プリムスの伝承歌

-宝石と絆の戦記ー
流飴
流飴

第36話 事件-Ⅰ

公開日時: 2021年1月19日(火) 22:30
文字数:2,202

 次の日の朝、僕たちは老夫婦にあいさつを済ませて、拠点をあとにする。

 外へ出ると朝日とすがすがしい空気が僕たちを出迎えてくれた。クラルスの肩に止まっていたカルムが元気よく羽ばたき、大空へ飛び立つ。


「カルム。自由にしていていいわよ!」


 リュエールさんの言葉に応えるように短く鳴くと、近くの森へ姿を消した。


「カルムはリュエールさんの言葉をよく理解していますね」

「自慢の相棒よ」


 カルムを見送ったあと、僕たちはコーネット卿の屋敷へ向かった。

 門をくぐろうとしたとき、足先に何かがあたる。拾い上げるとそれは将校の勲章だ。本物ではなく手作りのもの。それは昨日、見覚えがあった。


「これは……。リエルがつけていた勲章。どうしてこんなところに」


 落としてしまったのだろうか。今ごろリエルは家中探しているかもしれない。

 勲章を持ち、玄関の扉をリュエールさんが叩く。かすかに話し声はするが、いっこうに扉が開かれる気配はなかった。彼女は扉を強めに叩くと、執事が顔を出した。


「あぁ。あなた方は! 今、旦那様は取り込み中です。お引き取りください」

「では、これをリエルに渡してください。門の前に落ちていました」


 手作りの勲章を執事へ差し出すと、顔をゆがめた。どうしたのかと思い首を傾げる。彼を見つめると重苦しい口を開いた。


「やはりリエル坊ちゃんは本当に……」

「あの、何かあったのですか?」


 執事が口ごもっていると、コーネット卿が姿を現した。


「王子殿下なぜこちらに!? そこですと目立ちますので中へお入りください」


 彼にうながされ玄関先の広間へ移動する。コーネット卿はずいぶん慌てた様子だ。何があったのだろうか。


「コーネット卿。何かあったのですか?」


 彼はためらっていたが、僕たちに一枚の紙を差し出した。


「玄関に差し込んでありました」


――息子はあずかっている。日が沈んだあと、かくまっている王子を拘束して東の森の小屋まで連れてこい。指示に従わない場合、息子の命はない――


 明らかな脅迫状だ。リエルは人質として誘拐されてしまった。手作りの勲章はそのときに落としてしまったのだろう。


「幼いリエル君を誘拐とは、なんて悪辣あくらつな……」


 クラルスは眉を寄せている。

 脅迫文を見るかぎり、犯人はどこかで僕たちがコーネット卿の屋敷へ出入りしていたところを見ていたのだろう。


「コーネット卿。こんなことになってしまい、申しわけありません」

「いえ、王子殿下は謝る必要はございません」


 僕たちが訪れなければ、リエルは誘拐されずに済んだ。コーネット卿は僕たちに関わりたくないと思うが、リエルを誘拐犯から救出したい。


「リュエールさん。リエルを助けたいです。僕たちは無関係ではありません」

「そうね。コーネット卿。手伝わせてください」

「しかし、どうすればリエルを……」


 リエルを救出するためには、誘拐犯の指示に従うしかないだろう。


「コーネット卿。書面に書いてある東の森の小屋を詳しく教えてください」


 彼にたずねると、丁寧に答えてくれた。

 東の森の小屋は以前、狩人の休憩所として使われていたそうだ。現在は使われておらず、閉鎖されているらしい。

 室内は一部屋しかなく、仕切りなどもない作りだそうだ。


「昨日の連中が誘拐犯だったら面倒ね。人数も多かったし」

「僕も心当たりがあるのは彼らだと思います」


 昨日の男たちが犯人の場合、人数が多いので隙をついてリエルを救出するのは難しいだろう。


「リュエールさん。犯人の指示に従いましょう」

「えぇ。コーネット卿。リエルが無事解放されたあとは私たちでどうにかします。誘拐犯に私たちへのかかわりを聞かれましたら、脅されてかくまっていたことにしてください」

「しかし、それでは王子殿下が……」


 コーネット卿はこんなときでも僕の心配をしてくれていた。やはり彼は優しい人なのだと再確認する。

 僕のことよりリエルを無事に救出することを優先したい。

 クラルスは不服そうな顔をしていたが何も言わなかった。


「どうにかするって、リアが捕まったら助けるのは俺たちだぞ。簡単にいってくれるなぁ」


 スレウドさんは苦笑いをしている。男たちは”一緒に来てもらう”と言っていた。彼らの目的が僕を捕まえることなら生かしておくはずだ。その場で殺されはしないだろう。


「リア。犯人たちがあなたを本物の王子って認識してくれるかしら? 偽者だと疑われない?」

「……そうですね」


 腰に下げている護身用の短剣を引き出し、みんなの前に出す。

 この短剣は護身用として十歳の誕生日の日に父上がくれたものだ。剣身のつば近くに王家の家紋の刻印が施されている。

 万が一疑われた場合、短剣を出してもらえば身分証代わりになるだろう。


「この短剣は王族で僕しか持っていません。疑われたらこれを見せてください」

「……かしこまりました」


 作戦はリエルと僕の人質交換。そのあと、裏口からスレウドさん正面からクラルスとリュエールさんが頃合いを見計らい侵入する。


 街を徘徊するのは危険なので、夕方までコーネット卿の屋敷へかくまってもらうことになった。

 クラルスは心配そうに眉をさげていたので、安心させるようにほほ笑む。


「クラルス。そんな顔しないで」

「……護衛として主君を危険に晒したくはありません。しかし、リア様のご意思でしたら反対いたしません」

「うん。ありがとうクラルス」


 彼の気持ちは痛いほどわかる。僕の意思を尊重してくれてありがたい。

 夕刻になり、僕たちは東の森を目指して歩き始めた。

読み終わったら、ポイントを付けましょう!

ツイート