セラのあとを追い露台へ出ると、満天の星と満月が僕たちを見下ろしている。外の空気は室内の熱気とは対照的にひんやりとして気持ちがいい。
セラは露台の手すり近くまで歩くと、少しうつむいた。
「セラ。おつかれさま、何か飲む?」
「ううん。大丈夫……」
セラの声色で、機嫌が悪いことを察する。何か気に障ることがあったのだろうか。
「セラ? どうしたの?」
問いかけると、眉をつり上げたセラの顔がこちらを向いた。
「何でリアだけ意地悪されるの……! こんなことおかしいわ!」
どうやら貴族の言動に怒っているようだ。僕はうつむいているセラの髪をなでた。
「僕のために怒ってくれてありがとう。でも、大丈夫だよ。気にしていない」
昔、ルナーエ国が絶対女王制だったころ。女王は自分の息子を、王位が継げない役立たずと虐げていた。それが貴族や国民にまで浸透してしまい、王子軽視は長年続いている。
時がたつにつれて薄れているが、一部の者にはいまだ根強く残っていた。
「それに……父様のことも悪く言っている貴族もいるわ」
父上は元々ルナーエ国出身ではない貴族。母上と父上の婚姻は政略結婚ではなかったそうだ。
そのため自分の息子を婿にできなかったルナーエ国の貴族からは、よく思われていない。父上がどんなに偉業を成しても認めようとしなかった。
セラは少しの沈黙のあと、顔を上げ僕を真っ直ぐ見つめる。
「私、決めたわ。母様以上の女王になる。貴族が文句を言えないくらい立派になって、この国の悪い部分を変えるわ」
セラの瞳には決意の光が宿っていた。きっと彼女なら、それを成し遂げてくれると信じている。
不意にセラは僕の手を引いて強く握った。
「リア。私のそばにいてね。だって次期騎士団長でしょう?」
「……もちろん。セラを守るよ」
菜の花色の瞳と視線が交わり、自然とほほ笑む。
次期騎士団長といえども、セラが婚姻すればその夫に騎士団長の座を譲位しなければならない。その前に僕は婿に出されるはず。
お互いずっと一緒にいられないことはわかっている。それでも僕たちは必ず破られる約束をした。
ふと一階へ視線を落とすと、回廊に人影が見える。目を凝らして見やると、母上とミステイルの国王だ。
向かっている先は母上の書斎。なぜ二人は夜会を抜け出しているのだろう。心に引っかかりを覚えた。
セラと壁沿いにいるクラルスに適当な理由をつけて、急ぎ足で母上の書斎へ向かう。
闇が満ちている廊下に、自分の規則正しい足音だけが響いていた。書斎へ伸びている回廊には誰もおらず、静まり返っている。
いつもなら見張りの騎士が必ずいるはずだ。母上が下げたのだろうか。
普段と違う雰囲気に不安の感情がわき上がってくる。
書斎前までたどり着くと、番をする騎士もいなかった。それだけ秘密裏なことなのだろう。
室内から、かすかに話し声がもれていた。僕は扉まで近づいて、会話に耳を傾ける。
「アエスタス女王。我が国に太陽石を貸すことを考え直してくれませんかね」
「もうその話は済んでいるはずです」
「最近、近隣国の動きが怪しくてね。抑止力のためにほんの数ヶ月でいいのですよ」
「国内でも原石は不用意に動かせません。そして、戦争の道具でもありません。ご理解ください」
信じがたい内容に思わず息をのむ。
太陽石はルナーエ国の象徴であり、世界にひとつしかない原石。おいそれと他国に貸し出せない。
僕たち王族や高名な宝石師でさえ、原石が安置してある宝石室へ近づくことを禁止されている。そのくらい原石への管理は厳しい。
少しの沈黙のあと、低く沈んだ声が聞こえてきた。
「まさか、原石を恐れているのですか? 原石を宿しているあなたが……」
「何を仰られましても、太陽石はお貸しできかねます」
「……そうですか。交友会の日に話す話題ではなかったですな。後ほどミステイルの礼節をもって改めてお話に参ります」
足音が扉へ向かってきたので、急いでひと気のない反対の回廊へ移動する。
柱の陰から書斎前を見ると、ミステイルの国王が立ち去る姿が見えた。
乱れている呼吸を整えて、柱へ寄りかかる。
まさか太陽石の貸借の話があるとは知らなかった。そして、最後のミステイル国王の言葉に胸騒ぎがする。
「ウィンクリア王子。こんなところで何をしているのですか?」
突然声をかけられ振り向くと、ガルツ王子が回廊の暗闇から現れる。思いもよらない人物の登場に言葉を詰まらせた。
まさか僕が母上たちの話を聞いているのを見ていたのではないのか。
僕に真実を吐かせようとする彼の鋭い視線が全身を射抜く。
ここで動揺してはいけない。僕の態度が答えになってしまう。
早くなる鼓動を感じながら、言葉を紡ぎ出した。
「……夜風にあたっていただけです。そろそろ会場へ戻りますね」
とにかくガルツ王子から離れたく、適当なことをいい彼の横を抜ける。
走り出したくなる気持ちを抑え、ゆっくりと歩いた。しかし、それがあだとなる。
ガルツ王子は唐突に僕の左手を掴んで壁に押しつけた。さらに逃がさないよう右肩を掴まれる。
赤紅色の瞳と視線が交わると、身体は縫いつけられたように動かない。
「……本当は何をしていたのですか?」
「……何のこと……ですか」
彼はゆっくりと手に力を入れ始めた。ガルツ王子の指が肌に食い込み、痛みが走る。
手を振り払おうとしたが、まったく抵抗ができない。
彼は表情を変えることなく僕を見据えており、恐怖を感じる。
「リア様!」
聞きなれた声が回廊に響く。声のしたほうを向くと、クラルスが慌てた様子で僕たちを見ていた。
ガルツ王子はクラルスの存在に気がつくと、手をゆっくりと離す。掴まれていた箇所がずきずき痛み、思わず顔が歪んだ。
クラルスは足早に僕のそばへ歩いてくる。
「リア様。陛下がお呼びです」
「……今いく」
僕たちはガルツ王子を残し、その場から離れた。
クラルスがきてくれてほっとする。いまだに痛む右肩を手で押さえると、彼は心配そうな表情を見せた。
「お怪我はありませんか?」
「大丈夫だよ。ありがとうクラルス。陛下が呼んでいるんだよね?」
僕の答えにクラルスは苦笑して眉をさげる。
「……リア様を連れ出す口実ですよ。城内でも外部の者が来ているときは、護衛をつけましょう」
「……そうだね。ごめんねクラルス」
彼は僕が何をしていたのか言及しようとはしなかった。
今ごろクラルスがきてくれなかったのなら、どうなっていたのだろう。
嫌な考えを振り払うように頭を左右へ振った。
夜会の会場へ戻ると、お開きの流れになっている。セラは僕の姿を見ると「どこへ行っていた」と頬を膨らませていた。
会場を見渡すとガルツ王子はすでに戻ってきており、母上たちと談笑をしている。
不意にガルツ王子と目が合う。先ほどの気まずさがあり、反射的に目をそらした。
母上たちの談笑が済んだ後、ミステイルの国王とガルツ王子に社交的なあいさつを交わす。
「セラスフィーナ王女、ウィンクリア王子。我が国へ来た際にはぜひ王都へお立ち寄りください。歓迎いたします」
「そのときは、お世話になります」
「えぇ。またお会いできることを楽しみにしています」
彼は何事もなかったような振る舞いだった。先ほどのことは、悪い夢でも見ていたかのような感覚になる。
裏門でお見送りをしたあと、ミステイルの国王とガルツ王子は船に乗り込み母国へと帰っていった。
長い夜会が終わり胸をなでおろす。
彼らの不可解な行動や太陽石の話が、ずっと心に引っかかっていた。
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