」という名目でコーネット卿の元へいかせてくれる。


 一階へ降りると案の定、階段近くの回廊でセラはコーネット卿を捕まえていた。

 セラは僕を見ると手招きをする。わざと呆れた表情をしてセラたちのそばへ歩んでいく。


「リア! 遅い!」

「”遅い”じゃないでしょう。コーネット卿。毎回遠征のあと、お疲れですのにすみません」

「いいのですよ王子殿下。こうして遠征のあと、おふたりとお話できることは私の楽しみですから」


 コーネット卿は嫌な顔をせずに毎回話をしてくれる。それに僕も甘えてしまって、いつもセラと一緒に遠征の話を聞いていた。


「クラルス。ルシオラ。ふたりとも立派に護衛任務を果たしているな。教え子が成長してうれしいぞ」

「コーネット様。また剣術のご指導よろしくお願いします」


 クラルスの言葉にコーネット卿は笑みを浮かべる。


「もう私はお前たちには敵わないぞ。年は取りたくないものだな」


 ルシオラは苦笑しながら言葉を紡いだ。


「何を仰っていますかコーネット様。私たちはまだまだ教えてもらいたいことがたくさんありますよ」


 クラルスとルシオラはコーネット卿のことをとても慕っている。

 人柄の他に戦の面では指揮の的確さや臨機応変の対応に、母上と父上も頼りにしていた。

 剣術も戦いが専門である星永せいえい騎士に負けず劣らずだ。近々、星永騎士の称号も与えられるのではないのかと噂になっている。


「コーネット卿! 中庭でお茶をしながら、お話きかせてください!」

「えぇ。僭越せんえつながらご同席させていただきます」


 セラは急かしながらコーネット卿を中庭へと誘った。

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