「……つけられていますね」
「うん。何人かな?」
「間違えても振り向いちゃだめよ。気取られないようにね」
明らかに僕たちを追う気配がする。人数は把握できないが、複数人につけられていた。
リュエールさんは何度か同じ路地を歩いている。何か考えがあるのだろうか。
「この先を右に曲がったら、左に路地があるわ。そこまで走って」
右に曲がった瞬間、彼女は立ち止まり僕たちの背中を押した。僕とクラルスは戸惑ったがリュエールさんの指示どおりに走る。それと同時に追ってきていた足音も走り出した。
彼女に言われた場所を曲がると、その先は行き止まりだった。
「リュエールさん! 行き止まりですよ!」
僕たちは引き返そうと、慌てて身をひるがえす。まだ追っ手はきていない。
しかし、あとから来たリュエールさんが、木箱の上にあった水瓶に腕をあててしまった。水瓶は木箱から落ちて、大きな音とあたりに水が撒き散らされる。
音を聞きつけたのか、男たちが道を塞ぐように現れた。ばしゃばしゃと水を踏みながら路地へなだれ込んでくる。
クラルスは僕とリュエールさんを庇うように前に出た。
「おまえたちお尋ね者の王子と護衛だろう。大人しく一緒に来てもらおうか」
「あなたたちには指一本触れさせませんよ!」
クラルスが剣に手をかけたとき、リュエールさんは手で制して前に出た。何をするつもりなのだろうか。
「あなたたち誰の差し金?」
「俺たちがそれを答えると思うかい、お嬢さん」
「そう、ならいいわ」
彼女は男たちに近寄っていく。先頭にいた男が剣を振るったが、リュエールさんは姿勢を低くして避けた。
同時に彼女は左手を石畳につけると激しい雷撃と閃光が走る。男たちは悲鳴を上げて次々と倒れた。
「騒ぎになる前に移動するわよ!」
リュエールさんにうながされ、僕たちは裏路地から脱出した。しばらく走り、またひと気のない路地へ身をひそめる。
彼女は周りを確認して安堵の息をもらした。どうなるかと思ったが、追手を振りきれたようだ。
「リュエールさん。怪我はないですか?」
「大丈夫よ。ちょっと相手に乱暴だったけど、あのままじゃ拠点にいけなかったわ」
確かにどこかで彼らを振りきらなければいけなかった。クラルスは呆れた顔でリュエールさんに言葉を投げかける。
「リュエールさん。袋小路に誘導したのも、水瓶を落としたのもわざとですね」
「あら、よくわかったわね」
けろりとした表情で彼女は答えるので、呆気に取られてしまう。まさかすべてリュエールさんが仕組んだものだとは思わなかった。
「リュエールさん。心臓に悪いですよ……」
「リア。だますならまずは味方からよ。緊張感あってはらはらしたでしょう?」
「今度は教えてくださいね」
「善処するわ」
彼女はいたずらな笑みを浮かべている。ひと息ついたところで、小さな羽音が聞えたと同時に肩へ何かが乗った。
「カルム! おかえり」
カルムの頭をなでると、目を細めた。僕たちの元へ来たということは拠点の安全が確認されたようだ。
リュエールさんの案内で拠点へと向かう。すっかり日は落ちており、あたりは家からもれる光だけになっている。
街の入り口付近の民家前でスレウドさんが待っていた。
「リュエール。ずいぶん遅かったな。大丈夫か?」
「案の定、追っ手が来ていたわ。振り切ってきたから大丈夫よ」
彼女にうながされ、僕たちは民家へと足を運んだ。家の中には一組の老夫婦が出迎えてくれた。
「リュエちゃん大変だったね」
「おじさん、おばさん。お久しぶりです。今晩はお世話になります」
この人たちも星影団の団員なのだろうか。老夫婦は僕とクラルスに視線を移したので会釈をする。
「あなたが王子様ですか。よくご無事で……」
「突然お邪魔してすみません」
「王子様を拝見するのは初めてですが、女王陛下によく似ていらっしゃいますね。何もありませんがゆっくり休んでください」
「ありがとうございます。ご配慮、感謝します」
リュエールさんに案内され、廊下のつきあたりにある地下への階段を降りていく。
地下には広めの部屋に六台の寝台と机がひとつ置いてある。まさか民家の地下が星影団の拠点になっているとは思わなかった。
「あのご夫婦は星影団の団員ですか?」
「違うわ。厚意でここの地下だけ貸してもらっているの。その代わり力仕事は無償で引き受けているわ」
立地的にも、街の入り口が近いので便利なのだろう。ランシリカの貴族問題はほとんどないので寝泊まりで使っている団員が多いらしい。
僕たちはそれぞれ寝台へ腰をおろした。
「リュエールさん。魔法を使いましたけど魔力は大丈夫ですか?」
クラルスが倒れて以来、魔力を気にしてしまう。あまりにも心配そうな表情をしていたのか、リュエールさんは僕の顔を見て笑っている。
「あのくらい大丈夫よ。それに私の宝石は原石欠片なの。その気になれば一週間くらいは付与していられるわ」
リュエールさんもクラルスと同じ宝石階級のようだ。彼女は短いため息をついて、話を始めた。
「さて。逃げることですっかり話が切れてしまったけど、明日もコーネット卿へ交渉しにいくわ」
「……そうですか」
団長であるリュエールさんの意見なので従うしかない。街の人々のことを考えると気持ちが沈んでしまう。
肩に止まっているカルムが、僕の気持ちを察しているのか心配そうに見ていた。
「リア。勘違いしないでね。私たちも好きで戦争に巻き込むわけじゃないわ。もし明日コーネット卿との交渉が決裂したらいさぎよくひく。それでいいかしら?」
「……わかりました」
明日僕はコーネット卿に何と言えばいいのだろうか。星影団としては協力してほしい。コーネット卿とランシリカのことを思うと身をひきたい。
思いが交錯するなか、寝台に横たわり眠りについた。
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