ゆっくりとリリアナさんがこちらを向いた。彼女の口は薄笑いを浮かべている。
彼女の言動がおかしい。
なぜ”今宵”と断言したのだろう。
突然、視界が歪み身体の力が抜けてる。僕は椅子からずり落ち、床に転がった。
「……身体が……」
頭上からリリアナさんの含み笑いが聞こえてくる。声を出そうとしたが掠れてうまく言葉が出ない。
彼女は僕を軽々と抱きかかえると寝台へ放り投げた。僕の解いてある髪が寝台へ散らばる。
「やっと手に入れた。最高のお人形」
「……リリアナさん。……どう……したのですか……」
「私は、綺麗な子を愛でるのが好きなの。これが私のみせたいものよ。見て、私の収集したお人形たち」
彼女は寝台近くの布を少し左へ引く。大きな硝子の入れ物に人と同じ大きさの人形が何体も飾られていた。
よく見ると人形ではない。綺麗な服を着せられた本物の人間だ。
「色々な国や街でお人形をたくさん作ってきたわ。それでね。この国の王都を訪れたとき王子と王女を見てお人形の素材に最高だと思ったわ。雪のような美しい銀髪。太陽のような煌びやかな赤髪。ふたりをお人形にしたくて仕方なかった」
「人形……?」
「私の手で美しい外見のまま時を止めるのよ。老いて美しさが損なわれる前にね。あなたも……今からそうしてあげるわ」
リリアナさんの顔は狂喜で塗りつぶされている。彼女の言動で悟った。この事件の犯人はリリアナさんだ。
彼女は、引いた布を元に戻すとゆっくりと僕のもとへ歩いてきた。
「あなたが屋敷にきたときは興奮したわ。どうやって護衛から離そうかずっと考えていたのに、まさかひとりであんなところにいるだなんて……運がいいわ。最高だわ」
リリアナさんの豹変に恐怖を感じた。リリアナさんは僕の散らばっている髪を弄ぶ。髪に口づけをしたあと、僕の上に覆い被さった。
「そんな心配そうな顔をしないで。しばらくは生き人形として一緒に旅をしましょう」
彼女は僕の耳に顔を近づけると耳たぶを甘噛みした。生暖かい舌が首筋を這い、肌が粟立つ。
嫌悪感がせり上がり、吐き気がした。
「や……めて……ください……」
リリアナさんを押し退けたくても身体に力が入らず、されるがままだ。
彼女が淹れた紅茶に薬が入っていたのだろう。まさか自分がリリアナさんの標的にされるとは思っていなかった。
彼女がぼそりと耳元でささやく。
「あなた、この国で王子という立場でありながら忌み嫌われているそうじゃない。可哀想な子」
リリアナさんの言葉に心臓が跳ねる。チェルシーさんの侍女として働いている間に僕の噂を聞いたのだろうか。
「王子でなかったら皆あなたのそばにいないでしょうね。必要なのは肩書きであってあなた自身ではないのよ。あの護衛も王子でなければ一緒にいなかったでしょう。本当は誰にも愛されていない」
心に痛みが走る。彼女の言葉を否定したかった。しかし、心のどこかでそう思っていたのかもしれない。
この国の王子という立場だから同情して優しくしてくれるのではないのか。仕方なく一緒にいるのではないのか。不安を煽られ表情が歪む。
リリアナさんは口元を三日月に変えた。彼女は続けて言葉を紡ぐ。
「あなたは今夜すべてを投げ出してこの国から亡命したことにしておくわ。この先、私があなたを愛でてあげる。そして、私しか考えられないようにしてあげるわ」
彼女は僕の首筋に思い切り噛みついた。あまりの痛さにおもわず身体が仰け反る。
「痛いっ……!」
身をよじることしかできず、痛みに耐えるしかない。彼女の歯がりぎりぎと肌に食い込んだ。
リリアナさんの口が離れると噛まれた箇所がずきずきと痛む。彼女は恍惚の表情をしていた。あまりにも異常な行動に身体が強張る。
「さて、お人形は私が作った服に着替えましょうか」
リリアナさんが服の留め具に手をかけた。
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