プリムスの伝承歌

-宝石と絆の戦記ー
流飴
流飴

第74話 休養

公開日時: 2021年6月19日(土) 22:30
文字数:2,154

「リア。起きてるか?」

「うん。どうぞ」


 上体を起こしながら答えると、シンが入室した。盆を持っており、僕に朝食をもってきてくれたようだ。


「朝食は粥だけど食べられそうか?」

「うん。大丈夫。もってきてくれてありがとう」


 二日前から何も口にしていないけど、お腹は空いていなかった。

 シンは寝台の近くまで椅子を引っ張ってきて自分の膝の上に盆を置いた。何をするのかと見守っていると、木のさじで粥をすくい、僕の口元へ運ぶ。


「早く食えよ。たれるだろう」


 こういう気遣いがシンの優しいところだ。利き手が怪我をしているわけではないので自分で食べられる。それでも彼の優しさを無下にはせず、運ばれてくる粥を食べた。

 ちょうどいい塩気のある粥が喉をとおり、お腹を満たしていく。簡単な料理だけど、何も口にしていなかったので美味しく感じた。


「クラルスはどこにいるの?」

「今、諜報ちょうほう者が来ていて対応している」


 粥を食べながらシンに城塞の状況を聞いてみる。


「城塞ってどうなったのかな?」

「火はまだくすぶっているらしいけど、ほぼ鎮火した。近くの森へ火が移らなかったのが幸いだってさ」


 城塞は修復をしないと使えないだろう。

 ガルツにルナーエ国が蝕まれていく。早く止めないと何をするのかわからない。

 俯いて考えていると、シンに頬を突かれた。


「リア。そんな顔するな。どのみちガルツ王子は火計をして俺たちを動揺させるつもりだったんだろう。まだ俺たちは立て直せる」


 彼は白い歯をみせて笑う。シンなりに気を使ってくれてありがたい。話をしていると部屋の扉が叩かれ、クラルスが入室した。


「リア様。おはようございます。お怪我の具合はいかがですか?」

「少し痛みはあるけど大丈夫だよ」

「さきほどリア様にリュエールさんからの伝言をお預かりしました。”二週間はランシリカで過ごすように”とのことです」

「に……二週間も?」


 そこまで酷い怪我ではないので一週間もあれば普通に歩けるようにはなる。

 リュエールさんは僕に気を使ってくれたのだろう。期限を守らずに帰ると彼女に雷を落とされる。大人しくランシリカで過ごすしかない。


「わかったよ。二週間は安静にするね」

「えぇ。十分に休息を取ってから拠点に戻りましょう」


 たっぷり休息期間を与えられたので、心の整理をしながらゆっくり過ごそう。焦っていてもセラを救えるわけではない。




 一週間たつと、怪我の痛みはなくなっていた。歩くことに支障はない。まだ激しく動ける状態ではないので手合わせなどはできずにいる。

 身体が鈍ってるので中庭で軽く運動をしようとしていた。その話をクラルスとしていると、シンが部屋に入ってくる。


「リア。怪我はどう?」

「回復は順調。もう普通に歩けるよ」

「あのさ、俺ここの街初めてだから、これから散策いかないか? 買いたいものがある」


 ランシリカに来たのはコーネット卿との交渉のとき以来。ゆっくり街を見ることはできていなくシンの意見に賛成だ。


「僕もランシリカはあまり見回っていないから、お散歩行こうかな」

「そうですね。お天気もいいですし、参りましょう」


 クラルスも賛成してくれて、これから三人で街へ出かけることになった。


 外套がいとうを被り、兵舎の門をくぐる。

 空を見上げると、雲ひとつない快晴で午後の日差しが暖かい。シンは露店市場のほうへ足を運ぶと、何かを探しているようだった。


「シン。買いたいものって何?」

「耳飾りがほしくてさ。リアもクラルスも左耳にしているだろう。俺も何かつけたい」


 クラルスは左耳に小さな丸い銀の耳飾りをつけている。僕の三日月の形をした耳飾りは、十歳の誕生日のときに母上がくれたものだ。その日以来、肌身離さずつけている。


 雑貨などが売っている区域まで行くと、装飾品を売っている露店がちらほらある。

 ひとつひとつの露店をシンはじっくり見ていた。太陽の光で装飾品がきらきらと輝いていて万華鏡のようだ。


 シンはひとつの耳飾りを手に取った。星の形をしていて、中央に青い宝石がはめてある。彼の髪色や宿している宝石の色と合っているので、シンに似合うと思う。


「シン。それいいんじゃないかな?」

「そうか。何かこれに惹かれたんだよな。お姉さん、この真ん中の宝石って何?」


 清楚な服を着た女性は、シンの手の中にある耳飾りを覗き込んだ。


「それはラピスラズリよ。宝石といっても宿せないからね」


 無意識に宿している宝石と同じものに惹かれたようだ。シンは思わず苦笑している。

 値段は一二〇〇レピとそこまで高くはない。


「半額で片方だけ売ってくれない?」

「ごめんなさい。うちは一点物だから、ばら売りはしていないの」

「わかった。じゃあこれくれ」


 シンは女性にお金を支払い、袋に詰められた耳飾りを受け取る。さっそく彼は窓を見ながら耳飾りを左耳につけた。

 シンは僕たちのほうに振り向くと満足そうにほほ笑んだ。


「シン。似合っているよ」

「えぇ。シンらしい耳飾りですね」

「いいもの買えた! 片方どうしようかな。リュエさんにでもあげようかな」


 彼の言葉を聞いて僕とクラルスの時が止まる。深い意味はないと思うけれど、ルフトさんの前では絶対にあげないほうがいい。

 シンにそれを伝えると怪訝けげんな顔をしていた。


 街なかを散策しにいこうとしたとき、人々が一定方向に流れていく。何かあるのかと思い、僕たちも人々と同じ方向へ足を運んだ。

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