プリムスの伝承歌

-宝石と絆の戦記ー
流飴
流飴

第6話 書庫

公開日時: 2020年11月11日(水) 22:30
更新日時: 2021年10月30日(土) 01:50
文字数:3,720

「……リア様」


 クラルスの呼びかけに気がついて顔をあげる。彼は心配そうな表情を向けていた。


「まだ遠征のお疲れが残っていらっしゃるかもしれませんね」


 月石のことが気になり、今日の手合わせは全く集中できなかった。あまりにも失敗が続いたのでクラルスは不安に思ったのだろう。


「ごめんね、クラルス。今日はあまり上手くできなくて……」

「そういう日もございますよ。少し早いですが、今日は終わりにしましょうか」


 彼は優しくほほ笑んでくれた。気遣ってくれたクラルスのために大人しく自室で休むべきなのだが、月石を理解したい思いが強い。


「……クラルス。このあと書庫に行ってもいいかな?」

「えぇ、かまいませんが……。何かお調べものですか?」

「うん。ちょっとね……」


 城の書庫には宝石関連の書物が置いてある。何か月石に関する情報があるかもしれない。

 僕たちはすぐに着替えをして書庫へ向かった。


 城の外れにある書庫は、昼間でも薄暗い。重圧な扉をクラルスが空けると、古書独特な埃とカビの臭いが僕たちを出迎えた。

 あまり書庫へ人は出入りをしないのだが、今日は先客がいた。


「おお。リアとクラルスか。ここへ来るとは珍しいな」

「父上。何かお探しですか?」


 あざやかな紅色の短髪の父上は、セラと同じ金色の目を細める。


「地方の書物を探しにな。リアたちはどうした?」

「……宝石のことを調べようかと思いまして」


 ”宝石”と聞いて父上の表情が変わった。昨晩、母上から僕へ月石のことを伝えたのは知っているのだろう。


「そうか。リアは勉強熱心だな。宝石類の本棚は一番奥だ」

「ありがとうございます」


 父上に会釈をして横を通り過ぎたとき、「いつもどおりにしていなさい」と小声で告げられた。

 そんなことを言われても、原石プリムスが宿っていると思うと落ち着いてはいられない。

 僕は今まで宝石とあまり接点がなく、知識が乏しいので少しでも理解したいと思う。

 父上も僕の気持ちをわかってくれているのか、無理やり書庫から引き離そうとしなかった。


「リア、クラルス。俺は先に出るからな」

「はい。わかりました」


 父上はお目当ての書物を見つけたようで、数冊ほど小脇に抱えて書庫をあとにする。

 書庫には僕とクラルスだけになり、他に誰かが近寄ってくる気配もない。

 一番奥の本棚の前へ足を運ぶと、宝石関連の書物が隙間なく並んでいる。すべて目を通すには時間がかかりそうだ。


「リア様。何かお手伝いできることはございますか?」

「大丈夫。クラルスは自由にしていて」

「かしこまりました。ご用命でしたら、すぐお呼びください」


 クラルスは他の本棚へ移動して、書物を手に取り読み始めた。

 月石のことは他言無用と母上から言われているのでクラルスに話すことはできない。彼に隠し事をしている罪悪感が心の隅に居座っていた。


 本棚へ向き直り、上段の書物を手に取る。読み進めるが、各宝石の歴史書だった。

 他の書物も手に取ってみたが、専門用語たっぷりの論文、魔法原理についての書物。僕の求めている情報は、なかなか見つけられない。

 月石のことが書かれている書物を見つけたが、おおやけに知られていることしか載っていなかった。


 やはり原石プリムスに関しての情報はそう簡単に見つからない。

 次々に書物を見ていくが、これといって有益な情報を得ることができなかった。

 今日は諦めようと天井を仰いだとき、本棚の上に一冊の古い冊子があることに気がつく。

 手に取ってみると、表紙には埃がかぶっていた。しばらく誰かに触れられた様子はない。

 ていねいに埃を払い、表題を確認したが何も書かれていなかった。表紙をめくって始めのページに「太陽石と月石について」と走り書きで記載されている。

 飛び込んできた文字に、心臓の鼓動が早くなるのがわかった。今まで見てきた書物と明らかに雰囲気が異なる。

 心が期待と不安のふたつに満たされ、指も小刻みに震えていた。

 意を決してページをめくると、そこには数行の短い文章が並んでいる。


 太陽石、高い攻撃性のある魔法が特徴。女王陛下は五万の敵国兵を焼き払った。

 通常の防御魔法で抑えることは難しいだろう。女王陛下の魔法の行使は、他国への抑止力になった。

 我が国の安寧あんねいが約束されると思っていたが、女王陛下は一五七歳で太陽石が宿っている左手を自ら切り落とし、自害した。


 月石、防御魔法と治癒魔法に優れている。一万の弓矢の雨をしのぎ、通常の攻撃魔法では防御壁を越えられないだろう。

 騎士たちの傷ついた身体に癒しを与えた。

 ただ、これは古い書物に記載されていたことであり、実際の魔法は不明。


 太陽石と月石は意思を持ち、宿主を選ぶ。その力に今後の女王陛下たちが翻弄されないことを祈るばかりだ。


 これ以降のページは空白だった。記載した年月が表記されていないので、いつ書かれた書物かわからない。

 冊子に書かれている女王の年齢を見て思い出した。原石プリムスを宿した者は老いて死ぬことはない。

 原石プリムスを宿した女王は辛い運命に耐えられず、気がふれてしまったのだろうか。

 そして、僕も月日がたつにつれて、そうなってしまうのかもしれない。


 思いを巡らせていると、肩に手が置かれた。驚いて振り向くと、クラルスが心配した表情をしている。


「リア様、大丈夫ですか? 先ほどからお呼びしていますのに……」

「ご……ごめん。夢中になっていたよ」

「そろそろ日も暮れてきました。まだお探しでしたら灯りを点けましょうか?」


 外を見やると、太陽が山肌に半分沈んでいた。ずいぶん長い間書庫にいたようだ。


「大丈夫。待たせてごめんね。そろそろ出ようか」


 先ほど見つけた冊子は本棚の奥へと押しやり、書庫をあとにした。

 宝石を宿しているということは魔法が使える。しかし、興味本位で使う気にはなれない。

 冊子にも書かれていたとおり、原石プリムスの魔法は強大だ。

 父上に言われたとおり、今は気にしないように過ごしたほうがいい。

 また時間を作って、月石のことを調べてみようと思う。




 ある日、母上から書斎へ呼び出しがあった。手合わせを切り上げて服装を正し、急ぎ足で書斎へ向かう。

 遠征以来、公務を受けていなかったので今日は拝命されるかもしれない。

 書斎の前まで来ると、ルシオラが少し離れたところで待機している。セラも母上に呼び出されているようだ。

 兄妹同時に母上の書斎へ集められることは珍しい。


「陛下。ウィンクリア参りました」


 そう告げると騎士が絢爛けんらんな扉を開ける。室内では母上とセラがすでに待っていた。

 セラは母上と雑談せず、背筋を伸ばしてたたずんでいる。少しずつ女王への道を歩んでいることが伝わってきた。


「お待たせしてしまい、申し訳ありません」


 セラの隣に並ぶと彼女はじっと僕のことを見つめる。


「……リア、少し顔が赤いね。手合わせ中だったの?」

「うん。よくわかったね」


 よくセラは僕を観察しているなと感心した。僕たちがそろったところで、母上が話を始める。


「リア、セラ。一週間後にミステイル王国との交友会があります。あなたたちにも出席してもらいますので、よろしくお願いしますね」


 以前、親書を届けるときにルナーエ国でミステイル王国との交友会があることを話していた。

 ガルツ王子との再会は少し憂鬱だ。


 交友会の日程は、国王とガルツ王子、貴族数名が昼過ぎに到着。謁見室でお出迎えと簡単なあいさつ。そのあと意見交換会。そして夜会になる。

 僕たちはお出迎えと夜会へ出席。諸外国の人とはあまり交流がないので、僕とセラにはいい機会だ。


「大人たちの中にいることは窮屈きゅうくつだと思いますが、これも王族の務めです」

「母様。私たちは夜会で何をすればいいの?」

「要人や貴族たちがあいさつに来ますので、その対応です。セラは他国の要人と話すことは初めてですし、いい経験になるでしょう。リアと協力してくださいね」

「はい。かしこまりました」


 前回の交友会は幼かったため、母上のそばにいてあいさつをするだけだった。僕とセラは周りからすればまだ幼いが、王族であるゆえ相応の対応が求められる。

 セラは次期女王として注目されることになるので、負担は大きい。少しでも安心できるように僕がセラの支えになりたいと思う。


「話は以上です。何かわからないことがありましたら、すぐ聞いてくださいね」

「はい。失礼します」


 話は終わり、僕たちは一礼をして書斎を退室する。

 回廊へ出るとクラルスとルシオラが出迎えてくれた。二人の手には分厚い資料がある。


「リア様、セラ様。おかえりなさいませ」

「お待たせクラルス、ルシオラ。その資料は?」

「交友会当日にいらっしゃる貴族と要人の一覧と日程表になります」


 クラルスから資料を受け取り確認すると、名前がずらりと並んでいる。僕たちは交友会の日までにすべて覚えなければならない。


「交友会はたくさん人が来るんだね」

「このくらいなら覚えられるけど、緊張して当日抜けてしまわないか不安だわ」

「セラ。僕が補佐するから安心してね」

「私もリアを補佐できるくらい頑張って覚えるわ!」


 セラなりに僕のことを支えてくれるのだなと思うと、ほほ笑ましく思わず口元が緩んだ。同じことを考えていたのはやはり双子だなと感じる。

 僕たちのやりとりを見て、クラルスとルシオラは穏やかにほほ笑んでいた。兄妹仲睦まじいと思っているのだろう。二人の表情が物語っていた。

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