彼女の姿を見た瞬間、ガルツが動く。腰に下げていた投げナイフを数本取りリュエールさんに向かって投げつけた。
彼女は突然のことで反応が遅れる。僕はとっさに彼女の前に出てナイフを弾いた。無理な体勢で攻撃を受けてしまい、あとから飛んできたナイフに対応できない。
急所を外そうと身体をひねる。ナイフは左の腕と足に突き刺さった。
痛みと衝撃で床に転がる。
「リア!? ガルツ! 大人しく降伏しなさい!」
リュエールさんは僕を飛び越えてガルツに向かう。彼女の剣は付与で雷をまとっていた。
ガルツが左手を前に出すと、大気中の水分が集まってくる。リュエールさんは異変に気がつき飛び退いたが、一歩遅かった。
圧縮された水球が突如、激しいうねりに姿を変えて彼女に襲いかかる。激流がリュエールさんを襲い、弾きとばれて床に転がった。
「リュエール……さん」
リュエールさんは気絶しているのか床に倒れたまま動かない。ガルツは倒れている僕にゆっくりと近づいてくる。
ナイフが深く刺さっているのか立ち上がろうとしても激痛が走り、動けなかった。
彼は僕の左手を手に取り、見入っている。
「この刻印。やはりあなたが月石を宿していましたね」
ガルツは満足そうにほほ笑んでいる。彼は床に散らばっている僕の銀髪を弄ぶ。不快感がせり上がり、ガルツの手を弾く。
それと同時に痛みが全身を駆け巡った。思わずうめき声が口からもれる。
「威勢がいいですね」
ガルツは勝ち誇ったように僕を見下ろして笑みを浮かべている。抵抗できずに、ただ彼をにらみつけることしかできなかった。
「ウィンクリア。王都に連れて帰る前に教えてあげましょう。星影団が奇襲をすることは予想していました。何せ、わざと俺が城塞へ来ると情報を流したのですから。あなたたちは乗らないわけにはいかないでしょう。俺の裏をかいたつもりのようでしたが、のこのこと現れてくれて助かりましたよ」
すべてガルツのてのひらで踊らされていた。悔しくて唇を噛み締める。
「我々の軍が星影団の拠点へ攻めてくると思っているようでしたね。残念ながらそんな兵など用意しておりません。今ごろ棒立ちしている拠点の連中が目に浮かびますよ」
ガルツは作戦を遂行するためなら自らを囮に使う。僕たちが来ることがわかっていたのなら、城塞に留まるのは危険だ。彼は何か策を持っていることは明らか。
階段から誰かが来る気配はない。ミステイルの兵士たちが足止めをしているのだろう。リュエールさんを守り、ガルツから逃れるためにはどうすればいいのだろうか。
不意に彼は僕の腕に刺さっているナイフに手をかけた。
「ウィンクリア。見せてくれませんか。あなたの……月石の魔法を」
勢いよくナイフを引き抜かれ、血があふれだす。
「ぐっ、あああああっ!!」
傷口を押さえている手は血で真っ赤に染まる。奥歯を噛んで痛みに耐えた。
「早く治癒魔法を使わないと出血で死んでしまいますよ」
痛みで魔法を使う気力はなかった。傷口がずきずきと脈を打ち、絶え間なく与えられる激痛で気がふれてしまいそうだ。
ガルツはしばらく僕を見ていた。魔法を使うことができないと悟るとため息をつく。
「痛めつけすぎてしまいましたか。手加減は難しいですね。王都でじっくり観察するとしましょう。さぁウィンクリア帰りますよ」
ガルツの手がゆっくりと伸びてくる。
彼の挑発に乗ってしまい、無様に返り討ちにされてしまった。クラルスとリュエールさんの制止の声を振りきって身勝手に行動した結果だ。自分の感情に愚直になってしまったことを悔やんだ。
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