次の日の朝、僕たちは老夫婦にあいさつを済ませて、拠点をあとにする。
外へ出ると朝日とすがすがしい空気が僕たちを出迎えてくれた。クラルスの肩に止まっていたカルムが元気よく羽ばたき、大空へ飛び立つ。
「カルム。自由にしていていいわよ!」
リュエールさんの言葉に応えるように短く鳴くと、近くの森へ姿を消した。
「カルムはリュエールさんの言葉をよく理解していますね」
「自慢の相棒よ」
カルムを見送ったあと、僕たちはコーネット卿の屋敷へ向かった。
門をくぐろうとしたとき、足先に何かがあたる。拾い上げるとそれは将校の勲章だ。本物ではなく手作りのもの。それは昨日、見覚えがあった。
「これは……。リエルがつけていた勲章。どうしてこんなところに」
落としてしまったのだろうか。今ごろリエルは家中探しているかもしれない。
勲章を持ち、玄関の扉をリュエールさんが叩く。かすかに話し声はするが、いっこうに扉が開かれる気配はなかった。彼女は扉を強めに叩くと、執事が顔を出した。
「あぁ。あなた方は! 今、旦那様は取り込み中です。お引き取りください」
「では、これをリエルに渡してください。門の前に落ちていました」
手作りの勲章を執事へ差し出すと、顔をゆがめた。どうしたのかと思い首を傾げる。彼を見つめると重苦しい口を開いた。
「やはりリエル坊ちゃんは本当に……」
「あの、何かあったのですか?」
執事が口ごもっていると、コーネット卿が姿を現した。
「王子殿下なぜこちらに!? そこですと目立ちますので中へお入りください」
彼にうながされ玄関先の広間へ移動する。コーネット卿はずいぶん慌てた様子だ。何があったのだろうか。
「コーネット卿。何かあったのですか?」
彼はためらっていたが、僕たちに一枚の紙を差し出した。
「玄関に差し込んでありました」
――息子はあずかっている。日が沈んだあと、かくまっている王子を拘束して東の森の小屋まで連れてこい。指示に従わない場合、息子の命はない――
明らかな脅迫状だ。リエルは人質として誘拐されてしまった。手作りの勲章はそのときに落としてしまったのだろう。
「幼いリエル君を誘拐とは、なんて悪辣な……」
クラルスは眉を寄せている。
脅迫文を見るかぎり、犯人はどこかで僕たちがコーネット卿の屋敷へ出入りしていたところを見ていたのだろう。
「コーネット卿。こんなことになってしまい、申しわけありません」
「いえ、王子殿下は謝る必要はございません」
僕たちが訪れなければ、リエルは誘拐されずに済んだ。コーネット卿は僕たちに関わりたくないと思うが、リエルを誘拐犯から救出したい。
「リュエールさん。リエルを助けたいです。僕たちは無関係ではありません」
「そうね。コーネット卿。手伝わせてください」
「しかし、どうすればリエルを……」
リエルを救出するためには、誘拐犯の指示に従うしかないだろう。
「コーネット卿。書面に書いてある東の森の小屋を詳しく教えてください」
彼にたずねると、丁寧に答えてくれた。
東の森の小屋は以前、狩人の休憩所として使われていたそうだ。現在は使われておらず、閉鎖されているらしい。
室内は一部屋しかなく、仕切りなどもない作りだそうだ。
「昨日の連中が誘拐犯だったら面倒ね。人数も多かったし」
「僕も心当たりがあるのは彼らだと思います」
昨日の男たちが犯人の場合、人数が多いので隙をついてリエルを救出するのは難しいだろう。
「リュエールさん。犯人の指示に従いましょう」
「えぇ。コーネット卿。リエルが無事解放されたあとは私たちでどうにかします。誘拐犯に私たちへのかかわりを聞かれましたら、脅されてかくまっていたことにしてください」
「しかし、それでは王子殿下が……」
コーネット卿はこんなときでも僕の心配をしてくれていた。やはり彼は優しい人なのだと再確認する。
僕のことよりリエルを無事に救出することを優先したい。
クラルスは不服そうな顔をしていたが何も言わなかった。
「どうにかするって、リアが捕まったら助けるのは俺たちだぞ。簡単にいってくれるなぁ」
スレウドさんは苦笑いをしている。男たちは”一緒に来てもらう”と言っていた。彼らの目的が僕を捕まえることなら生かしておくはずだ。その場で殺されはしないだろう。
「リア。犯人たちがあなたを本物の王子って認識してくれるかしら? 偽者だと疑われない?」
「……そうですね」
腰に下げている護身用の短剣を引き出し、みんなの前に出す。
この短剣は護身用として十歳の誕生日の日に父上がくれたものだ。剣身の鍔近くに王家の家紋の刻印が施されている。
万が一疑われた場合、短剣を出してもらえば身分証代わりになるだろう。
「この短剣は王族で僕しか持っていません。疑われたらこれを見せてください」
「……かしこまりました」
作戦はリエルと僕の人質交換。そのあと、裏口からスレウドさん正面からクラルスとリュエールさんが頃合いを見計らい侵入する。
街を徘徊するのは危険なので、夕方までコーネット卿の屋敷へかくまってもらうことになった。
クラルスは心配そうに眉をさげていたので、安心させるようにほほ笑む。
「クラルス。そんな顔しないで」
「……護衛として主君を危険に晒したくはありません。しかし、リア様のご意思でしたら反対いたしません」
「うん。ありがとうクラルス」
彼の気持ちは痛いほどわかる。僕の意思を尊重してくれてありがたい。
夕刻になり、僕たちは東の森を目指して歩き始めた。
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