ラザレースに行く前日。僕たちはいつものように、拠点の裏にある川のほとりで鍛錬に励んでいた。
今はシンとクラルスが手合わせをしている最中。僕は見学をしながら付与魔法の練習をしている。
「シン。攻めるのもいいですけど……」
下段からクラルスの剣がシンを襲う。シンは慌てて避けると体勢が崩れた。クラルスは攻めようとはせずに、シンが体勢を整えるのを待っている。
「状況を見て引くことも大切ですよ」
「くっ……。もう一回だ!」
シンは相変わらずの負けず嫌いで、クラルスと何度も再戦をしていた。
おもむろに付与している短剣を見つめる。月石の魔法である付与と治癒はできているが、書物に書かれていた防御の魔法は一度も試したことがなかった。
僕は付与を止めて短剣を前に突き出し、防御魔法を生成するように念じてみる。しかし防御魔法はどういうものなのか、わからない。実際、防御魔法を見たこともないので想像ができなかった。
「リア、何やってんだ?」
いつのまにかふたりは手合わせを終えていた。シンとクラルスが汗を拭いながら怪訝な顔を向けている。
「月石は防御魔法を使えるらしいけど、どういうものか想像できなくて……」
「それでしたらルフトさんにお伺いしてはいかがですか?」
魔法の基礎を教えてくれたルフトさんなら防御魔法について助言をしてもらえるかもしれない。さっそく、僕たちはルフトさんを探しに拠点へ戻る。
ルフトさんはすぐに見つかった。公会堂の階段に座っており、資料を眺めている。
「ルフトさん。今、お時間大丈夫ですか?」
「何だ? 珍しいな」
「魔法について聞きたいのですけど……」
ルフトさんは辺りを見回すと、資料を本に挟んで立ち上がる。
「場所を移動しよう」
彼は月石に関してのことだと悟ってくれたようだ。気を使って場所を変えてくれた。公会堂の裏手に回り、誰もいないことを確認してルフトさんは言葉を紡ぐ。
「王子。聞きたいことって何だ?」
「月石は防御魔法が使えるらしいのですけど、防御魔法を実際に見たことがないので想像し辛いです」
「俺の魔法は攻撃特化だからな。それに宝石の階級も欠片で応用できる種類も少ないんだ」
ルフトさんの宝石の階級を初めて知った。確かにルフトさんはあまり魔法に頼っている様子はない。
「へぇ。ルフトの宝石の階級は欠片だったのか。そんな感じしないけどな」
「基礎をしっかりしないと欠片ではやっていけないからな。ところでおまえ、魔力の出力は的確にできているのか?」
ルフトさんに問われシンはばつが悪そうな顔をする。
「……いや……まだ」
「原石欠片を宿している奴は貴重なんだ。阿呆みたいに魔力垂れ流して戦争で使い物にならないと困る」
「わかってるよ! 魔法も練習する!」
シンは未だに魔力の調整が苦手らしく、手合わせに逃げることがしばしばあった。今度シンの魔法の練習にたくさん付き合ってあげよう。
「俺だと力になれない。だが、リュエなら教えてくれるかもしれない」
「リュエールさんですか?」
リュエールさんもルフトさんと同じシトリンを宿しているはずだ。攻撃特化のシトリンの魔法で防御魔法ができるのだろうか。
「リュエは魔法の応用に長けているからな。今なら自室にいるぞ」
「わかりました。ありがとうございます」
確かにリュエールさんは、いろいろな場面で魔法の応用をしていた。彼女なら何か防御魔法に関する手がかりを教えてくれるかもしれない。
僕たちはルフトさんに会釈をしてリュエールさんの個室へと向かった。
扉を叩くとリュエールさんの「どうぞ」と小さな返事が聞こえる。開けると彼女は机に向かって資料を読んでいる最中だった。
「あら。リアたちどうしたの?」
「お忙しいところすみません。魔法のことを教えていただけませんか」
「私が? どういう内容かしら?」
「月石の防御魔法を使いたいのですけど、どのような練習をすればいいですか?」
リュエールさんは頷きながら僕の話を聞くと、椅子から立ち上がる。
「今日は特別に私が講師するわね。クラルスとシンも覚えておいたほうが今後いいかもしれないわ」
「えぇ。よろしくお願いします」
彼女は壁に立てかけてあった剣を抜くと剣へ付与をした。剣身が雷を帯びて刃が金色に輝く。
「無意識かもしれないけど、魔法は頭で思い描いて顕現させているの。付与は見ているし、基礎だからわかりやすいと思うわ」
「そうですね。魔法を使ったことのない僕でも付与は想像はできました」
「魔法の参考書は想像しやすくするために存在しているのよ」
リュエールさんは魔法のことについて、わかりやすく教えてくれる。独学で学んだのだろうか。
彼女は言葉を続けた。
「それで、想像しにくかったり、想像はできても魔法技量がなかったりすると発動ができないわ。難しい条件をつけると顕現が難しくなるの」
「難しい条件ですか?」
リュエールさんは扉を開けると、廊下と部屋の境目に手をかざす。てのひらから雷が走り、入る者を拒むような雷の壁が生成された。
「おぉ! リュエさん、すごいな!」
「私がたまに使う罠の魔法なんだけど、”雷を持続してこの場に留める”という条件をつけているの。これに触れたら私が関知できるようにする条件をつけると魔力の消費量が上がるわ」
「なるほど。条件が多ければ多いほど便利ですが、魔法を発動することが難しいのですね」
「一概にはいえないけどね。単一の条件でも規模や量が大きかったり、難しいものだと発動すらできないわ」
リュエールさんは付与と雷の壁を消すと、扉を閉めて僕たちに向き直る。
「リアの防御魔法は盾みたいな感じかしら?」
「そうですね。物理や魔法攻撃から、みんなを守れればいいなと思っています」
「まずは目の前に魔法の盾を生成することから始めてみるといいかもしれないわね。そこから少しずつ条件を付け加えていけば理想の魔法が使えるようになるわ」
ただ漠然とした想像しかしていなかった。リュエールさんのおかげで何をするべきなのか明確になる。
いきなり難しい魔法を発動しようとするのではなく、基本の形を作り、そこから想像を膨らませていけばいい。
以前、炎の攻撃を防ごうと防御魔法を使おうとした。魔法の想像ができていなかったので発動しなかった可能性が高い。クラルスが代わりに防いでくれなかったら直撃していた。
「じゃあ、リュエさん。氷の刃を生成して飛ばすってこともできる?」
「できないことはないと思うけど、シンはその前に魔力の調節をどうにかしなさい」
リュエールさんはシンのおでこを人差し指で突いた。
「練習するのもいいけど、明日からラザレースに行くからほどほどにしてね」
「わかりました。リュエールさん教えてくださってありがとうございます」
僕たち三人はリュエールさんに会釈をして部屋を後にする。魔法の練習をしたいところだが明日のために今日は身体を休めることにした。
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