僕たちは神殿の敷地にミステイルの兵士がいないことを確認して、施設内を歩く。
外も薄暗くなっているので、遠くからでは僕たちを目視できないだろう。
部屋でじっとしていると、嫌でも城の出来事を思い出してしまう。少しでも動くことで、気を紛らわせたかった。
宿泊施設の端には長い回廊があり、神殿のほうへ繋がっている。
受付の女性に尋ねると、神殿内は自由に歩いていいらしい。
薄闇に溶けかけている回廊を歩き、神殿内へ足を踏み入れた。
ひと気がなく、自分の呼吸音が聞えそうなくらいの静寂。
白を基調とした壁に大理石の床。壁に掲げてある角灯の光がうるんで、神秘さを際立たせていた。
抱えている雰囲気が、ここは神聖な場所なのだということを伝えてくる。
廊下には僕とクラルスの足音だけが響いていた。
「原石が安置されている場所なのに警備の人はいないんだね」
「宝石室には強力な結界が張られているのですよ。そして、邪な心を持った者が近づくと原石の怒りに触れるという伝承があります」
その言葉を紡いだクラルスは憂いの表情を浮かべていた。
原石の意思で宿主は選ばれる。宝石に意思があることが不思議だった。
しばらく歩いているとクラルスが口を開く。
「リア様。暦上ダイヤモンドの原石は流星の日かもしれません」
「本当? 本で読んだことはあるけど、どういう現象なのかな?」
「私も今回拝見が初めてです」
流星の日は原石が原石欠片と欠片を生み出す期間。原石によって流星の日の周期はさまざまで、長い周期だと五十年に一度の宝石もある。
「原石欠片が生み出される確率は千分の一と言われております。実際お目にかかれましたら幸運ですね」
原石から生み出されるというのは、どういう現象なのだろうか。まったく想像がつかない。
導かれるように最奥の部屋まで行くと、扉が開かれている。室内から淡い光がこぼれていた。
好奇心がわいているなか、室内を覗き込む。
部屋の中央にこぶし大くらいのダイヤモンドが宙に浮いていた。
どういう原理で浮いているのだろう。とても不思議な光景。
大理石の床には、さまざまな大きさのダイヤモンドが無数に散りばめられていた。
「ダイヤモンドがたくさん……」
「原石から生み出された宝石たちですね」
突然、金属同士が当たるような音がする。原石に視線を向けると、小さなダイヤモンドが弾かれるように生まれ落ちた。
神秘的な出来事に目を奪われる。
そのとき、左手がぴりぴりと痛み出した。見やると、爪が白藍色の淡い光を放っている。原石同士で呼応しているのだろうか。
「ここに導かれたのですね」
透き通った声に惹かれ、振り返ると神聖な服装の女性が立っている。
彼女はまったく足音も気配もなく僕たちのうしろに現れた。クラルスは驚いた様子で女性を見ている。
彼女は僕の前まで歩いてくると、月石が宿っている左手をそっと両手で包みこんだ。
「数奇な運命の中にいますね。乗り越えられるかは、あなた次第です。気持ちを強く持ちなさい」
「あの……あなたは?」
「ここで斎主をしている者です。お二人の名前を伺ってもよろしいですか?」
僕たちは顔を見合わせたあと、それぞれの名前を口にする。
「ウィンクリア・ルナーエです」
「クラルスです」
斎主様は僕たちの名前を聞くと小さく頷いた。
「そうですか。あなたたちが……」
彼女は自分の中で何か納得をしたようにつぶやく。言動がすべて僕たちを見通しているように思えた。
「どうぞ、こちらへ」
斎主様はひとつの小部屋へ僕たちを案内する。
部屋の中心に小さな机と、対面に置かれているふたつの椅子があるだけの部屋だ。
彼女はここで待つように言うと、奥にある部屋へと消えていく。
「……何かあるのかな?」
「そうですね。斎主様から直々ですから……」
しばらくすると、斎主様は箱と一冊の本を持って姿を現す。
クラルスに椅子へ座るようにうながすと、彼女は持っていたふたつのものを机の上に置いた。
箱の中を覗くと、きれいなダイヤモンドが納められている。
斎主様は椅子へ腰をおろすと、まっすぐクラルスを見つめた。
「クラルス。あなたにこちらの原石欠片を宿したいのです」
「それは……斎主様のご判断ですか?」
「いえ……。原石の教えです」
「……奇妙な巡りあわせですね」
彼の表情を伺うと、あまりよく思っていなさそうだ。
箱に納められているダイヤモンドは、角灯の光をきらきらと反射している。高品質のダイヤモンドだということは僕でもわかった。
希少価値の高い原石欠片を無償で宿すというので警戒をしているのかもしれない。
「どうして……私なのでしょう」
「原石が天運を紡ぎし者の守護者として、クラルス……。あなたを選びました」
「その天運を紡ぎし者とは一体……」
クラルスの質問へ答えるように斎主様は僕を見つめた。神秘的な澄んだ瞳に見つめられて息が詰まる。
彼も斎主様の視線が僕へ注がれていることに気がついた。そして、悟ったように視線を斎主様へ戻す。
彼女は言葉で示そうとはしないが”天運を紡ぎし者”とは”僕”のことだ。
原石の宿主、天運を紡ぎし者。なぜ僕に課せられているのか。自分の運命にめまいがした。
「しかし……。宝石を宿すことと何の因果がおありなのですか?」
「私は原石の教えを伝えるだけです。ただ、教えにより宝石を宿すことは力を授かること。その対価として、あなたは過酷な運命を背負うことになるでしょう」
彼女の言葉にクラルスは押し黙る。
「運命の岐路です。決めなさいクラルス」
クラルスなら天運を紡ぎし者の僕を守るために受け入れると思う。それにより彼が過酷な運命を背負うこと、彼が傷つくかもしれないことは耐え難い。
宿して欲しくない思いが強いが、僕の意見で彼の意思を曲げてもいいのだろうか。
無意識に僕はクラルスの左手を両手で包み込んだ。
「クラルス……。僕は……」
彼と目が合い言葉を詰まらせる。そんな僕を見てクラルスは穏やかにほほ笑んだ。
「斎主様……。わかっておられますでしょう。その言葉はあまりにも優しく残酷です」
「……私は道を示しただけですよ」
少しの沈黙のあと、彼の低く心地よい声が室内に響く。
「斎主様。宝石をお願いします」
クラルスの顔を見やると、決意の眼差しで斎主様を見つめていた。彼の表情を見て、かける言葉が見つからない。
斎主様は目を伏せて語りかけた。
「クラルス。左手をこちらへ……」
クラルスから手を離すと、ゆっくりと彼の手が斎主様へ差し出される。
斎主様はクラルスの手の甲にダイヤモンドを置き、手をかざす。
優しい光がダイヤモンドから放たれ、溶け込むようにクラルスの体内へ入っていった。
それと同時に中指の爪に刻印が現れ、爪の色が淡い白銀色へと変化する。
幻想的な光景で思わず息をのんだ。
これで彼は、ダイヤモンドが司る属性の魔法が使える。
「ダイヤモンドは付与の魔法に長けています。刃を強靭にし、物の結晶化ができます。魔法に関しての書物がありますので、のちほどご覧なさい」
「宝石を宿すことは初めてなのですが、使いこなせるでしょうか……」
「血と同じように魔力も体内に流れています。感じ取り、思いにするのです」
斎主様は立ち上がると、僕たちを見つめた。
「遙か昔から宝石には司る言葉があります。ダイヤモンドは永遠の絆。そして月石は未来への希望です。宿しているあなたたちに宝石の加護がありますように……」
彼女が立ち去ろうとしたので、僕は声を上げた。
「斎主様! 天運を紡ぎし者とは何なのですか! なぜ僕が月石を宿していることを知っているのですか! 教えてください!」
斎主様は何も語らなかった。僕たちを小部屋に残し、奥の部屋へと去っていく。
何か知っているのなら教えて欲しい。僕は彼女のあとを追い、小部屋へと入った。
しかし、そこには本棚や備品が置いてあるだけで見回しても斎主様の姿はない。
「……えっ。……いない」
追って来たクラルスと探したが、斎主様を見つけることはできなかった。
「とりあえず部屋へ戻りましょう。魔法で姿を消してしまったのだと思います」
「うん……。でも、クラルスは本当に宝石を宿してよかったの? 君のことが心配だよ」
「ご心配無用です。これは私の意思ですので、リア様がお気になさることはありません」
クラルスは机の上に残された本を手に取り開く。彼の隣からのぞくと、ダイヤモンドの魔法のことが記載されている。
僕たちは本を部屋へ持ち帰り、読むことにした。
回廊はすっかり闇の衣服をまとい、空には淡い白色の衣服をまとった月がうかんでいる。
あまり宿泊する人がいないのか、今日も施設内は静かだ。
「セラを早く探したいけど、今夜はまだ出発しないほうがいいよね。クラルスがある程度、魔法が使えるようになったほうがいいと思うんだ」
「そうですね。敵兵と遭いましたら、二人で切り抜けなければなりません。なるべく早く会得します」
部屋に戻ると、さっそくクラルスは寝台に腰をおろして本を読み始めた。
僕も魔法に関して知識をつけなければと思い、彼の隣に座り本を覗きこんだ。
斎主様が話していた付与についてのこと、物質を結晶化させる魔法のことなどが書かれていた。応用的な内容が多く、基本的な魔法の発動の仕方などは書かれていないようだ。
「ダイヤモンドの魔法に特化した書物なんだね」
「えぇ。とにかく読み込んで早朝実践してみます」
僕は自分の寝台へ戻り、横たわる。クラルスの邪魔をしないようにして、少しでも身体を休めよう。
心が疲れているのか、すぐ睡魔に引き寄せられた。
まどろむなか、斎主様の言葉が頭に浮かぶ。
天運を紡ぎし者。
僕は大きな運命のなかに閉じ込められているのだろうか。
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