リュエールさんとスレウドさんのあとを歩き、コーネット卿の屋敷前までたどり着いた。
外壁に囲まれ、手入れされた庭に立派な門構え。大貴族であるということを表している。
僕たちは門をくぐり、リュエールさんが玄関の扉を叩く。しばらくすると執事らしき初老の男性が姿を現した。
「何用でしょうか?」
「突然お伺いして申しわけありません。ヴァレンス・コーネット卿とお話がしたいのですが、お取り次ぎできますか?」
「旦那様はただいま外出をしております」
コーネット卿はあいにく不在のようだ。いつ帰ってくるのかわからないらしい。
日を改めようと立ち去ろうとしたとき、僕たちの後ろから重圧な声が聞こえた。
「客人かね?」
金色の短髪にひげをたくわえた風格のある男性。ヴァレンス・コーネット卿だ。
僕たちは会釈をしてリュエールさんが言葉を紡ぐ。
「はじめまして。私、星影団を率いる団長のリュエールと申します。このたび折り入って話がありまして訪問いたしました」
「星影団……」
星影団の名を聞いて、コーネット卿は眉をよせた。星影団は貴族の間で悪い噂が流れているため、よく思われていないだろう。
リュエールさんは周りを確認したあと、僕に目配せをした。頭にかぶっていた外套の布を取ると、コーネット卿は目を見張る。
「お久しぶりですコーネット卿。突然お伺いして申しわけありません」
「お……王子殿下!? ここは目立ちます。中でお話をお伺いしましょう」
コーネット卿に客室へ案内された。騎士を呼ばれて捕縛するということはなさそうだ。
僕とリュエールさんは席に着き、クラルスとスレウドさんは僕たちの後ろへ立つ。
「王子殿下。ろくにおもてなしをできず、申しわけありません」
眉間にしわを作ってコーネット卿は席に着いた。
「いえ、お気持ちだけいただきます。今日はお願いがありましてお訪ねしました」
「お願いとは……」
彼は不安そうな表情をしている。
貴族に悪い噂が立っている星影団の団長と、両親殺しを流布されている僕からのことだ。コーネット卿にとって、よくないことだと思っているだろう。
リュエールさんに視線を送ると頷いて言葉を引きついだ。
「私たち星影団はミステイル王国の第二王子ガルツに乗っ取られた王都と、幽閉されているセラスフィーナ王女殿下をお救いするために挙兵しました」
「先日ユーディアの廃村付近で戦があったのはあなたたちでしたか。そしてミステイル軍を退いたことも私の耳に入っています」
現在、星影団の拠点であり、クラルスの故郷はユーディアという名前だった。
先日の僕たちの戦いは噂になっているようだ。リュエールさんは言葉を続ける。
「策を巡らせ、何とか退けましたが、兵力にも限界があります。ルナーエ国をミステイル王国の侵略から守るために、コーネット卿のお力を借りられないでしょうか?」
コーネット卿は突然の僕たちの申し出に困惑している。彼の立場からすれば、反乱分子から協力を要請されていることだ。
しかし、コーネット卿なら協力してもらえるのではと期待してしまっている。
「……申しわけありませんが、お力になることはできません」
「本当に、王子殿下が陛下たちを手にかけたと思っているのですか?」
コーネット卿の返事に気落ちしてしまう。
リュエールさんは声色を下げて、コーネット卿に言葉を投げかける。彼は厳しい表情をしたまま口を開いた。
「私は……何が真実かわかりかねます」
「では……」
「さきほど兵舎で会議中に王都からの使者が来まして、書面を渡されました。セラスフィーナ王女殿下から反乱分子掃討のため、ランシリカ全騎士の招集命令です」
露店市場ですれ違った王国兵が書面を渡しに来たのだろうか。セラからの書面といえども、裏ではガルツが糸を引いていることは明らかだ。
僕たちはいつも後手になっていることが悔しい。
「コーネット卿。あの騒動以来、王都へいかれましたか? セラと直接会えたのでしたら様子を教えていただきたいです」
「騒動を聞いたあと、すぐ王都へ向かいました。しかし、城には誰も入れるなと王女殿下からのご命令があり、お会いすることは叶いませんでした」
コーネット卿さえセラに会えないとなると、城内はミステイル王国の兵士で埋め尽くされているのだろう。
ルシオラの安否がまだわからないが、セラの心の支えになっていると信じている。
セラに早く会いたい、救いたいという気持ちばかりが募っていく。
隣からの視線に気がついて横を向くと、リュエールさんが心配そうな顔で見ていた。
コーネット卿は短いため息をついてから、言葉を紡いだ。
「星影団は我が国を守るために奮起しているでしょうが、私の立場からすれば王女殿下と同盟国に対する反乱分子でしかありません」
「みんな、ガルツに騙されています。このままですとルナーエ国はミステイル王国の属国になってしまいます」
「証拠はあるのですか?」
「……それは」
証拠はない。確証がなければ、いくら言葉を並べてもコーネット卿は信じてくれないだろう。
しかし、コーネット卿に懐いていたセラが面会を拒むのはおかしいと思っているはずだ。
押し黙っていると、リュエールさんが声を上げる。
「証拠がなければ信じてはいけないのですか?」
「あなたはまだお若いですな。少なからず上に立つ者としてわかるはずです。私やあなたのひと声で、下の者すべての命運をわけることを……」
星影団に協力をすれば、ランシリカの人々まで反乱分子としてガルツから攻撃を受けるかもしれない。
確証のないことで、ランシリカを危険に晒すような行動はできないだろう。
「私は挙兵をしたことに後悔はありません。あなたほどの方なら、このままではルナーエ国がどうなってしまうのかわかると思います。この国を愛した陛下や騎士団長様への忠誠心はどうされたのですか?」
言葉が見つからず、ふたりのやりとりをただ見ていることしかできなかった。
「そうです。私の忠誠心は女王陛下と騎士団長様にあります。失礼ですが王子殿下にはございません。このお話はランシリカの民の命にかかわることです。そうやすやすと受け入れるわけにはいきません」
「コーネット卿……」
淡々とした口調でコーネット卿は言葉を続ける。
「酷いことをいいますが、次期女王である王女殿下は幸い無事です。王位継承権のない王子殿下がどうなろうと関係ありません」
優しいコーネット卿にそんなことを言われるとは思わなかった。僕が今していることは無意味なのだろうか。ただ人々を苦しめているだけなのだろうか。
俯いていると、頭上から言葉が落ちてくる。
「コーネット様。私たちを退けるための偽りの言葉だとしても、それは聞き捨てなりません」
クラルスの声色で怒っていることがすぐにわかった。ふだんの彼なら立場が上の人に対して意見はしないのだが、僕のことになると見境がなくなる。
「クラルス……」
「おまえも若いが地位のある騎士だ。わかるだろう。私の立場と現状を……」
コーネット卿は、クラルスに厳しい眼差しを向けている。
「えぇ、ご理解できます。コーネット様のお立場と、どれだけ人情あふれる方でランシリカの民を愛しておられることも。他の貴族とは違い、リア様を気にかけてくださっていたことも……」
クラルスはひと呼吸をおいて言葉を紡いだ。
「リア様はコーネット様でしたらと信じてお訪ねしました。それですのに……さきほどの言葉はあまりにも冷酷です」
部屋の中はしんと静まりかえり静寂に包まれる。コーネット卿は一度目を伏せたあと、椅子から立ち上がった。
「……日も暮れてきました。宿を用意しますのでお引き取りください。そしてこの街には二度と近づかぬようお願いします。これが私のできる最大限の配慮です」
コーネット卿は僕たちに目を合わせず部屋をあとにした。
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