ミステイル軍の兵士は僕を見ると「捕縛しろ」、「殺せ」と罵声をはいてきた。
剣を抜くとひとりの兵士が襲いかかってくる。相手の剣を弾き、急所へ斬撃を入れると剣が血塗られた。
斬られた兵士はうめき声をあげ、膝から崩れ落ちる。それを見ていたミステイルの兵士たちは一瞬たじろいた。
齢十四の子どもが容赦なく人を斬りつけるとは思わなかったのだろう。
目の前にいるミステイル軍の兵士たちに剣を向ける。
「僕に剣を向けるなら容赦はしない」
彼らを見やると怒声をあげて襲いかかってくる。急所へ剣を振るい、息の根を止めた。
何人もの兵士と剣を交え、命を奪っていく。
本当は誰も殺したくない。好きでやっているわけではない。しかし、大切なものを守るためには、そうするしかなかった。
不意に背後から敵兵が現れた。反応が遅れてしまい、無理な体勢で斬撃を受けてしまう。体勢が崩れ、立て直そうとしたときはすでに遅かった。ミステイル兵士の剣が振りおろされようとしている。
間に合うかわからないが、剣を盾にしようと防御姿勢をとった。
ところが、剣は振りおろされない。大きく振り上げた体勢のまま兵士の刻が止まっていた。
突如、兵士の身体が両断する異様な光景を目にする。
ミステイル軍の兵士の背後にはクラルスがいた。彼の剣にはべったりと血がついている。
クラルスはダイヤモンドの付与魔法を使っているのだろう。大木を切ってしまうくらいだ。人に使えばいともたやすく斬れてしまう。
彼は倒れている兵士の服で剣についている血を拭った。
クラルスの足下には目を覆いたくなるくらい無残な姿の王国兵数名が転がっている。
彼は怖いくらい冷たい目で地面に伏している兵士たちを見下ろす。
クラルスに声をかけようとしたとき、轟音とともに前線のほうから火柱が上がった。炎の勢いは凄まじく、火の粉がこちらまで飛んでくる。
「反乱分子どもが! 直々に粛正してやる!」
この声はミステイル軍の隊長のものだ。前線の兵士たちを炎魔法で焼き払っている。
突然の魔法攻撃に星影団は動揺していた。
リュエールさんが落ち着くようにと声をあげている。しかし、彼女の声は轟音にかき消されてしまっていた。
動揺している隙を突いて、ミステイル軍が星影団の陣営へ食い込んでくる。
このままでは壊滅してしまう。
「動揺が激しいですね。このままでは……」
クラルスもよくない状況と察していた。士気の低下は命取りだ。
ここで負けるわけにはいかない。芽生えた反撃の灯火を消したくない。
丘の上に登り、剣を掲げる。
「ミステイル軍! 僕はここだ!」
皆の注意を引くように声をあげた。僕の声に気がついた隊長は攻撃の手を止める。
「星影団の皆、ここで負けるわけにはいかない! ルナーエ国第一王子、ウィンクリア・ルナーエの名において命を賭し、星影団の勝利に死力を尽くす! 皆、己を奮い立たせよ!」
星影団を鼓舞するために声を張った。ミステイル軍の隊長は左手を掲げ炎を生み出す。
「この反逆王子め!」
炎の渦がすさまじい勢いで襲いかかる。避ける猶予がないので月石の防御魔法を使おうと決心した。宿っていることが露見してしまうが仕方ない。
左手を前に出そうとしたとき、いつのまにか後ろにいたクラルスに止められる。
「リア様。そのまま堂々としていてください」
彼は隣に立ち、剣を炎の渦へ向ける。
剣先と炎が触れた瞬間、炎が一瞬にして結晶化した。破裂音とともに紅色の結晶が砕け散り、欠片が戦場へと降り注いだ。
星影団から喊声が上がり、空気が震える。士気が上がったことを肌で感じた。再び果敢に攻める星影団を見て、僕とクラルスも乱戦に身を投げる。
無我夢中で剣を振り続けた。
右からスレウドさん、左からルフトさんの部隊が攻め上がる。ミステイル軍を包囲する陣形が完成しようとしていた。
「くそっ! 退け!」
ミステイル軍の隊長の声が響くと敵兵士たちはつぎつぎと身をひるがえす。彼らは星影団の包囲網ができる前に王都のほうへ逃げ去っていった。
僕たちが、星影団が、勝利した瞬間だ。
団員の皆は思い思いに歓喜の声をあげている。兵力差もあり犠牲は大きかった。しかし、この勝利は星影団にとって大きな成果だ。
そばにいるクラルスと顔を合わせ、彼が無事なことに安堵する。
「リア様。ご無事で、よかったです……」
突然、クラルスの身体が僕のほうへ傾いた。抱き留めたが支えきれず、そのまま一緒に地面へ倒れる。
「クラルス!? どうしたの!?」
彼を仰向けにするがまったく動かない。どこか怪我でもしたのだろうか。動揺しているとスレウドさんが駆けつけてくれた。
「クラルスどうかしたのか!?」
「わ……わからないです。急に倒れて」
スレウドさんがクラルスをまじまじと観察をする。しばらくするとからからと笑い始めた。
「心配すんな。魔力の使いすぎで気絶しているだけだ。あの炎魔法に魔法干渉したらそりゃ魔力も底尽きるな」
「大丈夫なのですか?」
「そのうち起きるから安心しろ」
スレウドさんは僕の頭を乱暴になでる。クラルスが怪我ではないことにほっとした。
眠っている彼の前髪をなでてほほ笑む。
「クラルス。おつかれさま。今は休んでね」
スレウドさんはクラルスを担いで拠点へと戻っていった。
あとを追おうとしたとき、リュエールさんに呼び止められる。彼女は機嫌がよく破顔していた。
「リア。無事でよかったわ。それと鼓舞してくれてありがとう」
「い……いえ。本来ならリュエールさんがやることでしたのに、出過ぎたことをしました」
今思い返すと恥ずかしくなり顔が熱くなる。あのときは士気を上げなければと考えた末の行動だった。鼓舞は本来、団長であるリュエールさんがすることだ。
「謝らなくていいわよ。それに国の王子が堂々としていると皆の士気も上がるわ。またよろしくね」
リュエールさんはいつも堂々としている。それが皆の士気につながっていると思い知らされた。僕にその素質があるのかわからない。いつか彼女のようになれるだろうか。
「そういえばクラルスはダイヤモンド宿しているのね。まだ使い方がなれていないから覚えたほうがいいわ」
「はい。クラルスに伝えておきますね」
「リアは宝石宿しているの? 魔法使おうとしていたわよね」
月石の魔法を使おうと、ほんの少しだけ左手を動かした。リュエールさんは洞察力が鋭いのか、それを見ていたようだ。
「……いえ。僕、クラルスが心配なので見にいきますね」
会釈をして足早に彼女から離れた。
月石のことはまだリュエールさんたちには話さないほうがいい。
露見すれば宝石を狙う輩が星影団を襲いにくる可能性がある。今、軌道に乗ったばかりの星影団に迷惑をかけたくなかった。
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