次の日、太陽が真上に昇ったころ、星影団の団員は兵舎内の庭に集まっていた。これから五人ずつ半刻ずれて城塞近くの森へ向かう。
団員を見送り、僕たちは最後に兵舎を出ることになっている。
頭上からカルムの鳴き声が聞こえた。今朝からカルムは、ほとんど休むことなく飛んでいる。
「カルム。おいで!」
リュエールさんが呼びかけると急降下して、彼女の曲げた腕に止まった。足には手紙がくくりつけてある。
リュエールさんが手紙を取ると、カルムは用意してあった桶に飛び込んだ。桶の中には薄く水が張ってあり、カルムはばしゃばしゃと水しぶきを上げながら水浴びをしている。
「わっ! カルムすごい水浴びの仕方」
「体温を下げているのですかね」
カルムが羽ばたくたびに、こちらまで水が飛んできた。ひととおり水浴びがおわったところで、リュエールさんから預かっていた餌をカルムの前に差し出す。
「朝からお疲れさま。ごはん食べる?」
カルムは高い声で鳴くと、僕の手に乗っている豚肉を取り上げて食べ始めた。
僕の横でシンがカルムをじっと見ている。
「カルム便利だよな。早馬だけだとこんな密に連絡取れないぞ」
「魔法でも”遠隔精神反応”という遠距離で意思疎通できる魔法がある」
「なにそれ! どうやるんだよ!」
ルフトさんの魔法説明にシンが喜々としている。しかし、星影団のなかで誰も使っている様子はなかった。
「遠隔精神反応は高等魔法だ。魔力消費も激しいうえに精神力も削られる。おまえみたいな魔力垂れ流しには二十年早い」
「ぐっ……。言い返せない」
「魔法の応用力が高いリュエさえできないんだ。そんなことを練習している暇があるなら剣術か付与の基礎でも磨け」
ルフトさんは追い打ちをかけるようにシンに言葉を投げつけた。リュエールさんは彼らのやりとりを見て苦笑している。
彼女は手紙を書き終えると、カルムの足へくくりつけた。
「スレウドのところにお願いね。この作戦が終わったらいっぱいご褒美あげるわ」
リュエールさんの言葉に応えるように鳴き声を上げると空高く舞い上がる。カルムは拠点の方角へ飛んでいった。
「さて私たちも出発しましょうか」
緊張と不安で自分の身体が強張っているのがわかった。彼女は僕の顔を見ると苦笑する。
「リア。そんな顔しないで。ガルツを捕まえるために最善を尽くしましょう」
「リア様。何があってもお守りしますのでご安心ください」
ふたりは僕を安心させるように優しく声をかけてくれた。クラルスとリュエールさんのために作った笑顔をはりつけた。
昨日から言葉に表せない不安がずっと心のなかでうずいている。
彼女の号令とともに僕たちは城塞へ足を進めた。
太陽が山の向こうへ消えようとしているとき、城塞近くの森へ到着する。先に着いていた団員からリュエールさんへ伝達。周辺の森にミステイル王国の伏兵はおらず、まだガルツも城塞に滞在しているそうだ。
これから作戦開始の時間である明け方まで身を潜める。
城塞の中は確認できないが、特に兵士や騎士が動いている様子はなく、静寂を保っていた。
この中にガルツがいる。それを思うだけで胸がざわついていた。
真夜中。月明かりに照らされたひとりの人影が城塞から森へ向かってきた。服装を見ると騎士の衣服をまとっている。ランシリカの騎士のようだ。
ルフトさんは彼に近寄り、短い言葉を交わす。すぐにリュエールさんの元へ戻ってくると声をひそめた。
「リュエ。手引きは問題ない。ガルツがこちらの動きを察知している様子はないそうだ」
「わかったわ。予定どおり作戦は明け方に決行よ」
ガルツを捕縛する作戦は決行される。リュエールさんの言葉に心臓の鼓動が早くなるのを感じた。
夜襲があったあの日以来、ガルツとは面と向かって会っていない。彼と対面したとき、冷静でいられるだろうか。
今もまだ鮮明に覚えている。無数の矢に射貫かれた父上。心臓に矢が突き刺さった母上。大切な人たちを奪った元凶がすぐ近くにいる。
いつのまにか呼吸が浅くなっており、苦しくて胸を押さえた。
「……リア様!?」
「リア。大丈夫か?」
隣にいるクラルスとシンが心配そうに僕を見つめている。
「だ……大丈夫。緊張しているのかな」
呼吸を整えるために深呼吸を繰り返す。こんなことで動揺してはいけない。目を瞑り、精神を集中させる。
不意にリュエールさんがしきりにあたりを見回した。何かを探しているような仕草だ。隣にいたルフトさんに小声で話す声が聞こえる。
「ルフト。カルムがどこにいるのか見える?」
「いや。森の中だからカルムはわからないんじゃないのか」
「ここにいることはわかっているはずよ。何かあったのかしら」
まだ深夜なので月明かりだけではカルムを見つけることはできない。カルムは夜行もできるので姿を現さないことが不安なようだ。
カルムの姿を見つけることができず、時間が刻々と過ぎていく。
東の空が青白くなりはじめた。あたりは明るくなり、城塞が視認できるようになる。鳥もまだ鳴き始めない静寂の刻。
緊張であたりの空気がぴんと張りつめていることがわかった。リュエールさんは不意に立ち上がり、城門を凝視する。
そのとき、重圧な城塞の門が鈍い音を立てながら左右に開いた。それを合図にリュエールさんは声を上げると、星影団は城塞へなだれ込む。
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